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第32話 勇者、候補者を支援する

~6~

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 この国の17人の大臣の選び方は、選出元によって異なっている。
 勇者選出の大臣は養成校の学長が当然に大臣を兼任していて、商人選出の大臣はその時に一番大きな組合の長がなるからころころ変わったりする。
 ただ、どこも選出元が全員が同意した上で選ばれたということは共通している。
 獣人は主となる団体や貴族もないから、獣人のみの選挙によって選ばれていた。選挙権があるのは獣人だけ。つまり、俺達が知っている奴を掻き集めても一票の足しにもならないわけだ。
 提案したオグオンはきっと何か方法を考えているだろうが、正直なところ勝ち目は皆無のような気がする。


 議事堂の廊下には、マントのフードを被った勇者が一人立っていた。俺と同じように候補者の警護のためにオグオンに呼ばれた勇者だろう。
 誰だかわからなかったから黙って隣に並んだが、そいつは一歩近付いて「先輩」と呼び掛けて来た。
 その声で、俺と同じくオグオンに便利に使われている哀れな勇者がポテコだと気付く。

「ポテコもオグオンに呼ばれたのか?」

「そ。ニーアに聞いたけど、先輩、オグオン教官と派手に揉めたんだってね」

「オグオンが強攻策過ぎるんだ。もしかして、近々議案でも上げるのか?」

「さぁ?知らない」

 17人の大臣に味方を増やしたいのは、何か議案を上げた時に多数決で勝つためだ。勇者選出のオグオンが議案を上げるとすると、内容は外交問題と決まっている。
 アムジュネマニスのスパイのポテコなら何か知っているかと尋ねたが、素っ気無い返事が返ってきた。
 しかし、返答がいつもより僅かに早かった。
 これは何か隠している。知っているけれど俺には教えられないということか。
 ここで更に追及してもどうせ教えてくれないし機嫌を損ねさせるだけ。俺は気付かなかった体で「そう言えば」と話題を変えた。

「ホテル・アルニカのオーナーに聞いたが、カルムのこと。別方向でも迷惑をかけたらしいな」

「ああ、あれ……別にアガットはどうでもいいんだけどさ、ボクは『剣士』の家と関わりたくないんだ」

 ポテコは眼鏡を抑えて小さく呻いた。
 モベドスの元理事のオーナーがキレた時に、ポテコは巻き込まれて顔に火傷を負った。高度な魔術で負った怪我は治癒魔術が効かない。
 時間を掛けて普通に治療をすれば治すことができるが、治癒魔術に頼り切りのこの世界では普通の医術が発達していないから、ポテコは治療を諦めて魔術で隠すことにしたのだろう。
 『剣士』とは、アムジュネマニスにある由緒正しい17血筋の内の1つだ。剣士の血筋は、魔術は優秀だが感情任せで自我が強いらしい。まるで星座占いのように性格と魔術の気配がそれぞれ決まっている。
 アムジュネマニスの国民は全員遡って行くと17血筋のどれかに属するが、血筋で呼ばれるのは本家の人間だけで、それ以外は自称することも禁じられている。つまり、オーナーたち一族は『剣士』の血筋の本家で、貴族に近い立場らしい。

「ポテコは、どこの家なんだ?」

「ボクは末端の末端。だから、どこの家でもないの」

 ポテコがそれだけ言うとむすっと黙った。俺の感覚ではわからなかったが、家柄とか血筋の話を尋ねるのは失礼だったのかもしれない。
 しかし、このまま黙って待っているのも暇だから、真面目に前を向いているフリをして話を続ける。

「それで、ティフォーネって知ってるか?」

「誰、それ?」

「カルムが、アガットが探してるらしい」

「そんなの、本人に聞けば?」

 俺は何度か聞こうとしたが、カルムはその名前を出した途端に何処からか強い酒のボトルを取り出して飲み始めてしまう。そして、会話が出来ないレベルで酔い潰れてクラウィスの部屋で眠りに付く。どうしたって俺には話したくないということだ。

「市役所の魔術師に聞きなよ。アガットと同じ『船乗』の人でしょ」

「ホーリア市役所に魔術師はいない」

「いるし。あの人、アガットと同じ血筋だよ。あんなに魔力をまき散らして、だから『船乗』は下品なんだよ」

 『船乗』の魔術師は下品なんて初耳だ。しかし、ポテコがこういうアムジュネマニスならではの話をしていると、確かにあの国の魔術師なのかと感心してしまう。
 しかし、確かにホーリア市役所に魔術師はいなかったはずだ。新しく入庁したとかいう話も聞かないし、ポテコは誰かと勘違いしているのか、と考えていると、背後のドアが開いた。
 オグオンと少し遅れてコルダが出て来る。
 白いドレスを着てどこかのお嬢様のように身なりを整えたコルダは、候補者の登録を終えて正式に大臣候補として認められたようだ。
 俺は護衛らしくオグオンとコルダの前に立って先に行こうとすると、廊下の角から取り巻きを連れたアルルカ大臣が飛び出して来た。
 コルダの護衛を引き受けたものの、いきなり鉢合わせするとは予想外だ。引き返そうとしたが、フードで顔を隠していても匂いで気付かれてアルルカ大臣は真っ先に俺に噛み付いて来た。

「貴様、ホーリアの勇者か!部下を大臣に仕立て上げて偉くなったつもりか!」

 本当に噛み付かれそうな勢いで怒鳴られたが、立場上言い返すことも出来ない。
 黙って耐えていると、オグオンが俺を下がらせてアルルカ大臣と対峙した。

「ホーリアは無関係です。私が勝手に交渉して、コルダに彼の部下を辞めてもらいました」

「ほぉ、上司の甘言に仲間が奪われたわけか。情けない」

 アルルカ大臣の矛先が俺からオグオンに変わる。俺はオグオンに庇われてしまったが、余計な事を言ったり手を出したりしたら更に立場が悪くなるからオグオンの影に隠れていた。コルダも俺がいるのに気付いていながら俯いて押し黙っている。

「それで、オグオン大臣。あなたはどう責任を取るおつもりか?」

「責任、とは?」

 オグオンは、アルルカ大臣の獣の目に睨まれても真正面から受け止めていた。
 アルルカ大臣の方が背丈は低いものの、重ねた年齢の分無駄に迫力がある。俺だったら絶対足が竦んでまともに話せなくなるところだが、オグオンは一歩も引いていなかった。

「まさか、歴代の大臣と同じように事務室長で隠居生活を送れるなんて考えていないだろうな。少なくとも国内の獣人を不安に陥れたのだから早々に国外に出て行ってもらいたい」

 獣人の候補者を出しただけで現役の大臣勇者に国外に出て行けとは、どう考えても越権行為だ。
 ポテコも俺の後ろで「何言ってんの?」とアルルカ大臣に文句を言っていたが、アルルカ大臣には確実に聞こえない声量だった。

「まぁ、五体満足でこの国から出て行けるとは思わないことだ」

 アルルカ大臣はそう言うと、取り巻きを連れて去って行った。
 ヤクザのような脅し文句だ。これをヤクザが言うのならまだ怖くはないが、獣人の大臣というそれなりに立場のある人が素面で言っているだから恐怖を感じる。

「いい加減、耄碌してるんじゃないの」

「まぁ、相当な御歳だからな」

「さっさと大臣なんか辞めさせなよ」

 アルルカ大臣がいなくなった途端にポテコが普通の声量に戻っていた。
 オグオンはアルルカ大臣の悪口は言わなかったものの、流石に気疲れで頭が痛くなったのか眉間を抑える。

「コルダ、大丈夫だ。気にしなくていい」

 オグオンがそう慰めると、コルダはドレスの裾を握り締めて俯いたまま頷いた。
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