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39 いつまでも一緒だ(R15)

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 恐らくこの国では一番巨大と思われる寝台が部屋の中心に置かれていた。天蓋付きで周囲は薄布で覆われている。寝台も天蓋も国の南側に広がる広大な森林の巨木から百年ほど前に製作されたものである。当時の国王がここで四人の愛妾とともに行為に及んだという逸話が残っている。
 そんな寝台を囲む薄布の中から、愛の囁きが漏れ聞こえる。

「エルンスト、欲しいんだ」

 その一言だけでするべきことはわかっている。
 うつ伏せになって突きだした尻の肉回りは以前に比べて太くたくましくなっていた。グスタフは元々無駄な脂肪の少ない体格だったが、即位後、運動や乗馬を日課に組み入れているおかげで筋肉が発達し、古代文明の遺物の彫刻のようだと言われている。一緒に運動をしても、事務仕事の多いエルンストは彼ほど筋肉は多くないが、やはり引き締まった身体をしていた。
 エルンストは潤滑剤をグスタフに塗った。即位後、多忙になったエルンストにブルーノがいい物がありますよと耳打ちして渡してくれたのだ。試しに使うと具合がよく、以来、エルンストはゴルトベルガー商会から定価で購入している。ブルーノはただでもいいと言うが、それでは収賄になるからと頑なに断っている。

「はあっ、たまらぬ」

 体温より少し冷たい潤滑剤を塗る行為だけでグスタフはいきそうになっていた。

「よろしいですか」
「早くしてくれ!」

 エルンストは真面目に行為を続ける。

「うっううっ……」

 グスタフは耐えた。が、エルンストの動きは容赦なかった。

「うおおっ!」

 けだもののような声を上げ、グスタフは果てた。腰から背筋へと快感が駆け上っていく。同時にエルンストもまた快感に震えていた。

「グスタフさまあ」

 様はいらぬのになぜとグスタフはいつも思う。そう思いながら、身を離したエルンストを抱き寄せる。身体の匂い、汗の匂い、すべてが好ましかった。
 口づけの後、グスタフはふと思い立ったことを口にしていた。

「なあ、1月2日を祝日にせぬか」
「は?」

 その時のエルンストの顔をグスタフは後々まで覚えている。見たこともないような間の抜けた顔をしていたのだ。

「鷹が何と言うか」
「鷹は罷免する」
「なぜその日を?」
「決まっている。俺とおまえの初めて結ばれた日だからだ」

 エルンストはあまりのことに絶句した。そんな理由で祝日にできるわけがない。

「それは俺だけの理由だ。国民には別の説明をする。愛する人と新年を迎えた歓びを祝うとか。1日の夜は来客が多くて家族とはゆっくりできないが、2日は妻や恋人と祝うとすればいいんじゃないか」

 まったくこの人は、なんという人だろうか。エルンストは笑いたかった。同時に泣きたくもなった。王の家族として公に認められた王妃と王子。そこにエルンストは加われない。家臣だからだ。それはわかっている。けれど、時に虚しさも覚えることがある。これほど愛されていても、王妃と王子とともに公務に臨む姿を傍で見ていると寂しさのような感情が生まれることもある。頭でわかっているのに。
 そんなエルンストの鬱屈を晴らすかのような提案だった。

「そんなおそれおおい」
「おまえの実績を皆認めている。白百合もおまえを叙爵するようにと言っている」
「え?」
「とりあえず今年は准男爵だ。数年後には男爵だ」

 エルンストとグスタフの関係は宮殿内では公然の秘密だった。エルンストが秘書官として優秀で、王妃がまったく彼を咎めぬため、宮殿の人々は外部に対して口をつぐんでいた。男妾と呼んだ家臣もいたが、それは別件で罰せられて牢獄の中にいる。
 エルンストにとって望外のことだが、それにしてもなぜ今になってと思った時、あることを思い出した。

「その話、もしやヒルダの兄の昇進と関わりがあるのではありませんか」

 王妃のお気に入りの侍女ヒルダの兄が近々内務省の課長に昇進すると聞いていた。彼の昇進を交換条件に叙爵を承諾させたのではないか。

「それとは関係ない。ヒルダの兄の昇進は遅過ぎるくらいだ」

 確かにヒルダの兄は優秀である。昨年の人口調査では現場で陣頭指揮をとって、迅速に正確な結果を報告している。だが、妹が王妃のお気に入りということで決まった昇進ではないかという噂があった。

「白百合はお気に入りの身内でも愚かな者の昇進など許さぬ。俺は怒られたのだ。おまえがいつまでも爵位を持っていないから、公的な場で話すことができぬと」
「おそれおおいことにございます」

 王妃には一生頭が上がらぬなとエルンストは思う。と同時に、彼女が男でなくてよかったとも。男なら継承権をめぐって必ずやグスタフと争うことになっていたはずである。

「よし、それじゃ今度の会議で決定だ」

 グスタフは仰向けになって楽しそうに語る。子どもの頃、草地にともに寝ころんでいた時のように。

「ありがとうございます」

 素直にそう言うと、グスタフは笑った。

「おまえに報いるのはこれでも足りないくらいだ」
「いえ、これで十分です」

 グスタフと生きてともにいること。それ以上の幸せはない。
 グスタフもまたそれは同じだった。

「いつまでも一緒だ」

 そう言ったグスタフは返事がないのに気付き隣を見た。恋人は穏やかな寝息をたてていた。年末年始の行事で慌ただしかった彼の眠りを妨げまいとそっと毛布を掛けると、同じ毛布にくるまった。
 二人にとって二か月ぶりの逢瀬だった。
 次はいつになるだろうか。そう思ううちにグスタフもやがて眠りについた。




 国王グスタフ2世の治世はおおむね平穏であった。隣国ラグランドとの国境紛争が起きたものの、わずか1カ月で終結している。
 王の最初の仕事は初等教育を義務化したことだった。教員養成にも力を入れた。また初等教育後の職業教育を充実させた。特に農業に関しては他国から専門家を呼び、土地改良を進め、農業技術者を養成した。その結果、農業生産が増大し、農村の人口が増加した。
 貴族たちは最初は反発したが、農業生産の増大により領地からの収入が増えるとやがて貴族自身も生産増大の努力を始めるようになった。
 増加した農村人口を受け入れたのは軍隊と都市である。
 貴族・騎士階級がほとんどだった軍隊は農村の余剰人口を受け入れることによって規模を拡大した。ラグランドとの国境をめぐる争いにおいて活躍したのは招集された農民出身の兵たちだった。彼らは勲章を与えられ軍隊内で出世していった。退役した者達は帰郷し、軍隊生活で得た知識を郷里に伝えた。
 都市の商業・工業でも農村出身者が活躍した。彼らの目指したのはゴルトベルガーのような豪商だった。日夜働き、金をため、いつかはと願う彼らの生活は厳しかった。労働者の過酷な生活を調べた学者の論文が国王を動かし、労働法が制定され労働時間の制限と最低賃金が定められた。ゴルトベルガー家が制定に反対したと言われているが、真偽は定かではない。
 なお、ゴルトベルガー家はブルーノの死後に後を継いだ息子の代に、収賄事件を起こし財産の半分を没収され、それをきっかけに没落した。
 後世の歴史学者の多くがグスタフ2世は百年後に強国と言われる基礎を作ったと評価している。
 私生活においてはシュターデン公爵の妹アレクサンドラを王妃とし、翌年にベルンハルト王子が生まれている。不思議なことに仲睦まじいと言われていた夫妻には王子一人しか生まれていない。また王には愛妾が一人もいなかった。
 一説には王妃は同性愛者であったとも、王がそうであったとも、あるいは二人ともそれぞれに同性の恋人がいたとも、言われている。だが確たる証拠はない。後世の伝記作者たちが大いに想像力を働かせる余地があったと言えよう。
 父に似た赤毛の王子は後に二十五人の子どもを妃と愛妾五人に産ませた。



 グスタフ2世が没したのは78歳の時である。数日前から患っていた風邪をこじらせたものだった。
 発病する三日前に長年勤めた秘書官の男爵エルンスト・フィンケの病気の見舞いに行っている。当日は寒く風も強かったが、側近の制止をきかず屋敷を訪ねている。男爵は妻子がなく、彼の看病は姉の孫一家が行なっていた。
 珍しく体調のよかったエルンストと話を終えた王は満足気に宮殿に戻ったという。
 三日後、アレクサンドラ王妃やベルンハルト王子夫妻、孫とその配偶者、曾孫ら五十人と一緒に昼食をとった後、発熱し肺炎の診断を受けた。そのまま回復することなく亡くなった。
 王が没した同日同時刻、エルンスト・フィンケも78年の生涯を屋敷で終えた。
 国王の遺言により、エルンストは大聖堂にある国王の墓所の脇に葬られた。王族ではないと反対する者もいたが、アレクサンドラ妃の強い希望により遺言は執行された。



 そうそう、書き忘れるところであった。
 グスタフ2世は治世7年目に1月2日を祝日とすることを定めた。
 それは王の誕生日でもなく、王妃の誕生日でもなかった。結婚記念日でもないし、王子の誕生日でもない。
 「国民が愛する人と新年を迎えたことをともに祝う日である」とだけ、王は生前述べている。
 以来、ローテンエルデでは愛する者同士が一年最初の愛の交歓をする日となっている。
 一体何故1月2日なのか、現代まで多くの歴史学者を悩ませ続けている。


     完







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