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肆幕 そっくりだよ
しおりを挟む「んああっ、悟ぅ、もっとッ、ああっ」
激しく軋むベッド。悟の体は湯気が立つほど、熱気を放ち、目の前にいるあまり知らない少女に激しく腰を打ちつける。
「ふあぁ、中で、中で、だしちゃ……」
悟の腰と少女の腰は激しく痙攣し、2人同時に果てた。少女は不安そうに悟の顔を見た。
「付けてたから、いちいち心配すんな。萎えるんだよ」
「あ、ご、ごめんね……」
悟はホッとしている少女に向かって、彼女が着ていた制服を投げつけた。
「もう、用はないからさっさと帰れ」
少女は制服を慌てて着て、部屋から出ていく。部屋にはむせ返る程に、汗の臭いが充満していた。
悟はシャワーを浴びながら、自分の裸に目を向けた。体のいたる所に白い液体の跡が、ミミズのように浮かんでくる。何度も擦っても跡は消えず、自分の体から異臭が立ち上る。
「くそ、くそ、くそっ!」
悟は幻覚に苛まれ、精神状態は限界に達しつつあった。どれだけ少女達を抱いても、体を洗っても、忌まわしい臭いが、感触が、抜けてくれない。
――――――――――
何もかも、全部あの女が現れたせいだ。
あの女が現れて、おかしくなった。
あの女がいなければ、あんな目には合わなかった。
あの女さえいなければ……
――――――――――
悟はシャワー室の中で、意識が遠くなっていく。
*****
オレは小さい頃から、愛という言葉が嫌いだった。
みんな、軽々しく、好きだの、恋だのと口にする。
オレの愛への嫌悪感は、日増しに強くなっていった。
愛があるならば、何故、捨てられたのだろうか。
母に手を引かれ、この街までやってきた。オレは最後に頭を撫ぜられて、「いい子にしててね」と言われた。母は笑っていた。伯母さんと手を繋いで、母が出掛けていく背中を見送った。
それが、母を見た最後の記憶。夜になって、朝が来て、また夜になる。どれだけ待っても、母は戻って来なかった。悲しくて、夜になるたびに涙が出た。泣けば母が帰ってくると思っていたのかもしれない。でも、そんな日はずっとやってこなかった。
オレは涙を流さなくなった。そんな事をしても、意味がないからだ。泣いても何も変わらない。伯母さんは小さな赤ちゃんを抱いて、なおかつオレの手まで引いてくれて、育ててくれた。すごく感謝している。もしかしたら、それが愛なのかもしれない。でも、オレはそれすらも、愛だと認める事が出来なかった。
小学生の頃、伯母さんのもとに、いきなり大金が送られてきた。差出人は書いていなかったし、誰も何も言わなかったけれど、オレはそれが母から送られてきたものだと思った。それがあったおかげで、オレや七海や伯母さんは今まで、生きてこられたと感謝している。
でも、オレは全然嬉しくなかった。そこに母は居ない。母が戻ってきて、お金が手に入ったのではない。母は居ないのに、お金だけが届いたのだ。
母はきっと、もうオレには、会いたくないのだ。
だから、お金だけ送ってきたのだ。
それからオレは以前にも増して、愛という言葉が嫌いになった。他人から好意を寄せられても、それに何の価値があるのか、分からなかった。
*****
茜がこの小さな田舎町に移り住んで、1ヶ月が経った。以前の暮らしとは正反対の、穏やかな日常を送っていた。何の刺激もないかわりに、平和と安心感に包まれている。
今まで稼いできたので、お金も結構貯まっていた。コンビニで数時間バイトをして、残りの時間はゆっくりと過ごす。子供の頃に感じていたような、ゆったりとした1ヶ月だった。
もう少しこの生活を続けるのも悪くない、そう思った矢先の出来事だった。
雨がしんしんと振り続いた日、彼女が自分の部屋で昼寝をしていて、目を覚ますと、手足が拘束されていた。
「思ったより遅かったじゃない……、悟」
彼女の拘束された両足が向いている方角に、しゃがみ込んでいる人影があった。パーカーのフードを深く被り、顔がよく見えないが、しばらくの間でも付き合っていた男なので、声を聞かずとも雰囲気だけで分かった。
悟は一言も発せず、茜の衣服を剥ぎ取ると乱暴に体を触った。茜は一切抵抗せず、されるがままになって、悟の行為が終わるのを待った。
「殺したくてたまらない女に、子種を仕込んでどうすんの」
「頭が悪いから、わかりません。先生」
「復讐に来たんでしょ?」
「そう。でも、どうやったら死ぬより辛い、苦しみを与えられるかなって考えてたけど、結局何も思い付かなくて」
そう言うと、悟は1枚の写真を、横たわる茜の目の前に置いた。
「綺麗な人ね、誰?」
「オレの母親」
「……今のお母さんじゃないよね」
「オレの実の母親。ガキの頃に失踪して、それきり」
茜は戸惑っていた。顔を合わすなり、少なくとも殴られたり、最悪殺されると思っていたので、何で憎くて堪らない女に、こんな話をするのか意味が分からなかった。
「オレ、なんで先生だけに興味を持ったのかが、ずっとわかんなくて」
「ごめん、何を言ってるのかが、わかんない……」
「似てるんだよ、母親に」
「……私が?髪の毛が長いことしか、似てないじゃない」
「ごめん、それだけじゃない」
悟の両手が、茜の首に添えられ、少しずつ圧迫されていく。
「かは……」
「オレを傷つけて、居なくなるところとか、そっくりだよ」
首がギリギリと絞められていく、ゆっくりゆっくりと、力が込められていく。
「……マザコン」
「うるさい」
首を絞める力はどんどんと強くなり、茜は拘束された手足をバタバタさせて抵抗した。でも、強くロープで縛られていて、女の力では、もうどうしようもなかった。茜は死を覚悟した。
薄れていく意識の中で、昔の映像が次々と頭に浮かんでくる。ああ、これが走馬灯ってやつなんだな……と思いながら、最後に浮かんだのは、彼女が誰よりも大切にしていた少女の笑顔だった。
「か……花純…… 」
茜の首に込められていた力は、一瞬にして抜け落ちた。
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