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煌めきの都

初夜

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 マイャリスとリュディガーの新居は、そこそこの規模の屋敷だった。

 地上二階と半地下。屋根裏はあるものの使用人部屋と物置で、使用人らの総数は15人__これは、護衛として雇った者以外だけの数である。

 州都から離れた地__それも、辺境といっても過言ではない地域ということでは、かなり大きいと言ってもいいのだろう。

 挙式を終えて初めて踏み込む屋敷は、色鮮やかな生花で彩られることはもちろん、新しい女主人を出迎える準備は万端整っていて、使用人らの歓待を受けた。

 雇ったのがリュディガーだから、似たような冷たい態度を取られるものと思っていたマイャリスは彼らの態度に心底ほっとできた。

 州城での暮らしでも、使用人に失礼な態度を取られたことはないが、どうやらここでも同じではあるらしい。

 実のところ、挙式当日まではマイャリスは教会近くで宿を手配されていて、この地方に入っても屋敷までは踏み入っていなかったのだ。

 露台付きの眺めの良い部屋がマイャリスの私室で、そこでとりあえずは休ませてもらった。マーガレットは家政婦長に連れられて屋敷を案内してもらってくるらしく、独りきりで一服のお茶をいただく。

 壁のように聳える山。屋敷からなだらかに傾斜する庭。巨大な針葉樹に阻まれて、見える範囲では庭の果ては見えないが、その木立の合間に点々と家々が見える。

 ふと、家から立ち昇る煙とは違う色、規模の煙が目に留まった。注視してみれば、それは丘陵地の四角から立ち昇っていて、立地からおそらく鉱山に関係したものなのだろう。

 その立ち昇る煙を目を細めて空に溶けていく様を見守っていれば、突然、硝子戸がノックされるから思わず体を弾ませて振り返った。

 そこにいたのはフルゴルで、彼女は恭しく頭を下げた。

「申し訳ございません。お声がけしましたが、お返事がいただけず、無断で踏み入りました」

「い、いえ。露台に出ていたものですから。こちらこそ、すみません」

 すっ、と目を細めてフルゴルは笑む。

「お謝りになられることなどありません。ここは、マイャリス様のお屋敷ですから。__しかしながら、勝手に踏み込むのもいかがなものかと思いますので、何かしら考えます」

 リュディガーの腹心ということだが、同じ立場であるアンブラよりも、彼女はマイャリスにとって話し易い相手だった。彼女は表情が豊かなのだ。

「侍女の方__マーガレットさんは、まだ屋敷を見て回っていらっしゃるのですね」

「ええ、そのようです」

「私は、リュディガー様の直属の麾下きかですが、どうぞ遠慮なくお申し付けください。主からそのように仰せつかっておりますので」

 __麾下。

 その言葉に、マイャリスは疑問を投げかけることにした。

「あの……少し、伺ってもよろしいですか?」

「ええ、なんなりと」

「貴女方は、リュディガーが雇った護衛ということなのですか?」

「護衛というよりも、まじない師です。アンブラも私も、武器を手に取ることはなくはないですが、呪いの知識に長けており、それを買われたと言ったところでしょうか」

「呪い……」

 呪いは、神の御業とは異なる。つまり、彼女たちは神官とは異なるということだ。どいらかといえば、土着の風土に根付いた古い儀式を用いる者。

 帝国は戦神や均衡の神、慈雨の神と様々に神々がいて、名前さえ知られていない、或るいは附いてもいない神もいる。八百万の神々住まう大地だ。

 呪術師はそうした名前さえ周知されていない神や、附いてもいない神の力を利用するのだという。

 言う慣れば、地域に残る古くからの信仰を紡いできた者である。

「ご安心を。悪戯に呪術を用いることはございません。マイャリス様もご存知でしょうが、このイェソド州は瘴気が溜まりやすい。それ故に雇われたのです。実際、リュディガー様から求められるのは、そちら方面の知識や知恵です」

「そうなのですね」

「今後、リュディガー様は、州都へ行ったままになることも立場上ございますから、そうしたときには私が残されます。ご承知おきを。しかとお守りいたします」

「ありがとう」

 そう素直に礼を述べるものの、胸につかえる疑問。

 守る、とは不可知の領分から、それとも__。

 __州侯の娘として目の敵にする輩から……。

 襲われた直後、どうなって救出されたのかは詳しくは知らない。

 駆けつけたリュディガーに救われて、強襲した者たちは征伐された、としか知らないのだ。

 __護衛2人も死んでしまった……。

 それほどの恨み辛みが、民にはある。

「あの、リュディガーは今どうしていますか?」

「私室にて、領地管理人と話を」

 挙式の直後で、祝いの言葉をもってきたのだろうか。

 だが、妻を同席させないあたり、領地の運営の話をしているのかもしれない。

 挙式直後だというのに、挙式などなかったかのように、領主としての日常を行っている。

 __不本意なのよね、間違いなく。

 州都に戻るにも、急いでも5日はかかるのだ。そんな土地を与えられた。

 __私を、閉じ込めておくためなのでしょう。彼にとって、迷惑でしかないわよね。

 その後、マーガレットが戻ってきて、入れ替わるようにフルゴルが去っていった。

 彼女から屋敷の様子を聞いていれば、やがて夕食の時間になる。

 夕食は食堂で頂くことになっていたが、長い卓にはマイャリスとリュディガーの2人だけ着席し、祝いの料理が順に運ばれてくる。

 華やかな装花が彩る食卓に対して、新婚夫婦の会話はほぼなかった。

 きっとこれが日常になるのだろう。

 会話はほぼなく終わった夕食。

 その後、部屋へと下がり、就寝の身支度を整える。

 そこで、初夜だということを思い出した。

 入浴する際からもはじまり、上がった後マーガレットが髪や肌に香りのよい香油を、いつも以上に入念に塗り込んでいくのだ。

 そして絹の寝間着に袖を通し、独り主寝室の椅子に腰掛け、窓の外に見えるはずの山を目を凝らして眺めながら緊張を誤魔化してただひたすらに待つ。

 夕食の席での彼を思い出すと、この後に訪れる彼とどう接していいのかわからない。

 日中は、李を与えてくれて近い距離に座り、会話を交わしていた彼。そこにぎこちなさはなかったが、夕食の際は、明らかに会話を続かせない雰囲気があった。

 三年前の彼とは明らかに違う彼。2人きりになったらその頃の片鱗が出てくることは、期待するだけ野暮なような気がする。

 あの頃の彼ならば、もっとときめいていたことは間違いない。

 無意識に、触れる自分の唇。

 遣らずの雨の中、口づけたそこ。

 昼の挙式の際、口づけたそこ。

 同じ相手のはずなのに、まるで捉え方が違ったことに驚いた。

 __そんなリュディガーと肌を重ねるの……。

 右手の薬指にはめられた指輪に視線を落とし、撫でる。

 勤め、だ。割り切ればできる。

 どこに嫁いだって、それは必ず通るものだ。

 通るものだが__。

 甘やかさなの欠片もないねやになるのだろう。

 それは、暴力的なものなのだろうか。

 そう思ってしまうのは、『氷の騎士』は、慈悲のかけらもない、血も凍っていると揶揄されての異名を持つ者だから。

 __怖い……。
 
 別に命を取られるわけではないだろうが、それでも足がすくむ思いがする。

 逃げられるものならば、逃げたい__ここにきて、割り切っていたはずなのに、自分の覚悟の弱さに何度目かの重い溜息が溢れた。
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