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後宮に帰った

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 お父様に万年筆を渡して、後宮に帰ってみたら、予想通り大騒ぎになっていた。

 鳳凰殿に入ると、カレンが涙で顔を腫らしてやつれ果てていた。

(カレン、可哀想に、ごめんなさい。でも、小芝居させてもらうわよっ)

「何があったの!?」

 私は演技を開始した。棒読みにならないよう注意して。

「エリーゼさん、王妃様が川に身投げされました……」

「何ですって!?」

 ちょっと声が大きすぎた。学芸会のときの劇みたいになってしまっている。

「ローズは今、陛下に事情聴取されています」

 そこにマリアンヌの侍女が入って来た。何度も私を呼びに来ていたらしい。

(よかった。これ以上大根役者っぷりをさらすのは耐えられないわ)

「マリアンヌ様がお呼びです」

「今、帰って来たばかりですので、すぐに用意して向かいます」

 私は外出着から内勤着に着替えて、マリアンヌのところに向かった。

「お姉様、どこに行っていたの? こんな大事なときに」

 そう言ったマリアンヌは、かなり動揺している様子だった。

「王妃の父の誕生日に、プレゼントを渡しに行ってました」

「父親の誕生日の日に身投げとは……」

「今さっき聞いたばかりなのですが、本当なんですか!?」

 自然に驚きを表現できているように思う。今のは自分でもいいと思った。

「実際に見たものはいないけど、何人かが川に飛び込んだ音を聞いているそうよ。それに王妃の靴が揃えて川縁に置いてあったのよ。あと、遺書も見つかっているわ」

「え? どこにですか?」

 これには本気で驚いた。遺書を残すという話はしていなかったのだ。

「馬車の中よ」

「理由は陛下に臭いと言われたからですか?」

「まあ、そんなところよ。思い当たることはあるの?」

「ええ、数日前からすごく沈んでましたから。でも、珠妃様、これで王妃になれるじゃないですか。喜ばしいことでは?」

「まあ、それはそうなんだけど、陛下がね」

「自殺の原因が陛下というのがまずいですか?」

「そうよ。それと、王子殺しの罪を着させられなくなったわ」

「自殺の件は事故死にすればいいです。遺書は揉み消せばいいだけですから。王子殺しは、私が思うに、それほどアードレーにダメージはないと思います。それよりもいい手があります」

「どんな手?」

「アードレーは後宮から生糸や反物を仕入れていますが、それをアードレーには売らないようにしてはどうでしょうか。そうすれば、アードレーは材料を仕入れられなくなって、かなり困ると思います。珠妃様が後宮を仕切るのですから、可能ですよね」

「アードレーは他から仕入れるのでは?」

「製糸業は若い女性の労働力で成り立っているそうです。後宮ほど若い女性が集まっているところはありませんので、後宮の生糸は品質がすごくいいそうです。王妃の受け売りですが」

「でも、そうなると後宮の資金源がなくなるのでは? アードレーに代わる新たな仕入先はどうやって見つければいいの?」

(ほう、マリアンヌも後宮経営を考えてはいるのね)

「私に任せて頂けますか?」

「何か考えがあるのね?」

「ええ、ところで、ルークは解放して頂けるのですか?」

「王妃になったらね」

(解放する気はないわね。少し揺さぶってみるか)

「……。そういえば、陛下が王妃の侍女から直接話を聞いているそうですが、私も呼ばれるのでしょうか?」

「そ、それはまずいわっ。分かったわ。お姉様、すぐに後宮を出てくれる? 仕入先探しも外にいた方がやりやすいでしょう。ルークにも必ず会わせるから、王妃の私を外から支えて欲しいの。たった二人の姉妹でしょう?」

 エリーゼはもろジョージの好みだから、マリアンヌは絶対に私と陛下を会わせたくないはずだ。

 ルークのことは正直どうでもいいが、エリーゼがどんな男に惚れたのか、一度、会ってみたい気もする。

「後宮を出て、家に戻るということでしょうか?」

 エリーゼとマリアンヌの父は子爵だが、マリアンヌが王妃になれば、伯爵に陞爵するだろう。だが、いったいどんな家族なのだろうか。エリーゼの武術は何のために身につけたのだろうか。それに、マリアンヌの姉虐めはどうも中途半端だ。姉を虐めるわりには頼りにもしている。そういった疑問が次から次へと出て来る。

「お姉様には辛いかもしれないけど、他に行くところはないでしょう?」

 家が辛いって? まあ、一度、行ってみるか。

 それよりも、まずは王妃の安否確認が先だが。
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