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お伽噺の最後には

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結果から言えば、僕はめちゃくちゃぶん殴られた。

平手打ちとかではない、普通に拳だったし、痛いかどうかあまり覚えてない。だってほら、一撃目で気を失ったから。


ロクサーナはひとりで例の杭とロープを使って僕のところまで降りてきて、目一杯の魔力で僕を落ちないようにしながら、宙吊りでいなくちゃならなかった。途中で例の騎士二人が来なければ、多分二人とも無事では済まなかったし、とてもじゃないけど助からなかったろう。

それで、引き上げられたあと
「僕はあのまま死んでも、全く構わなかったんだけど」
と言ったら、冒頭の鉄拳制裁を喰らったってわけだ。いや、ロクサーナと抱き合ってものすごく密着してたし、本望だなと思っただけなんだけど、それを言う暇は与えられなかった。



次に目を覚ましたのは、小さな山小屋のベッドの上だった。
「これ、君の寝床かな…いい匂いがする」
と声をかけたら、心底冷たい視線で
「気持ち悪い言い方をなさらないでくださいませ」
と咎められた。

それから、アリスの魔法の話や、ここまで来た経緯をかいつまんで話すと、ロクサーナは首をかしげた。
「わかりませんが、ひとつ」
そういってそれはそれは美しい笑みを(しかしとても悪そうな笑みを)浮かべて、座っていた椅子から立ち上がった。そうして、

「結局、わたくしの愛の勝利と言う訳ですわね!ざまぁごらんあそばせ!アリス・ウィリアムズ!」

そう言うと、ものすごい高笑いを始めた。笑いすぎてのけ反り、バランスを崩したので、途中で支えなきゃいけなかったほどに。耳もとで大音量の高笑い。殴られて失神していた頭に響くこと請け合いだ。


「…うん、ロクサーナと僕の愛の、勝利だ」

これだけ大音量なら聞こえないかもしれないけれど、と思いながら僕が頷くと、突然ロクサーナの高笑いが止んだ。

「止めてくださりませ、なんだか調子が狂うのですわ」

ぐいぐいと頬や耳もと辺りを押して、僕を遠ざけようとする。そうはいかないよ、何せ君は…


「ロクサーナ、君が言ったんだよ?君はもう、『名実ともに僕の妻』だ。愛しているよ?ロクサーナ」

彼女がそれになんと答えたのか、僕は覚えていない。何せもう一度昏倒させられていたからね。









ロクサーナは、やはり数日後には伯爵領の港から、大陸へ渡るつもりだったようだ。例のロベルトの元婚約者へ手紙を送り、返事を待って出立するつもりだったらしい。ロベルトのやつ、とんでもないものを大陸へ送りこみやがって。

「大陸にわたっても、追いかけるつもりだったんだけど、その前に花を見ておきたかった」

と言ったら、
「花を見るというより、あの場で自害して果てるおつもりかと思いました」
とロクサーナはため息をついた。心配してくれるんだね、本当にロクサーナは優しい。

「ロープは斜交いに肩へかけるものです。ベルトへちょっと結ぶだなんて、死ぬつもりとしか思えません」
…バカにされただけだった。まあ、泣いてくれてたし、危険を冒しても助けに来てくれたしね。僕を愛してくれているっていう、動かぬ証拠だね。
「ロクサーナ、ところで、ロベルトが君の研究所をどうするか訊いてきていたけど」


あの日、山岳地からもどって以来、半年ばかりぼくらは山岳地とタウンハウスに離ればなれで暮らしてきた。正直、僕としては限界だし、少しの間でもいいからうちへ帰ってきて欲しいのだけれど。

「……そうですわね、惜しいけれど、しばらくはロベルト様にお願いせねばなりませんわね」
ロクサーナは椅子から立ちあがり、僕のほうへあるいてきた。え?なんか、変な間があったけど、僕なにかまた、しでかしたかな?

なんだろ、ロベルトと一緒に酒場にでかけてかわいいウェイトレスに一杯驕ってあげたことかな?それともうちのメイドにスカートをもう少し短くしてくれたら、お給料に上乗せすると冗談をとばしたことだろうか?

でも、ウェイトレスはロベルトの側にべったりだったし、メイドは持ってた花瓶の汚い水を、僕に頭からぶっかけたうえ辞めちゃったし。

なにもないと言えば、なにもないとおもうけど。


キョロキョロと周りに逃げ場を探す僕に、ロクサーナはさらに完璧な笑顔をうかべて近づいてくる。



壁に背中がつき、殴られることを予見して両手を上げた。勢いよくロクサーナが僕の両脇へ手をつく。
それはドン!と、音がするほど。こういうのはアリスの十八番かと思っていたけれど。

ハイヒールを履いてなければすこしだけ低いロクサーナのけぶるようなアメジストの瞳が、怯えきった顔をしているであろう僕の顔を、見上げた。
にい、と真っ赤な口角が引き上げられる。

「フレドリク・アリアス侯爵?」

え、なんでフルネーム?と思いながらも、はい、と答えた。

「あなた、お気づきかしら?」

こんどはあなた、か。僕をどうしたいんだろ?ロクサーナはいい匂いがするし、さらさらの髪が僕の腕を擽っていて、全く考えが纏まらない。いいえ、とだけ答えた。

「ロベルト様はもうお気づきよ?わたくしまだ何も話してはおりませんのに」

次はロベルトか、僕に狂えと言ってるの?とにかく、わかりません、と答えた。

ハア、と髪をかきあげたから、ロクサーナの真っ白いうなじがみえた。どきどきしすぎて貧血になりそうだ。


「フレドリク様、アリアス侯爵家はじき、三人になりますのよ?もう少ししっかりしてくださりませ」


晴天の霹靂。いや、うれしいよ、うれしいんだけど、さ。


「もうすぐに六月むつきになるそうです」

って、やっぱり!あのときしかないもんね!僕の覚えはね!つまり、あのとき僕は、身重の妻を宙吊りにしてたわけ!?いや、どんな悪役侯爵なんだよ!

「……喜んでは、くれませんの?」

不安そうな声に、我にかえった。あわてて抱きしめてやると、また顔を押し退けられた。アイアンクローで。

「う、嬉しいけど、あば、危ないめにあわ、せたなとおもったから」


顔を捕まれたまま言うと、ふ、と息を吐く音が聞こえた。


「よかった」



どんな顔をしてたんだろう?顔をつかまれていてはわからなかったけど、ロクサーナはまだ、僕の心を信じきれてはいないみたいだ。



多分、僕がロクサーナに信じてもらえるにはこれからまだ、長い長い時間がかかる。
それは、彼女を傷つけたり寂しがらせた罰なんだけど、それでも、ロクサーナはいま、僕の側に居てくれる。

愛しい悪役令嬢殿。

一生、言い続けるから聞いていて。


「愛してるよ、ロクサーナ」


たとえ答えが照れ隠しの鉄拳で、昏倒させられて返事が聞けないとしても。ね。









                                    happily ever after  ?

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