手手転、手手天、手手転天。

防犯カメラの設置作業の息抜き中、何とも珍しい光景に出会った。

便所に設置された黒いスピーカーから雅楽が奏でられている。

振り向けば、道路を跨いで鳥居、その向こうの地獄の石段を老若男女が登る。

直線。立石寺の約五分の一程の段数でも気を抜けない。

脚と肺の苦痛が参拝者を襲っても、赤錆に塗れた手摺り付きの欠けた石段に一度踏み入れば、周囲の目と背後の開放感に圧倒される。

万が一に怯えながら頂上の平地に到達しても安心や達成感など湧き上がらない。

「二度と登らない」と白茶色の土に吐き出した直情は、顔を上げた瞬間乾燥する。

まだある。その先が隋神門。その先の道を歩んで漸く漆塗りの本殿へと辿り着くが、その時には既に真面な顔にはなっていない。帰る時の事を思えば尚更。

迂回する道は葛折の山道と東参道、駐車場に繋がる比較的楽な坂道があるが、後者らは表参道からは遠く、其方から訪れた者には忌避感を誘う。

死ぬ予定は無い。
今回は迂回して葛折の山道から本殿へ向かう。

緑灰茶の三色の世界に飛び込むと、鳩が岩に石を積んでいた。

豆を与えると翼を広げて、灰と茶の地面に散らばった豆に飛び込む。拍子に積んだ石を崩した。無数の軽い音に驚き、少し項垂れると散った石を再び積み始めた。

再度豆を放る。無限ループ。飽きた。
項垂れる鳩を横目にその場を去った。

七曲と言っても一桁と油断すれば損をする。そんな坂を越えて神社へと続く二つの鳥居と賑わいを目に安心を得る。

茶屋がある。
窓の張り紙に甘酒が下町の酒屋産の米麹で造られていると記述されている。

揚げ餅と甘酒を頼むと、馬が高い声で鳴いた。

薄紙に包まれた揚げ餅と紙コップに注がれた甘酒を乗せた黒い盆を受け取り、木製の長椅子に腰を落とす。

缶の甘酒は舌触りが水っぽく、糖分の主張が強くジュースに近いが本場の甘酒は如何に。

米の香りが鼻腔を通る。水っぽさは無く甘味は薄い。この様な味を世では上品と呼ぶのだろう。胃がぐわぁっと温まる感触が心地良い。

抱擁感のある熱と喉越しに美味いと何度も呟く。

次は揚げ餅。自宅の醤油とは明らかに違うこの抱擁感のある甘い香りは宛ら香水で永遠に嗅いでいたい。

しかし咀嚼する程、舌と胃が不快感を得た。食感と海苔の味は悪くないが、油濃さが辛い。

ともあれ神社で食べる事で味の評価も擁護される。情報を調味料にするのも案外楽しい。

突然鋭い雨粒に撃たれた。歯磨き粉臭にペトリコールと鉄が混じる。寒い。

早急に帰宅すれば早々に固定電話から「森の熊さん」が流れた。

寒い。ストーブの電源を入れる。

画面に発信者の名は無い。番号も無い。受話器を取らずにいると留守番電話に変わり、待機中の音楽が流れた。

寒い。
窓が割れた。今更ストーブが低い音を出した。全く、どうかしている。

寒い。焦るのは私の方だ。暑い。
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