万葉の軍歌
太平洋戦争末期。南洋の島に派兵された青年たちは、『万葉集』の家持の歌に鼓舞され、絶望的ないくさを戦っていた。『万葉集』なんて、大嫌いだ! 吐き捨てる俺に、戦友の桐原は、それは違うと言った。大伴家持と、彼が心を捧げた聖武の息子・安積皇子。万葉の歌の秘密が、今、明かされる……。
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「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
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「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
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「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
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と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
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軍歌に関する作品を探していて拝読させていただきました。
認識が180度変わりました。お話自体もとても面白く、戦時中の事が良く分かりました。
ご感想、ありがとうございます。随分前に書いたお話なのに、恐縮です。
初めは、万葉の歌が軍歌に使われたという違和感でした。それから、大伴家が軍の家系だと知り、家持が、後半生では全く歌を残していないことに気づき、その理由を考えたことが、突端です。
太平洋戦争については、最後に触れたように、缶詰の話を祖父から聞いた他は、主として子どもの頃に残っていた「雰囲気」を元に創り込みました。当時は今よりずっと、反戦の雰囲気が強かったと記憶しています。けれど同時に、戦争について語ることは憚らる感じがあって、直接、戦争の話を聞いたことはありません。ただ、子ども向けの絵本だけが、戦争は悪だと語らないままに、戦争の悲惨さを伝えていた気がします。(ええと、私の年齢については深くお考えにならないよう願います)
「万葉の歌」は、洋の東西を問わず戦争を題材にしたお話を置かせて頂いているサイトさんに、こっそり紛れ込ませています。やはりどうしても、反戦の意志だけは表明しておきたいからです。
改めて、過分なまでにお褒め頂き、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。