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第21章 神の試練と預言者

第939話 山登りでは天候に気をつけて

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 山登りと言っても急峻な崖を登るとか、そういう地形的な障害は比較的小さいようだ。
 もちろんオレの場合は『蜘蛛登り』スパイダー・クライムの魔法があるので、通常の障害は問題にならない。
 しかし待ち受ける『試練』がそんなもので済むのなら、イル=フェロ信徒がこの山で大勢命を落とすような事はあるまい。
 これから何事もなく、平穏に山登りが終わって目的が果たせるなんて甘い展開があるはずもなく、オレには必ずやとんでもない障害が待ち構えているに決まっているのだ。
 我ながらすっかり困難な状況が習い性になってしまったものだ。

「ところでこれから先にどんな困難が待っているのか。サロールさんはご存じですか?」
「幾つか聞いた事はある。その中でも特に恐ろしいのは……」

 ここでどういうわけかサロールは言葉に詰まる。

「どうしました?」

 口にするのも恐ろしい相手がこの地域には存在すると伝えられているらしいな。

「どうやらお前たちに教える必要はないようだ」

 え? まさか?!
 サロールの視線の先を見ると、急に天候が悪化した様子で厚く雲がため込めているが、その雲がまるでこちらを目標にしているかのように、急速に迫ってくる。
 しかもその雲はオレの『霊視』ソウル・サイトで見てもボンヤリと光っていた。
 もしや?!

「あれは……『嵐の幽霊』ストーム・ハウントだ……」
「そういうことですか!」

 恐らくオレ達にずっと付きまとっていた霊体が遥かに強大になった存在らしい。
 あっという間に猛烈な風の音が周囲を覆う。
 いや。それだけではない。稲妻が空気を裂く音が鳴り響き出す。
 しかもただの嵐ではない。まるでそれらの全てがオレ達を標的としているかのように、あたり一面を覆ったのだ。

「ひぃぃ!」

 サロールは普段とは一変した様子で、岩の影に隠れて頭を抱える。
 本当にこの男は『武器ではどうしようもない相手』に対しては、怖れを隠さないな。
 まあ元の世界でも、死をも恐れぬ勇敢な戦士が苦手なものには恐怖をあらわにする展開は珍しくなかったが、サロールは本当に極端だ。

「ふうむ。これはどうやら『聖地に近づくほど、試練のために死んだ者達の亡霊が力を増す』ということだろう」

 この状況でもテセルは落ち着いて分析しているな。
 そんな事を言っていると、まるでテセルを狙ったかのように稲妻が飛んでくる。いや。間違いなく狙ったのだろう。
 そしてその稲妻は狙い過たずテセルの胸元を直撃――する寸前で、空中に浮かび上がった『八角形』の文様によって食い止められる。

「危ないな。当たったらどうするんだよ」

 命が危なかった筈なのにテセルは落ち着き払っている。
 神造者としてテセルの地位を示す『八角形の装身具』オクタゴンが輝き、稲妻を食い止めたのだ。
 もちろん一般的な神造者では、こんなことを瞬時に行う事は出来ない。たぶん気がついた時には心臓を打ち抜かれていただろう。
 これだけあっさりと防御出来たのは、テセルが並外れた能力を有している事の証明なのだ。
 もっとも神造者の魔法は生身の人間を含め、物理的な攻撃には全く効果が無いので、そういう相手に出くわしたらひとたまりもない。
 このあたりは本当にサロールと対照的だな。

 そんなことを考えていると、今度はオレに向けて魔力が集中しているのが『魔法眼』ウィザード・アイに感知され、雲の中で稲妻のエネルギーが形成されつつあるのが見えた。
 そこでオレは|『魔力消散』でその魔力を消し去るが、それでも次から次へと魔力はわき上がってくるようだ。
 この嵐は明らかに意志を持っていて、近づいてきた相手を攻撃するに違いない。
 確かにサロールではどうしようもないというか、これをくぐり抜けて山頂まで行ける奴がどれほどいるのか。
 イル=フェロ信徒の中でも相当な実力者であるサロールですらここまでたどり着くだけで命がけだったのに、本当に生きてこの先に進める奴がいるのか疑問だ。
 それで目的地を目の前にして無念のうちに命を落としたものの魂を吸収し、更にこの『嵐の幽霊』は力をつけるというわけか。
 これが本当に神の試練なのか。いくら何でも無茶ぶりが過ぎるだろう。
 そんな事を考えていると風が更に力を増し、すさまじい突風が叩きつけられるようになる。
 どうやらこの亡霊も稲妻ではオレやテセルに対して効果が無いのに気づいたので、風で攻撃する事に切り替えたらしい。

「テセル! どうしますか!」

 既に嵐は轟音に近くなり、普通に会話する事すら困難になりつつある。

「残念だがコイツは無数の亡霊の集合体だ。幾ら僕でもそんな奴らを相手にするにはしばらく研究が必要になるよ」

 そう言ってテセルはサロールが伏せている岩陰の横に身を伏せる。
 テセルは『神造者の公式神話』に組み込む事で、荒ぶる霊体を強制的に鎮める事が出来るが、相手が多数の意識の集合体となると手に負えないらしい。
 例えるなら『一頭の象と一万匹のネズミのどちらが扱いやすいか、と言えば圧倒的に前者』という話なのだろう。

「とりあえずここで隠れておこう。どうせ理性も失った嵐の亡霊なのだから、どうにかやり過ごせばいいだろう」

 確かにイル=フェロの信徒達もここで『嵐の亡霊』が諦めるまで隠れ続けるのが正解なのかもしれない。
 しかしこんなところに潜んでいたとして、相手が諦めずずっと付きまとっていたらこちらが不利になる一方だ。
 こうなればやむを得ない。オレは覚悟を固めつつ、嵐の中に自ら飛び込むことにした。
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