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第07話 結婚前の共同作業
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「マリーさん。その辺に何も書いていない白紙の用紙はあるかしら」
「御座います。お待ちくださいませ」
シルヴァモンドが持ち込んだ用紙はあっという間に文字だらけになって、項目ごとに線で文字を囲うのだが書くスペースも無くなってしまった。
「それでは曖昧になってしまいます。例えば事業の関係で他家の当主と話をする場合にわたくしは門外漢ですわ」
「適当に相槌を打ってくれればいいんだが」
「それで相手がわたくしも理解をしたと思い込んだらどうなります?」
「それは困るな」
「ですから、わたくしは公的な夜会では挨拶程度しかル・サブレン語を理解していないと周知徹底して頂きたいのです。ただ…そうですね何年経ってもとなれば問題もあります。半年経った頃に早口で無ければなんとか聞き取れる素振りを致します」
「随分と細かいな…」
「嘘が露呈するのは大抵小さな綻びからですので」
一息ついた頃にはシルヴァモンドを心地よい疲れが襲う。
――本当に学びを嫌った王女なのか?契約関係には随分詳しそうだが――
報告書の中に見たミネルヴァーナと目の前のミネルヴァーナは差があり過ぎる。
帰宅をしたら執事たちにもう一度調査をし直すことを命じよう。シルヴァモンドはミネルヴァーナの横顔をみて思ったのだった。
手元の用紙に目を移してみれば、整理をしないと何を書いているのか判らない。何よりミネルヴァーナの署名する欄も走り書きで埋まってしまった。
「では、内容がほぼ決まったのでお互い同じ文言で書類を作成しましょう」
「1枚で良いだろう。どうして2枚必要なんだ?」
「1枚しかない場合、持っていない方が無かった事に出来てしまうでしょう?本来は3部作成し1枚をお互いが。残った1枚は公的機関などに保管してもらうのが一番ですが、それは出来ませんでしょう?」
確かにこんな書類を結婚前に作成しているなど前代未聞。
離縁ありきの確約書など現行の結婚制度を否定するものになるし、そもそもで結婚しなければいいだろうとなってしまう。公的機関にそんな書類を預けるなど出来るはずもない。
「では、作成しましょう」
「あぁ」
2枚の用紙をそれぞれが言葉を発しながら文字を走らせる。
それぞれが1枚を仕上げるのである。
「まず1つめ。離縁は5年後。その日は5回目の結婚記念日の翌日とする」
「待って…記念日の…翌日とする・・・いいわ。次お願い」
「2つ目は慰謝料として現在の貨幣価値で2億パレと同額をシルヴァモンド・ベルセールがミネルヴァーナ・マルトン・メレ・グレンに一括で支払う」
「2億パレ」小さく呟くマリーにミネルヴァーナは親指を立ててサムズアップ。マリーもサムズアップを返した。
「3つ目だ。生活はお互い別居。生活費と最低限の食費を支給する。対価として必要最低限の社交を行う」
「その際のドレスなどはベルセール家が負担だけど、可能な限り原状回復し返却ね」
「ドレスくらいは持っていてもいい。君のサイズに合わせて誂えるんだから他に使い道がない」
「要りません。不要です。遠慮します。慰謝料の減額されたら堪らないもの。使い道がないなら次に仕立てる際に下取りに出せばいいのです」
「そこまでケチじゃない。ドレスや宝飾品の金と慰謝料は別だ」
「好意だけ受け取ります。消耗品でないものは後々の手入れも面倒なので」
シルヴァモンドはやはり脳裏に浮かぶ山になった報告書の真偽が怪しいと感じ始めた。
報告書にあるミネルヴァーナは一旦手に入れたものは意地でも手放さない。寄付なども馬鹿馬鹿しいと行わないとされていたのに簡単に下取りに出せばいいという。
――宝飾品は売れば金になるし、宝飾品の数は女のステイタスだろう?――
「何を呆けているのです?次です。次!」
「あ、あぁすまない。住まいだが貴族街の一角にセカンドハウスばかりの区画がある。そこの家屋を貸し出す…いや賃料は要らないぞ?」
「何を言ってるんです。それは名目は賃料でも実際は賃料ではなく5年後に出る時の修繕費に充てると…ほら、ここにそうしようと納得されたではありませんか」
書くスペースが無くなり紙の端に添うように並んだ文字に「そうだった」とシルヴァモンドは清書した。
一通りの書類が出来上がると、書類を交換する。
相手の書いた書類に確約をした内容が勝手に書き換えられていないかを確認するのだ。
「いいだろう。署名するよ」
「では、わたくしもこちらに」
その後は自分の書いた紙に再度入れ替えて署名。そしてまた交換。
手元にあるのは相手が書いた書面。そこにあるのは自分の署名だけである。
口元が「ω」となってニマっとしてしまうのはシルヴァモンドも許してくれるだろう。なんせシルヴァモンドが提案してきた事を詰めただけで何一つ否定や却下はしていないのだから機嫌を悪くされる謂れもない。
「では、早速今日からその家屋に住んでも宜しいのですね?」
「言っておくが今日になるとは思ってなかったんだ。これは本当だ。清掃は済ませてあるが食材などは運び込んでいないし、薪なども直ぐに火にくべられる状態ではないぞ?」
「問題御座いません。食料はここから行く途中に購入しますし、薪はあるんでしょう?割ってないだけで」
「あ、あぁ…だが下男の手配もしていない」
「不要です。居住に関しての費用も余れば翌月に繰り越し。繰り越した分は差し引いて頂いて結構ですし。一通りの事は自己責任で行いますのでお気遣い無用ですわ」
結婚前に2人で済ませた共同作業が離縁を前提とした誓約書なのは皮肉なもの。
長居も無用と立ち上がったミネルヴァーナをシルヴァモンドが何故か引き留めた。
「御座います。お待ちくださいませ」
シルヴァモンドが持ち込んだ用紙はあっという間に文字だらけになって、項目ごとに線で文字を囲うのだが書くスペースも無くなってしまった。
「それでは曖昧になってしまいます。例えば事業の関係で他家の当主と話をする場合にわたくしは門外漢ですわ」
「適当に相槌を打ってくれればいいんだが」
「それで相手がわたくしも理解をしたと思い込んだらどうなります?」
「それは困るな」
「ですから、わたくしは公的な夜会では挨拶程度しかル・サブレン語を理解していないと周知徹底して頂きたいのです。ただ…そうですね何年経ってもとなれば問題もあります。半年経った頃に早口で無ければなんとか聞き取れる素振りを致します」
「随分と細かいな…」
「嘘が露呈するのは大抵小さな綻びからですので」
一息ついた頃にはシルヴァモンドを心地よい疲れが襲う。
――本当に学びを嫌った王女なのか?契約関係には随分詳しそうだが――
報告書の中に見たミネルヴァーナと目の前のミネルヴァーナは差があり過ぎる。
帰宅をしたら執事たちにもう一度調査をし直すことを命じよう。シルヴァモンドはミネルヴァーナの横顔をみて思ったのだった。
手元の用紙に目を移してみれば、整理をしないと何を書いているのか判らない。何よりミネルヴァーナの署名する欄も走り書きで埋まってしまった。
「では、内容がほぼ決まったのでお互い同じ文言で書類を作成しましょう」
「1枚で良いだろう。どうして2枚必要なんだ?」
「1枚しかない場合、持っていない方が無かった事に出来てしまうでしょう?本来は3部作成し1枚をお互いが。残った1枚は公的機関などに保管してもらうのが一番ですが、それは出来ませんでしょう?」
確かにこんな書類を結婚前に作成しているなど前代未聞。
離縁ありきの確約書など現行の結婚制度を否定するものになるし、そもそもで結婚しなければいいだろうとなってしまう。公的機関にそんな書類を預けるなど出来るはずもない。
「では、作成しましょう」
「あぁ」
2枚の用紙をそれぞれが言葉を発しながら文字を走らせる。
それぞれが1枚を仕上げるのである。
「まず1つめ。離縁は5年後。その日は5回目の結婚記念日の翌日とする」
「待って…記念日の…翌日とする・・・いいわ。次お願い」
「2つ目は慰謝料として現在の貨幣価値で2億パレと同額をシルヴァモンド・ベルセールがミネルヴァーナ・マルトン・メレ・グレンに一括で支払う」
「2億パレ」小さく呟くマリーにミネルヴァーナは親指を立ててサムズアップ。マリーもサムズアップを返した。
「3つ目だ。生活はお互い別居。生活費と最低限の食費を支給する。対価として必要最低限の社交を行う」
「その際のドレスなどはベルセール家が負担だけど、可能な限り原状回復し返却ね」
「ドレスくらいは持っていてもいい。君のサイズに合わせて誂えるんだから他に使い道がない」
「要りません。不要です。遠慮します。慰謝料の減額されたら堪らないもの。使い道がないなら次に仕立てる際に下取りに出せばいいのです」
「そこまでケチじゃない。ドレスや宝飾品の金と慰謝料は別だ」
「好意だけ受け取ります。消耗品でないものは後々の手入れも面倒なので」
シルヴァモンドはやはり脳裏に浮かぶ山になった報告書の真偽が怪しいと感じ始めた。
報告書にあるミネルヴァーナは一旦手に入れたものは意地でも手放さない。寄付なども馬鹿馬鹿しいと行わないとされていたのに簡単に下取りに出せばいいという。
――宝飾品は売れば金になるし、宝飾品の数は女のステイタスだろう?――
「何を呆けているのです?次です。次!」
「あ、あぁすまない。住まいだが貴族街の一角にセカンドハウスばかりの区画がある。そこの家屋を貸し出す…いや賃料は要らないぞ?」
「何を言ってるんです。それは名目は賃料でも実際は賃料ではなく5年後に出る時の修繕費に充てると…ほら、ここにそうしようと納得されたではありませんか」
書くスペースが無くなり紙の端に添うように並んだ文字に「そうだった」とシルヴァモンドは清書した。
一通りの書類が出来上がると、書類を交換する。
相手の書いた書類に確約をした内容が勝手に書き換えられていないかを確認するのだ。
「いいだろう。署名するよ」
「では、わたくしもこちらに」
その後は自分の書いた紙に再度入れ替えて署名。そしてまた交換。
手元にあるのは相手が書いた書面。そこにあるのは自分の署名だけである。
口元が「ω」となってニマっとしてしまうのはシルヴァモンドも許してくれるだろう。なんせシルヴァモンドが提案してきた事を詰めただけで何一つ否定や却下はしていないのだから機嫌を悪くされる謂れもない。
「では、早速今日からその家屋に住んでも宜しいのですね?」
「言っておくが今日になるとは思ってなかったんだ。これは本当だ。清掃は済ませてあるが食材などは運び込んでいないし、薪なども直ぐに火にくべられる状態ではないぞ?」
「問題御座いません。食料はここから行く途中に購入しますし、薪はあるんでしょう?割ってないだけで」
「あ、あぁ…だが下男の手配もしていない」
「不要です。居住に関しての費用も余れば翌月に繰り越し。繰り越した分は差し引いて頂いて結構ですし。一通りの事は自己責任で行いますのでお気遣い無用ですわ」
結婚前に2人で済ませた共同作業が離縁を前提とした誓約書なのは皮肉なもの。
長居も無用と立ち上がったミネルヴァーナをシルヴァモンドが何故か引き留めた。
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