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第20話 勇者、束の間の休暇を過ごす

〜5〜

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 ニーアの実家である靴屋に行くと、ニーアのすぐ下の弟のルークが店先で桶を洗っていた。俺達が来たのに気付いて、作業を止めて立ち上がる。

「ん……?ああ、勇者様か。何してんだ?最近街で見かけないから、クビになっちゃったんじゃないかって皆噂してる」

「クビにはなってないけど、仕事を探しているんだ。俺とミミ-が出来そうな仕事はないか?」

「ルーくん、何かないかなぁ……」

「えー……どーかなぁ……」

 ミミ-が俺の後ろから顔を出して甘えた声を出した。ミミ-はルークとも顔見知りらしい。しかし、当然ミミ-の悪評も知れ渡っていて、ルークはミミ-からすっと視線を外して返事をはぐらかした。
 ちなみに、ニーアが養成校に入学して家を出た時、ルークは一晩呑み屋で俺に泣きついていたが、ニーアが度々帰って来て大して落ち込む必要は無かったと分かった今、お互いに無かったことになっている。 

「そこを何とか頼む」

「そんなこと言われても、勇者にわざわざやってもらうような仕事は無い」

「いいよいいよ、俺が出来る事ならなんでもするから」

「また随分謙虚になったなぁ……」

 ルークは桶を片付けて、渋々店の中に俺達を招き入れた。
 俺とミミ-とクラウィスと店内を見比べて、意外にも任せられそうな仕事は無いかと真剣に考えてくれている。ニーアがいない今はルークが兄弟で一番上で年下の世話をしているから、面倒見がいい奴だ。

「うーん……じゃあ、店番しててくれ」

 ルークは道具や革の切れ端が置かれているベンチを雑に片付けて、何とか3人が座れるくらいのスペースを確保した。

「俺は奥にいるから。適当に掃除でもしながら店見ててくれよ」

 俺とミミ-が声を揃えて返事をすると、ルークは店の奥の工房に引っ込んで行った。
 滅多に人が来ない店の店番だが、それくらい暇な方が俺の社会復帰のリハビリには丁度いい。
 ゆっくり拭き掃除でもしていようと雑巾を手に取ったが、ミミ-は「よぉし」と気合いを入れると、着ていたズボンとコートを脱いで、ゼロ番街での仕事の服装に変わった。
 一体何をするつもりだと尋ねると、振り返ったミミ-は商魂を燃え上がらせた瞳をしている。

「人はお酒と女がいるところに集まるんだよーちょっとお酒準備して、呼び込みして来るー!」

 ミミ-は、靴屋の向かいの酒屋に行って何やら賑やかに交渉を始めている。
 ゼロ番街の仕事は接客業だから、店番はミミ-の性格には合っているのかもしれない。

 しかし、俺はルークに時々靴の作り方を教えてもらっているから、この店の様子に慣れている。
 小さな店だが高級店だから街に住んでいる人間がふらっと買い物に来るような店ではない。基本的に一見お断りの予約制で、遠方の客とは郵送でやり取りしている。だから、店に客が来なくても充分儲けているらしい。

 知ってはいたが、俺はクラウィスと並んでミミ-が酒を選んでいるのを窓から眺めていることしかできなかった。

『……お兄様、止めなくていいんでスか?』

「止めた方がいいと思うか?」

 クラウィスに尋ねられて俺が聞き返すと、クラウィスは何とも言えない顔で首を傾げた。
 俺もミミ-が間違っているだろうと薄々気付いていた。
 しかし俺は、勇者の証が無い状態の俺を全然信じられないから、正直何も言えない。


+++++


 何やら店先が賑やかだと気付いたルークが顔を出し、酒盛りを始めようとしているのを見つかって、俺たちは酒瓶と一緒に店の外に追い出された。

 勿体無いからそのまま正面の酒屋にミミ-が仕入れた酒を返品しに行く。
 コルクが緩んでいるだの、振られて中身が駄目になったから売り物にならないだの、返金を拒否する店主にはクラウィスが交渉してくれている。

「うにゅう……おかしいなぁー……」

 ミミ-は首を傾げながら、抱えた瓶を店内の棚に戻していた。どうやら、本気で不思議がっている。
 俺が紹介した3つ目のホテルは、ゼロ番街の常連が来てトラブルになってクビになったというが、サービスを強要してくる客をミミ-が拒否して怒らせたのではなく、お金を貰ったミミ-がサービスを提供してしまい、ホテル側とトラブルになったのだろうなと想像できた。

「多分、その店のやり方ってものがあるんだろうな……」

 しかし、今のは止めなかった俺も同罪だ。
 おかしくはないだろうと思いつつ、ミミ-と一緒に酒を並べ直していた。

「あーあ……もういーよぅ、お兄ちゃん。ゼロ番街が駄目なら、諦めて首都に行って仕事探すよ」

「まぁ、人には向き不向きがあるから。もう少し探してみよう」

『ミミ-さん、ご家族はいらっしゃらないんでスか?』

 店主との交渉を終えたクラウィスが、ミミ-の足元の瓶を抱えて店内を見回して置き場所を探した。
 俺が返金を要求しても目も合わせなかった店主が、クラウィスを見た途端に頬が緩んででれでれし始めたからこれはいけると思っていた。しかし、予想以上に早く勝負が付いたらしい。店主はクラウィスの分だけお菓子を準備して、孫を迎える好々爺になっている。

『仕事を辞めたら、ご家族は頼れないんでスか?』

「うーん……何年も会ってないし、それにね、ミミ-が無理言ってここに残っちゃったから無理かなぁ」

『うーん……そういうものでスか……』

 クラウィスは頷いて、店の奥に酒瓶を戻しに行った。
 汚れた床にスカートに広がるのも気にせずに、しゃがんで棚の下の方に、1つ1つ瓶を丁寧に並べている。

「あの子、退魔の子だから孤児なんだっけ?」

 瓶を開けて店内にあったグラスに注いで飲み始めたミミ-が、クラウィスに聞こえない小さな声で尋ねて来た。
 ミミ-が飲んでいるのは、ルークに放り出された時にヒビが入って仕方なく買い取った物だ。代金は正面の靴屋にツケてある。
 クラウィスの頬にある退魔の子の証である鍵の刻印は絆創膏で隠されている。しかし、ニーアは以前から知っていたし、ミミ-もクラウィスが退魔の子だと知っているのかもしれない。
 退魔の子が孤児なのは当たり前だ。隠すことでもないかと俺は頷いた。

「ふーん、大変だねぇ……可哀想に」

 俺は思わずミミ-の顔を見たが、ミミ-は何か深く同情してそういったわけではなく、一般的な感想として酒を飲むついでにそう漏らしただけのようだ。

「ああ、そうだな」

 俺は返事をしつつミミ-から酒を取り上げて、店主に見つからないようにマントの下に隠す。そして、真面目に店を整理しているフリを続けた。

 酒を全て戻し終わってから店を出て、店主からお菓子を貰っているクラウィスを待ちながら、諦めかけているミミ-を説得して次の候補を考える。
 しかし、俺は高級店が多い3番街では滅多に買い物をしないから、頼み事をできるのはあと1店しか思いつかない。

「次は、リストの店に行ってみるか」

「えー……ミミ-、葬儀屋なんて務まるかなぁ……」

 多くの市民と同じようにミミ-も勘違いしているが、リストの店は葬儀屋に見える鍛冶屋だ。
 それを訂正してから、クラウィスとミミ-を連れてリストの店に向かった。

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