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第三章

「その場所」へ

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 リリーが誘拐された。
 誘拐したのは、弟のエヴァンだという。
『なんとしてでも今日、きちんと話をするべきだった』
 深く後悔し、動揺して何をどうすればいいのか考えられないリュカに、ルウが一生懸命説明をする。
「リリーが帰るところに、偶然通りかかったらしいの。リリー、馬車の中に引きこまれちゃって。気づいてすぐに追いかけたんだけど、追いつけなくて。馬車の中ではリリー、ほとんど人しか見てなくて、連れて行かれた屋敷の場所がわからないの。あ、でも、貴族街じゃないから、自分の屋敷ではないはず。大きくて古いお屋敷で、外からは目立たない感じだってカミーユが……あ、カミーユは門の外にいるわ。ねえ、どうしましょう。……リュカ様!?」
 反応がないリュカの名を、ルウは強い口調で呼んだ。
「大丈夫です? リュカ様」
「あ、ああ……大丈夫……」
 我に返ったようにルウを見て、そしてすぐ、何も無い一点を見つめ考え込むリュカに、ルウは黙って待つ事にした。
『……とにかく、早くリリーの所に行かなければ。今この瞬間にも、どんな目にあっているか。連れて行かれたのは、恐らく『蝶の館』だろう。貴族や金持ちの交流場のような所と言っていたが……今からその客を探すなんて、時間がかかりすぎる。やはり、ジフリーに聞くのが一番早い』
 ロイドを呼び、馬車と馬の用意をさせ、シェリンとニックを部屋に寄こすように指示する。
「緊急事態だ。今から城に一緒に行ってもらう。ニックは馬で来てくれ」
「えっ? お城、ですか?」
「そうだ」
 当惑する二人にろくに説明もせず、足早に部屋を出た所に、
「父上~。リリー見つかったんですね~」
 ミッシェルが、キャシーとスピカとチェイスを引き連れてやって来た。
「ニックが呼ばれたので、どうかしたのかなーって思って」 
 引き止められなかった事を謝るような表情でお辞儀をするキャシー。
「ああ、ニックはミッシェルの所にいたのか。私はこれから出かける。ミッシェルは安心して部屋に戻っていなさい」
「はーい。じゃあね、リリー」
 リュカに抱かれている黒猫がリリーではない事には気付かず、素直にミッシェルは部屋に戻って行ったが、
「キャンキャン!」
 二匹の犬はその場に残り、スピカはルウに向かって吠えた。
「スピカ! 止めろ!」
 リュカはルウをしっかり抱き、鋭くスピカを制したが、
「ニャニャッ」
 ルウがリュカの胸をポンポンと叩く。
「どうかしましたか?」
「大丈夫だから、ちょっと降ろして下さいな。何か、話したい事があるみたいです」
 小さな小さな声で、ルウが囁く。
 心配しつつ、リュカはルウを床に降ろし、ニックには先に行って準備をするように指示し、『どういうことか教えていただけないと!』とごねるシェリンに説明をする。
 その間に、ルウはスピカ、そしてチェイスと顔をくっつけて挨拶をし……、
「ニャー!」
 リュカとシェリンとの話しがちょうど終わり、納得したシェリンがニックを追ってその場を離れた時、ルウも二匹との話を終えた。
 リュカが抱き上げると、一応辺りを気にし、誰もいない事を確認してから小さな声で話す。
「リリーがお世話になっているから、挨拶しておかなきゃと思って。それでね、リュカ様、チェイスが一緒に行きたいって言っているのだけど……」
「チェイスが?」
「ええ。今度こそ、役に立つって言ってて。スピカさんも賛成しているわ」
「スピカが……」
 スピカを見ると、『キャン!』と吠え、尻尾を振る。
「しかし……」
 スピカの隣でパタパタ尻尾を振っているチェイスに視線を移すと、
「ワン! ワンワンワン!」
 元気に吠え、その場でジャンプし始めた。
「チェイスを連れていけば邪魔になる」
 その様子を見て、リュカは即座にそう判断したが、
「大丈夫、わたしがちゃんと指示するわ」
 そう言って、ルウが『ニャッ!』と短く鳴くと、チェイスは慌てたようにジャンプを止め、きちんと座ってみせた。
「ねっ、この通り。お願いします、リュカ様。この子も、色々思うところがあるらしいのよ。わたしの護衛ってことで。ねっ!」
「そういう事であれば……わかりました。では、早く行きましょう」
 少しでも早く行動しなければ、と、リュカは急いで外へ向かった。

「困った事になったね」
 外に出ると、ルウが門の外へと走り出し、すぐにカミーユを連れて戻ってきた。
『目立つのはいろいろと都合が悪い』と常々言っているカミーユだが、今回はそうは言っていられない状況と判断したらしい。
「リリーが連れて行かれた所だけど、木々に囲まれていて、大きくて古いお屋敷だよ。中はすごく綺麗で、客もたくさんいるんだが、外は蔦が絡まっていて、全く目立たない。金持ち達が住んでる北西地域ということはわかっているんだが……そんなだから、見つけにくいと思うよ」
「そうですか……。私はこれから城に行き、ミッシェルを誘拐した同僚に会って、その場所を聞き出します。リリーは必ず、救い出します」
「すまないね、うちに来ていたリリーを誘拐されてしまって」
「いえ。リリーは私ではなく、貴女方に相談をしたくて行ったのでしょう。……オリヴィアの時と同じです。私にも責任があります。しかし今回は、絶対に救い出します」
「ん、そうだね、その通りだ。わたしも絶対に、リリーを死なせないよ」
 リュカとカミーユ、シェリン、そしてルウとチェイスは馬車に乗り込み、ニックはその後ろを馬で追い、城に向かった。


 城に着くと、リュカはすぐさまシェリンを伴え地下牢獄に向かった。そして、ジフリーの牢の前に行くと、シェリンを見て頷き、シェリンも『心得ました』というように深く頷くと、鉄格子へと近づき『ジフリー様』と声を掛けた。
「……リ、ズ?」
 静かな牢獄に響く足音が自分の牢の前で止まっても、一切興味を示さず、前かがみの状態で椅子に腰かけていたジフリーが、はじかれたように顔を上げ、シェリンを見つめた。
「う、そだろ……本当に、リズ……ああ、俺は死ぬのか? リズが、俺を迎えに来てくれたのか?」
 ヨロヨロと近づき、冷たい鉄格子を掴み、顔を押し付ける。
「リズ……会いたかった……でも……やっぱり殺されたというのは、リズだったのか?」
「ジフリー様、わたし、死んでませんよ? 生きてます。ほら」
 にっこり笑い、シェリンは鉄格子の間から手を差し入れ、ジフリーは縋り付くように、両手でその手を包んだ。
「あ、温かい……よか、った……リズ……」
 やせ細り、落ちくぼんだ両目から涙が溢れる。
「ジフリー様、わたし今、シェリンと名乗って、ベルナルド伯爵邸でお世話になってるんです」
「え……?」
 よく解からない、というような、戸惑った表情のジフリーは、ここでようやく少し離れたところに立っているリュカに気づいた。
「リュ、カ……一体どういう……」
「ジフリー様、今日はわたし、ジフリー様にお願いがあって来たんです。『蝶の館』の場所を、ベルナルド伯爵様に教えて欲しいんです」
「え……?」
「教えてくれたら、わたしはもう、あそこに戻らなくていいんです」
「え……どう、いう……?」
「お願いします、ジフリー様。わたし、あそこには戻りたくないんです」
「それは一体、どういう事……え?」
 戸惑うジフリーに、リュカが話す。
「彼女が、生死を気にしていた女性なのだろう? 彼女の為に、私と団長の子供を誘拐させたんだろう? エヴァンに、取引を持ちかけられて」
「…………」
 無言のジフリーに、リュカは構わず話を続ける。
「お前が、ずっとその事を言わず沈黙を守ってきたのは、その事を言った報復として彼女に危害が及ぶのを恐れたからではないのか? それだったら、もう心配はないだろう? 彼女は、ここにいるのだから」
「……しかし……」
「時間が惜しいんだ。時間をかければ見つけられるが、すぐにでもそこに行きたいから、ここに場所を聞きにきたんだ。さっさとしてくれ。もし言わないというのなら、もう行く。だがその時は、彼女を囮として使うつもりだ。コールドウェイ侯爵家に、彼女をエヴァンの愛人として突き出す」
「なっ……」
「そういう設定で、エヴァン様の紹介でベルナルド家に行ったので」
 フェリンはそう言うと、ジフリーの手をキュッと握った。
「ねえジフリー様、お願いです。そんな事になったらわたし、エヴァン様に酷い目に合わせられます」
リズ……」
少し戸惑い、しかし、ジフリーは決断する。
わ、わかった。だが条件がある。俺を、俺をここから出してくれ! 俺がその場所まで案内する」
いいだろう」
悩む事無く、リュカは即答した。
実はここに来る前、シェリンと話した時、彼女に『ジフリー様を自由にしてくれるならお手伝いします』と言われていたのだ。
 団長から許可をもらっていると偽り、借り受けていた鍵で鉄格子を開ける。
 あまりのあっけなさに、ジフリーは半信半疑ながら牢を出た。
「あ……リズ……」
「まったく……なにやってるんですか、ジフリー様」
 呆れたような顔をしながらも、シェリンはよろけ気味のジフリーを脇から支えた。
「さあ、行くぞ」
 そう言い、先に歩き始めたリュカだったが、大して進まないうちに立ち止まった。
「……どういうつもりだ、リュカ」
「団長……」
 胸の前で腕を組んだデューイが、厳しい表情で立ち塞がった。

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