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21.俺らしくない
しおりを挟む俺は、ゲキファの手を取り、ベッドの前まで連れて行った。
「え……う、ヴァデス??」
「座れ。傷を手当してやる」
「大丈夫だって。ちょっと赤くなったくらいだから」
「擦り切れているところもあるだろう!」
言って、俺はそいつの袖口を捲った。そいつの腕には、痛々しい鎖の跡ができている。それにそっと手で触れる。すると、ゲキファは微かに眉をひそめた。
「いたっ……!」
「痛かったか……? すぐに治る……」
治療の魔法をかけると、傷はゆっくり塞がっていく。
くそ……良心がじんじん痛い。この方法はもう使わない。俺までダメージを受ける。
傷が完全に消えて、俺は顔を上げた。
「できたぞ……」
「……ありがとう……」
そう言うゲキファの頬が、微か赤い。こいつ……照れてる? 腕に触れただけだぞ。
なんなんだ。こいつは。全く理解できないっ……!!
「……こ、根拠なく疑ったことは詫びる! だが、しばらく、その……す、好きだと言うのはやめろ! り、理解に時間がかかっているんだ……」
俺自身、人を愛したことはない。俺は、あったかい寝床と美味しいご飯、安心できるねぐらがあれば、それでいいんだ。
それなのに、好きだと? 全く意味がわからない。
「だ、だいたい、なぜ俺を好きなんだ? 海辺の研究所では、ほとんど接点などなかったのに……」
「ヴァデス、ずっと研究に夢中だっただろ……? そういうところ、好きだった」
「……」
腕に触れただけで赤くなる割に、恥ずかしげもなく言うな……なんでそんな単純な言葉が妙にくすぐったく感じてしまうんだ。
「……俺は、お前のことはほとんど覚えていない。俺のツナ缶を遠くから物欲しげに見つめて尻尾を振っていた犬という印象しかない」
「…………そんな印象だったんだ」
苦笑いした様子のゲキファは、俺に向かって微笑んだ。
そばにいると、ツナ缶を眺めている犬じゃなくて、俺に向かって尻尾を振っている大きな犬だな。
「ツナ缶は見つめてなかったんだけど…………じゃあ、ここでは違う印象を持ってもらえるように頑張るか」
「違う印象なら、もう持っている」
「え? なに?」
「頭のおかしなストーカーだ」
「それは……もっと嫌、かな……」
「だ、だいたい、貴様、曲がりなりにも貴族だろう? 婚約者はいないのか?」
「それは……最初は俺が頑なに抵抗してて、そのうちに父上もそんな話を持って来なくなったんだ」
「だろうな」
こんな男を貴族の令嬢と引き合わせたりなどしたら、トラブルが起こることは必至。キュラブも、魔法研究で栄えた港町を持つ領主だ。王の立場が議会で危うい今、これ以上のトラブルは避けたいはず。
議会には、人魚族に顔が効く奴らもいる。その多くが王排除派で、悪評の一つも広がれば、海域の安全性と、交易に一役買った、造船業の建築材料の収集にも影響する。あれは、人魚族たちが深海から取ってくるものだったはずだ。
キュラブには、他に子が幾人かいる。だったら世継ぎはそっちに期待、ということだろう。
俺も急いだ方がいい。俺が王子やゲキファに近づいたとなれば、どんなふうにしても必ず目立つ。いずれ公爵が動く。その前に、この二人を取り込んでおくしかない。
この際、学園長に手を回すか? 王擁立派のあいつとしては、公爵の動きは出来るだけ抑えておきたいはずだ。その動きを牽制とまでは行かないまでも、動きがあれば知らせることくらいはできるはず……
いや、学園長を頼るのはやめた方がいい。あいつに借りを作ると、面倒なことになりそうだ。
となると、やはり俺一人でやるしかない。そもそも、他人の手を借りるのは、俺らしくない。
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