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第15話 勇者、過去と対峙する

〜2〜

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 翌日、ニーアに見送られて事務所を出た俺とクラウィスは、隣街のオルドグに立ち寄った。

 クラウィスがメイド服以外は粗末な服しか持っていないから、外出着を買うためだ。雇い主として、メイド服のまま帰省させるわけにはいかない。

 街全体が商店街になっているオルドグには、仕立て済みの服を売っている店も沢山ある。
 クラウィスがどんな系統の店を選ぶか眺めていたら、予想通りパステルカラーの生地と大量のレースが溢れている店に導かれるように入っていった。
 俺は外で待っていると言ったのに、クラウィスに引き摺られて店の中に引っ張り込まれ、心なしか酸素が薄い気がして隅のベンチに座って息を潜めていた。
 甘い匂いが漂う店内をしばらく彷徨っていたクラウィスは、ピンク色のワンピースと青色のワンピースを抱えて俺の前に戻って来る。

『どっちがいいと思う?』

「迷ってるなら、両方買うか?」

『……どちらがクラウィスに似合うと思いますか?!』

 クラウィスは少し声を大きくして俺の前に2着を突き付けて来た。
 よくわからないけどピンクの方が動きやすそうだと思う、と俺が答えると、難しい顔をして少し考えて、また迷路のような店内に服を探しに駆けて行く。
 どうやら似合う服が欲しい云々ではなく、女子のショッピングがしたいらしい。答えが無い質問が延々に続いて途中で気絶しそうになるあれだ。
 しかし、服を買ってやると言い出したのは俺だから覚悟を決めて、クラウィスに付き合う事にした。

「クラウィスは、女の子の服が好きなのか?」

 全部可愛くて選べない、と泣きそうになっているクラウィスを落ち着かせるために、俺はクラウィスが抱えた大量のドレスを1着ずつ受け取って壁に掛けた。全部可愛い。だから、俺には全部同じに見える。

『だって、可愛いし!クラウィスにすごく似合ってるし!』

 それはそうだ、と俺は頷いた。
 この店にある服は大きな目をして華奢な体のクラウィスに良く似合っている。クラウィスは自分の長所をよく理解していて、それも長所だと思う。
 もし、俺がクラウィスの姿になったら、可愛さを持て余して勿体無いから多分同じ格好をすると思う。

『もし大人になれたら、ちゃんと男の子の服を着るよ』

 クラウィスがそう言って、壁一面を覆い隠す服ではまだ満足できないのか、また新しい服を選びに店の中に駆けて行った。 
 もし大人になれたら。
 変な言い方だと思ったが、クラウィスは退魔の子だ。この世界では魔法が効かない子は、普通は大人になれない。
 今は誰が見ても女の子のクラウィスは、あと数年で男らしい体付きに変わるはずだ。退魔の子にとって、あと数年はきっと永遠のように思えるだろう。

 結局、クラウィスが選んだのは俺のアドバイスが何にも反映されていない服だった。
 店で繰り広げられたのは一体何の問答だったのか俺には何もわからない。しかし、クラウィスが満足したのなら有意義な時間だった。
 早朝にホーリアを出て来たのに、オルドグまで馬車に来て服を選んでいたらもう昼を過ぎている。
 せっかくオルドグまで来たのだから珍しい物でも食べたいし、そうなると山の中で夜を迎えないようにここで一晩泊まって行かなくては。 
 2人分の宿代を考えて、俺は店員の押しの強さに負けてクラウィスの服を5着買った事を早速後悔した。お金が無くなりましたなんて言えるはずもないし、ここで勇者として優秀な所を見せてやらなくては。

「飛んで行くか。それなら翌朝には着く」

『……クラウィスが乗っていても、飛べる?』

 退魔の子に魔法は効かないから、クラウィスを抱えて魔法で瞬間移動はできない。
 しかし、馬車とそれが存在する空間ごと浮かせて飛んで行けば何とか行ける。通常の魔法よりも複雑だし頭も体力も使うが、一晩魔法を使い続けるくらい勇者の俺には造作ないことだ。
 移動魔法を使って一瞬で到着するのがいつものやり方だったから、宿代を忘れていたなんて凡ミスを白状する恥に比べたら楽勝だ。

『クラウィス、空を飛ぶのは初めて!』

 新品のピンクのワンピースを着たクラウィスが俺の腕に抱き着いてきた。可愛い子に喜ばれて、勿論悪い気はしない。


 +++++


 プリスタスは海沿いの漁が盛んな街で、激しい潮風で寒さの厳しい地域だ。冬になると、外に出て1分もしないうちに顔が凍り付くくらい寒くなる。
 孤児院が併設された海を見下ろす丘の上の教会は、吹き付ける潮風に外壁が痛んで隙間風が通る音が聞こえて来る。
 この世界は大昔に世界を支えていたといわれる17本の柱を信仰していて、国の区別なく地域によってどれか1柱を信仰している。
 プリスタスのこの教会も、7柱目だか8柱目だが、覚えていないがその辺りが御神体か何かになって祀っていたような気がする。

『ただいま帰りました!』

 クラウィスが礼拝堂に入って呼び掛けると、掃除をしていた子供たちが箒や雑巾を投げ捨てて集まって来た。「お姉ちゃんが帰って来た」とか「クラウィス兄ちゃんと一緒に遊べる」とか言って喜んでいるから、クラウィスは俺と違ってちゃんと実家に顔を出して連絡を取っていたらしい。
 子供たちがステンドグラスを叩き割ったり聖書で積み木遊びを始めたりしないように見張りをしていたシスターも、クラウィスに気付いて掃除の手を止めて駆け寄って来た。

「クラウィス、よく帰って来たね。遠かっただろう?」

『イヴァンの休日は忙しいでしょう?手伝いに来ました』

「ああ、なんて良い子なんだ……っ」

 シスターが瞳に涙を浮かべながらクラウィスの手を優しく握る。
 丸々とした体格の優しそうな顔をしたシスターは俺も少し見覚えがある。久し振りに帰って来たことだし少し付き合ってやるかと俺も手を伸ばしたが、シスターは俺の手をぱしんと叩いた。

「あんたの事なんて知らないよ!お祈りも手伝いも何にもしなかっただろう!首都に行ったらしいけど、物乞いでもしてるのかい」

 その反応は、当然予想していた。
 事実、俺はこの教会に世話になっている間、祈りの文句1つ覚えなかったし、掃除も洗濯も奉仕も何にもしなかった。追い出されなかったのが不思議なくらいだ。リトルスクールを卒業した後、置手紙1つ残さずに首都に旅立ったから、家出と間違えられても仕方ない。
 しかし、俺は遊んでいたのではなく、勇者養成校の試験勉強をしていた。「言ってなかったか?」ととぼけながら俺はさり気無くマントを捲って、騒ぎにならないようにマントの影からライセンス証を見せた。
 シスターは疑わしそうにそれを見たが、すぐに本物だと気付いて頬に埋まった小さな目が見開かれた。

「ああ……!勇者様……!」

 途端にシスターの態度が変わって、涙を浮かべながら俺の両手を握り締める。シスターの涙はスイッチか何かで出し入れ自由らしい。
 しかし、あまり勇者だと大きな声で言われると周りの子供たちに剣を玩具にされたりマントを引っ張られたりライセンス証を奪われたりする。
 観光地ホーリアのガキよりか躾が行き届いていると思うが、俺はまぁまぁとシスターを宥めた。俺の出世をそんなに感動してくれなくても大丈夫だ。

「あんたは、絶対に立派になっていると思っていたよ。そうさ、あの雪の日、籐カゴに入れられて赤いマントに包まれて、教会の前に置かれたあんたを見つけた時から。この子はきっと立派になると……」

 シスターは涙を流しながらいつもの話を語り出した。思っていた通りの反応を貰えたし、クラウィスも送り届けた。面倒な事になる前に帰ろうとしたが、シスターは俺のマントを掴んで来る。

「で、これは?」

 シスターが修道服に隠して右手の親指と人差し指で丸を作った。
 全世界共通のボディランゲージ。このシスターは、本性を出すのが早過ぎる。

「最近、あそこの雨漏りが気になってねぇ……」

 シスターが指差す教会の天井を俺も一緒になって見上げた。
  孤児院はどこも資金不足だ。それなのにここは3食まともな食事が出るし、学校は出させてくれるし、良心的な施設である。
 雨漏りは魔術で修理すれば一瞬だが、シスターが言いたいのはそう言う事ではない。育てた恩を形で返せということだ。

 それもまぁ機会があればな、とはぐらかして俺は礼拝堂を出ようとした。
 しかし、今度は礼拝堂の入り口に腰掛けていた見知らぬ女性が俺の前に立ち塞がって来る。どいつもこいつも俺に屋根の修理をさせるつもりかと身構えたが、彼女は涙で頬を濡らして唇を震わせて俺を見つめていた。

「デュラン……あぁ、デュランなのね!」

 女性の叫び声に、天井の雨漏り箇所を次々に発見していたシスターが何事かと礼拝堂を出て来た。俺の顔をじっと見つめている女性は、潮風で傷んだ髪をしていたがベールに隠れた顔は質素な服装の割に若く見えた。

「雪の日に、カゴに入れてここに残した私の子!やっと見つけた……私の愛しい子……!」

『それ、は……』

 クラウィスがあっけに取られているシスターに代わって何か言いかけたが、俺は目線でそれを止めた。ベールを落とした女性は、涙に声を詰まらせながら俺の首をきつく抱き締めて来る。
 やはり、面倒な事になるから帰省なんてするものではない。
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