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ペルセスの些細な復讐
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熱が引いたペルセスが目を覚ましたのは真夜中だった。
全身が全く言う事をきかず、腕を動かす以前に指を動かすのも辛い。
だが、あの部屋で一人取り残されても胸元の温かさと優しい香りに「まだ死は遠い」と感じていた。だからだろうか。見慣れない天井は公爵家の天井によく似ているけれどそこが何処なのか判らなかった。
ただ、ずっと香っていた匂いと同じ匂いがする事に「まだ生きている」のだと痛む腕を必死で動かした。すると何かに腕があたった感触があった。
「んにゃ…ん?…ペル‥セス‥目が覚めたの?」
「ディア‥コホッコホッ‥」
名を呼ぼうとするが、喉が渇ききったようで声の出口が塞がれているようになり声が出ない。
しかし、優しく包帯越しにディアセーラの手が頬を包んでいるのは判った。
「お水ね?少し待っててくださる?飲んでもいいか聞いてきます」
顎を蹴り上げられているので口の中も切れている。
ペルセスは鉄の味に再度生きている事を実感した。
バタバタと足音がして、ディアセーラが公爵夫妻や医師、メイドと共に戻ってきた。
直ぐに診察になり、少しづつだがペルセスの口の中に液体が流れ込んだ。
「後は負傷部位の治癒と並行して顎の治療を行いましょう。喋る事は出来ますが今の状態で動かすのは良くないのであまり喋らないようにしてください。顎から頬、瞬きなどをする為の筋肉に負荷がかかってしまいますから」
ペルセスは顎が歪んでしまい噛み合わせが出来ない状態になってしまっていた。
ディアセーラの指がペルセスの指先に重なる。
「痛かったら指を少しだけでいいの。動かして?」
ディアセーラの声に指先だけを少し動かし、チョンと触れる。
にっこりと笑うディアセーラの顔が間近にあって、熱は引いたのに頬が熱くなる。
「お水、もう少し飲みます?」
指先が少しだけ触れる。
しかし、ペルセスは何を聞いても指を動かした。
「もう!何でもいいになると、ダメなものが判りませんわ」
「触れて…いたいから‥」
「え?‥‥」
ディアセーラの顔が途端に真っ赤になった。
「おいおい。一応親もここにいるんだから手加減をしてくれよ」
「お父様!何を言ってますの!」
「ペル君が寝てる間にディーが股間に何かしてた事もばらすぞ?」
――嘘だろ?!股間に何かって何をしたんだ?――
「何もしてません!熱を取っただけです!」
――ねっ熱?!もしかしてそっちの熱?あっちの熱?どっちぃぃ?!――
「ペルセス?何もしてませんわよ?ただ空間が出来たので調節はしましたけど」
――調節って出来んの?!0からMAXまで一直線しか経験ないんだけど!――
「もう!お世話はわたくしがするから出て行ってくださいませ!」
「そうよ。揶揄うものじゃないわ。熱は仕方ないもの。ね?ディー」
「いいの!お母様までお父様の真似しないでくださいませ」
動けないペルセスは居た堪れない。包帯で覆われていてよかったと神に感謝をした。
☆~☆
「はい。あ~ん。もぐもぐですわよ?」
「もう大丈夫だから。1人で食べられるよ」
「ダメです。ほら、ここもまだ瘡蓋の取れた痕が残ってますもの」
「それを言ってたら生涯介護になってしまうよ」
「いいの。ペルセスのお世話がしたいんだもの。あ、そうそうほうれん草。堆肥なしで水も少な目の所が一番甘かったの。今日のパン粥は少しだけ入れてみたのよ?」
お世話をしてくれるのはいいのだが、それなりに回復をしているのであまり顔を近づけすぎたり、体を清拭してもらう時はペルセスには少しだけ我慢の時間帯というものが出来てしまった。
それももう来週までである。
ディアセーラが医師に詰め寄るものだから医師も大事に、大事にとなってしまい寝台から出る事が許されなかった。その為ディアセーラが畑に出掛けている時に男性従者に付き添ってもらって不浄を済ませる。
そうしないとディアセーラがそちらの世話もすると言い出すのだ。
「大変ですね。ペルセスさんも」
「ありがたいんですけどね‥流石に不浄はちょっと抵抗が…」
「ですよね。動けない時はお嬢様を止めるのに大変でしたよ」
「あ~…申し訳ないです」
「お互い様ですよ。お嬢様が明るくなったのはペルセスさんのおかげですから」
しかし、ペルセスには謎があった。
公爵家にいるからかも知れないが王家の事が一切誰の口からも語られないのだ。誰かが助けにきてくれたのは覚えているのだが、それも記憶が途切れ途切れではっきりとしない。
ブロスカキ公爵が1人で来た時に聞いてみたが、どうに煮え切らない返事で誤魔化された気がするのである。
「ねぇディア」
「なぁに?」
「殿下とか‥‥どうなったのかな?」
「殿下?執務室で公務してるわよ?」
「そっか」
「面倒なのよね。経験者求むっていうのかしら?アルバイトでいいから来てくれないかって」
「行くつもりなのか?それはちょっとやめて欲しいって言うか…あ、でもディアの意思を尊重するよ?でも心境としては複雑と言うかなんというか‥」
「そうよね。従兄妹だからって絶対こき使うつもりよ?」
「え?従兄妹?ディアは殿下と従兄妹だったって事?」
「だったって…ずっと前からよ?だってお母様のお兄様の子供だもの。皇太子殿下」
「ん?ちょっと待って。何故そこで皇太子殿下?皇太子殿下は帝国の王子様じゃないのか?」
「何当たり前の事…ハッ!まさか頭に後遺症?大変!すぐお医者様に診てもらわないと!」
☆~☆
ジェラティッド王国は存在している。ただその領土は小さくなりかつての王都だった部分の中にある王宮の敷地内だけである。まだペルセスの顎の治療が始まったばかりの頃、周辺国に領土は吸収されてしまい、つい先日領土として残る部分が確定をした。
世界で一番小さな国となったのである。
国王はオデッセアス、王兄はデモステネスだが元々の婚約者は他国の貴族令嬢という立場になる。国民の数は4人。その4人はデモステネス、オデッセアスとその婚約者である。
こちらも世界一国民の数が少ない国となった。
前国王と王妃は身分と財産を剥奪され、今は農夫として隣国で田畑を耕している。
王女はそれぞれ他国の貴族に引き取られ、倹しく生活をしているし、側妃は実家に戻りこちらも実家が隣国に所属をするのでジェラティッド王国とは無縁の人となった。2人は修道院に行く予定だという。
ベネディクトは帝国で裁かれ、足枷が付いたままで公共物の清掃作業を与えられた。
「お前は本当に要領が悪いな。もっと綺麗に磨け」
綺麗に磨けなければ囚人番の兵士に鞭で打たれる。要領よく作業を済ませれば口の上手いものに手柄を奪われてしまう。終わらなければ食事も与えられない。
夜眠る時はどんなに疲れていても一睡もできない。元王太子だなどという経歴を他の囚人に知られれば何をされるか判らないからである。
「出来ました。確認をお願いします」
必死で磨いても誰も褒めてはくれない。
囚人番の兵士に罵られる言葉はベネディクトが甘言に乗ってディアセーラに吐いた言葉と同じ。手柄を奪われるのもディアセーラの努力や功績をベネディクトが奪ってきたのと同じである。
全てに見放されたと思われるベネディクトに唯一差し入れをしてくれる者がいた。
数年それが誰なのか判らなかったが正体を知ってベネディクトは驚いた。
あの解雇した専従従者だったからである。
しかし何度目かの差し入れの時、パンを差し出しながら従者は言った。
「そのパン。本当は私からの差し入れではないんです」
「では…誰が?」
「貴方が鞭で打った男です。頼まれたんですよ。妻には内緒にしてくれと。小麦もですがパンに混ぜ込んでいる胡麻やドライフルーツなんかも夫婦で育てているそうです」
「そうだったのか…礼を言わねばならないな」
「ほら。また直ぐに信用する!これはね復讐なんです。飢えたくなければパンを食べろって事です。食べれば血や肉になる。それは遠回しな支配です。生きている限り罵られ続け、した事を忘れるなという復讐です。聞かされた時は優しいんだか、鬼畜なんだか判らなくなりました。人って見かけによらないです」
「そうだな。そうだとしても伝える事が出来るならありがとうと伝えて欲しい」
「貴方は本当に‥‥いや、いいです。また来ます」
従者が去った後、ベネディクトは手にしたパンを泣きながら千切って食べた。
届けられるパンは健康に配慮し色んな野菜などが混ぜ込まれている。
ベネディクトは従者の言葉を思い出し栄養の偏りなどで体が蝕まれていく仲間を隣で見る度「簡単には逝かせてくれない」のだと悟った。
☆彡☆彡☆彡
次回 11時10分公開です \(^▽^)/最終回だぁ!
全身が全く言う事をきかず、腕を動かす以前に指を動かすのも辛い。
だが、あの部屋で一人取り残されても胸元の温かさと優しい香りに「まだ死は遠い」と感じていた。だからだろうか。見慣れない天井は公爵家の天井によく似ているけれどそこが何処なのか判らなかった。
ただ、ずっと香っていた匂いと同じ匂いがする事に「まだ生きている」のだと痛む腕を必死で動かした。すると何かに腕があたった感触があった。
「んにゃ…ん?…ペル‥セス‥目が覚めたの?」
「ディア‥コホッコホッ‥」
名を呼ぼうとするが、喉が渇ききったようで声の出口が塞がれているようになり声が出ない。
しかし、優しく包帯越しにディアセーラの手が頬を包んでいるのは判った。
「お水ね?少し待っててくださる?飲んでもいいか聞いてきます」
顎を蹴り上げられているので口の中も切れている。
ペルセスは鉄の味に再度生きている事を実感した。
バタバタと足音がして、ディアセーラが公爵夫妻や医師、メイドと共に戻ってきた。
直ぐに診察になり、少しづつだがペルセスの口の中に液体が流れ込んだ。
「後は負傷部位の治癒と並行して顎の治療を行いましょう。喋る事は出来ますが今の状態で動かすのは良くないのであまり喋らないようにしてください。顎から頬、瞬きなどをする為の筋肉に負荷がかかってしまいますから」
ペルセスは顎が歪んでしまい噛み合わせが出来ない状態になってしまっていた。
ディアセーラの指がペルセスの指先に重なる。
「痛かったら指を少しだけでいいの。動かして?」
ディアセーラの声に指先だけを少し動かし、チョンと触れる。
にっこりと笑うディアセーラの顔が間近にあって、熱は引いたのに頬が熱くなる。
「お水、もう少し飲みます?」
指先が少しだけ触れる。
しかし、ペルセスは何を聞いても指を動かした。
「もう!何でもいいになると、ダメなものが判りませんわ」
「触れて…いたいから‥」
「え?‥‥」
ディアセーラの顔が途端に真っ赤になった。
「おいおい。一応親もここにいるんだから手加減をしてくれよ」
「お父様!何を言ってますの!」
「ペル君が寝てる間にディーが股間に何かしてた事もばらすぞ?」
――嘘だろ?!股間に何かって何をしたんだ?――
「何もしてません!熱を取っただけです!」
――ねっ熱?!もしかしてそっちの熱?あっちの熱?どっちぃぃ?!――
「ペルセス?何もしてませんわよ?ただ空間が出来たので調節はしましたけど」
――調節って出来んの?!0からMAXまで一直線しか経験ないんだけど!――
「もう!お世話はわたくしがするから出て行ってくださいませ!」
「そうよ。揶揄うものじゃないわ。熱は仕方ないもの。ね?ディー」
「いいの!お母様までお父様の真似しないでくださいませ」
動けないペルセスは居た堪れない。包帯で覆われていてよかったと神に感謝をした。
☆~☆
「はい。あ~ん。もぐもぐですわよ?」
「もう大丈夫だから。1人で食べられるよ」
「ダメです。ほら、ここもまだ瘡蓋の取れた痕が残ってますもの」
「それを言ってたら生涯介護になってしまうよ」
「いいの。ペルセスのお世話がしたいんだもの。あ、そうそうほうれん草。堆肥なしで水も少な目の所が一番甘かったの。今日のパン粥は少しだけ入れてみたのよ?」
お世話をしてくれるのはいいのだが、それなりに回復をしているのであまり顔を近づけすぎたり、体を清拭してもらう時はペルセスには少しだけ我慢の時間帯というものが出来てしまった。
それももう来週までである。
ディアセーラが医師に詰め寄るものだから医師も大事に、大事にとなってしまい寝台から出る事が許されなかった。その為ディアセーラが畑に出掛けている時に男性従者に付き添ってもらって不浄を済ませる。
そうしないとディアセーラがそちらの世話もすると言い出すのだ。
「大変ですね。ペルセスさんも」
「ありがたいんですけどね‥流石に不浄はちょっと抵抗が…」
「ですよね。動けない時はお嬢様を止めるのに大変でしたよ」
「あ~…申し訳ないです」
「お互い様ですよ。お嬢様が明るくなったのはペルセスさんのおかげですから」
しかし、ペルセスには謎があった。
公爵家にいるからかも知れないが王家の事が一切誰の口からも語られないのだ。誰かが助けにきてくれたのは覚えているのだが、それも記憶が途切れ途切れではっきりとしない。
ブロスカキ公爵が1人で来た時に聞いてみたが、どうに煮え切らない返事で誤魔化された気がするのである。
「ねぇディア」
「なぁに?」
「殿下とか‥‥どうなったのかな?」
「殿下?執務室で公務してるわよ?」
「そっか」
「面倒なのよね。経験者求むっていうのかしら?アルバイトでいいから来てくれないかって」
「行くつもりなのか?それはちょっとやめて欲しいって言うか…あ、でもディアの意思を尊重するよ?でも心境としては複雑と言うかなんというか‥」
「そうよね。従兄妹だからって絶対こき使うつもりよ?」
「え?従兄妹?ディアは殿下と従兄妹だったって事?」
「だったって…ずっと前からよ?だってお母様のお兄様の子供だもの。皇太子殿下」
「ん?ちょっと待って。何故そこで皇太子殿下?皇太子殿下は帝国の王子様じゃないのか?」
「何当たり前の事…ハッ!まさか頭に後遺症?大変!すぐお医者様に診てもらわないと!」
☆~☆
ジェラティッド王国は存在している。ただその領土は小さくなりかつての王都だった部分の中にある王宮の敷地内だけである。まだペルセスの顎の治療が始まったばかりの頃、周辺国に領土は吸収されてしまい、つい先日領土として残る部分が確定をした。
世界で一番小さな国となったのである。
国王はオデッセアス、王兄はデモステネスだが元々の婚約者は他国の貴族令嬢という立場になる。国民の数は4人。その4人はデモステネス、オデッセアスとその婚約者である。
こちらも世界一国民の数が少ない国となった。
前国王と王妃は身分と財産を剥奪され、今は農夫として隣国で田畑を耕している。
王女はそれぞれ他国の貴族に引き取られ、倹しく生活をしているし、側妃は実家に戻りこちらも実家が隣国に所属をするのでジェラティッド王国とは無縁の人となった。2人は修道院に行く予定だという。
ベネディクトは帝国で裁かれ、足枷が付いたままで公共物の清掃作業を与えられた。
「お前は本当に要領が悪いな。もっと綺麗に磨け」
綺麗に磨けなければ囚人番の兵士に鞭で打たれる。要領よく作業を済ませれば口の上手いものに手柄を奪われてしまう。終わらなければ食事も与えられない。
夜眠る時はどんなに疲れていても一睡もできない。元王太子だなどという経歴を他の囚人に知られれば何をされるか判らないからである。
「出来ました。確認をお願いします」
必死で磨いても誰も褒めてはくれない。
囚人番の兵士に罵られる言葉はベネディクトが甘言に乗ってディアセーラに吐いた言葉と同じ。手柄を奪われるのもディアセーラの努力や功績をベネディクトが奪ってきたのと同じである。
全てに見放されたと思われるベネディクトに唯一差し入れをしてくれる者がいた。
数年それが誰なのか判らなかったが正体を知ってベネディクトは驚いた。
あの解雇した専従従者だったからである。
しかし何度目かの差し入れの時、パンを差し出しながら従者は言った。
「そのパン。本当は私からの差し入れではないんです」
「では…誰が?」
「貴方が鞭で打った男です。頼まれたんですよ。妻には内緒にしてくれと。小麦もですがパンに混ぜ込んでいる胡麻やドライフルーツなんかも夫婦で育てているそうです」
「そうだったのか…礼を言わねばならないな」
「ほら。また直ぐに信用する!これはね復讐なんです。飢えたくなければパンを食べろって事です。食べれば血や肉になる。それは遠回しな支配です。生きている限り罵られ続け、した事を忘れるなという復讐です。聞かされた時は優しいんだか、鬼畜なんだか判らなくなりました。人って見かけによらないです」
「そうだな。そうだとしても伝える事が出来るならありがとうと伝えて欲しい」
「貴方は本当に‥‥いや、いいです。また来ます」
従者が去った後、ベネディクトは手にしたパンを泣きながら千切って食べた。
届けられるパンは健康に配慮し色んな野菜などが混ぜ込まれている。
ベネディクトは従者の言葉を思い出し栄養の偏りなどで体が蝕まれていく仲間を隣で見る度「簡単には逝かせてくれない」のだと悟った。
☆彡☆彡☆彡
次回 11時10分公開です \(^▽^)/最終回だぁ!
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