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第06話  既視感を感じるがドM

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シルヴァモンドの顔をもう一度まじまじと見てミネルヴァーナは何処か既視感を覚えた。

――あぁ、似てるんだ――

そう感じたのは道中で籠を取ってくれた兵士。顔の半分以上はバイザーで見えなかったが口元がよく似ていた。ただ同一人物ではない。兵士には黒子ほくろはなかった。

――兄弟か従兄弟なのかしら――

他人の空似にしてはあまりにも似すぎている口元を見ていると「噂の通りだな」とシルヴァモンドが声を出した。

「どのような噂かは存じませんが、噂に信用の全てを預けておられるのであればご両親ともどもこのような場にお越し頂かなくても良かったのでは?」

「ハッ。何とでも言え。わざわざ時間を作ってやったんだ」

「頼んでいませんけど?」

話をするのも今日は生まれて初めて。ほんの1時間ほど前までは馬車で揺られる旅。時間を作ってくれと頼んだ覚えもないのに「わざわざ」とまで言われるとムッとしてしまう。

「貴様とは離縁をしてやる」
「は?」
「間抜けな声を。まさか離縁されるとは思ってなかったか?」
「はい。だってまだ結婚していませんもの」

馬車の中でマリーとじゃれ合ってるのならマリーはきっと「てへ♡せっかちさんシチャッタ」と舌を出しただろうが、シルヴァモンドは「今じゃない!」と声を張り上げた。

「1つ宜しいかしら?」
「なんだ」
「なら、最初から結婚をしなければ良いのでは?結婚が既に成り立っているのならまだしも、まだですよね?わざわざ傷物になる必要はないと考えます。もしや…」

ふむ?ミネルヴァーナは顎に手を当てて首を傾げた。

「もしかして、精神的に被虐的なご趣味がお有りなの言葉責めとかじゃないほうのドM?」

ヒクっと体を小さく跳ねさせたシルヴァモンドは真っ赤になりながら否定をしたが、ミネルヴァーナにはそうとしか思えない。

まだ結婚もしていないのに離縁ありきの結婚をして傷物になりたいと願う者などそうそういない。1人で「なるほど、なるほど」と頷くミネルヴァーナにシルヴァモンドは胸ポケットから折りたたんだ紙を無造作に差し出した。

「読めと?」

ミネルヴァーナには少し後ろに控えているマリーが懸命に笑いを堪えている「クック…ククッ」小さな声が聞こえてくる。おそらく俯いて肩を小さく揺らしているだろう。
シルヴァモンドには気付かれていないのが不幸中の幸いだというのに。

――もう!マリりんってば。きっと嫁に読めと?とか思ってるんだわ――

折りたたまれた紙をひらくとどうやら確約書のようで、5年後の離縁についてその勝手な取り決めをしたためたもの。

文字に目を走らせると、一方的な事がツラツラと羅列されていた。

「私は本気だ。この結婚は国家間の取り決め。故に覆る事はない。ただ結婚については覆らなくても離縁を禁じている訳ではない」

「それは屁理屈とも言いますが判らぬでもありません。しかしその理由として貴方様の不貞ではなく不手際でもなく不能を理由とされる意図が解りません」


男としては屈辱的とも言えるのに何故そうしようとするのか。
ミネルヴァーナのほうが子が産めない、腹で子が育たたないとした方がまだ自身の威厳は保てるだろうにと考えたのだ。

――やっぱり…想像の斜め上を行くドMなのかも?――


メレ・グレン王国の従者にも面倒臭い自虐男はいたが、ここまでではなかった。

――どちらかと言えば彼は…不遇自慢だったわね――

如何に自分が憐れなのか。何故か不遇の状況を自分の方が上、なのにこんなに頑張っていると奇妙なマウントを取ってくる者が異母弟のカイネルの従者にいたのだ。
ミネルヴァーナは彼のことを不遇ナルシストと心で呼んでいた。

「と、兎に角。同意しろ。それだけで君は5年で自由になれる」

目を走らせれば決して悪い条件ではない。
ミネルヴァーナはふむふむ。書面に目を走らせた。


――離縁時に慰謝料として2億パレが支払われるですって?――

ル・サブレン王国の2億パレと言えば現在のレートで換算してもメレ・グレン王国では10億デハになる。

――一生遊んで暮らせるんじゃない!?――

わざわざメレ・グレン王国に戻らずともル・サブレン王国でもないまた別の国にマリーと移住してものんびりと暮らしていける。

――悪い話じゃないわね――

ミネルヴァーナは「生きるのにはお金って大事なの」と自分に言い聞かせ、次の文言にガッと食いついた。

――住まいは別居。生活費や食料は支給。その上夫婦関係は持たないデスッテ?――

世の中にこんなウマい話があるんだろうか?騙されているのか?
ゆっくりと書面から視線だけでなく顔ごとシルヴァモンドに向ける。

「なんだ。他に要望があるなら――」
「要望ではないのですが…詳細を詰めません?」
「詳細?」
「はい。ざっくりと書かれておりますけども、例えば夫婦関係は持たない。体の関係は勿論の事と考えますが、王家主催などの夜会、民衆を前にしての年始挨拶、国賓などを招いての会合なども欠席してよろしいの?」

食い気味、かつ前のめりでシルヴァモンドに「どう?どうなの?」と詰め寄るミネルヴァーナ。シルヴァモンドも「そういえばそうだ」とミネルヴァーナから書面を一旦引き取るとミネルヴァーナにソファを勧めた。

噂では教養は皆無で美丈夫好きの尻軽と聞いて居たのにシルヴァモンドの隣など目もくれない。迷うことなく向かいに腰を下ろしたミネルヴァーナに数拍の沈黙を取ってしまったが「さぁさぁ!」急かされる声に胸ポケットに引っかけたペンを抜いた。
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