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第36話 勇者、民意を問う

〜4〜

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 どこにいても面倒な仕事を押し付けられるのは、俺の人柄なのか運命なのか。
 オーナーに依代を渡されただけで結局一人でネイピアスに行く事になって若干納得がいかないものの、やる事も無くて暇だったところだ。移動魔術もそこそこに、森の中の道を散歩のつもりで歩いて行く。
 トルプヴァールの国境に近付いて、入国門に2人並んでいる管理官に声を掛けた。

「すまないが、こいつに見覚えはないか?」

 カルムの姿を映した魔術盤を取り出して管理官に見せようとした。
 が、入国門の付近は既に魔術無効化の範囲内になっていて、魔術盤は物を言わない石板に変わっていた。

「あー……」

 これじゃなくて、と俺は間違えて違う物を出してしまった体でマントの下に魔術盤を片付ける。管理官は慣れた様子で魔術に頼り切っている情弱な異国民を見ていたが、こういうのは個人のプライドの問題だ。
 だが、俺はカルムの写真なんて持っていないし、顔の特徴を説明できる程覚えていない。
 諦めて引き返そうと思ったが、2人の管理官の内、眼帯をした年寄りの方に見覚えがあると気付いた。前にリコリスと営業許可証の問題でこの国に来た時に俺が金を握らせた管理官だ。

「結構前にリコリスと俺と来た、魔術師で、黒い服を着ている奴だ」

 ほぼ大多数の魔術師は黒い服を着ているし、どうせ覚えていないだろうと望みは薄かった。しかし、眼帯の管理官はすぐに理解して頷く。

「あの軍事魔術師ならよく見ます。時々入国して来ますから」

 どうやらカルムの悪名は魔術が使えないトルプヴァールにも知れ渡っているらしい。
 時々入国して来るというが、国外に出るとオーナーがポテコと大臣に怒られると言っていた。だから、金を払って不法出国して不法入国しているのだろう。
 管理官の仕事ぶりについて疑問を抱かずにいられないが、他国の俺が説教してやることもないと話を続ける。

「入国して、何をしてるんだ?」

「いいえ、何も。それほど奥まで入らずこの辺りの街を眺めて、何もしないで帰って行きます」

「何もしないで」

「はい。最初は監視をしていましたが、危険が無いようなので放ってました」

「今は入国しているか?」

「いいえ、近頃は来ていません」

「そうか……」

 どうやら当ては外れたようだ。トルプヴァールにいないとなると、どこかで弱って魔力切れを起こしている可能性が出て来た。オーナーに伝えて他を探すことにしよう。
 礼を言って戻ろうとしたが、若い管理官が話のついでのように眼帯の方に尋ねる。

「あの子達とは違うんですよね?」

「あの子達?」

 耳に入ってしまった言葉を聞き返すと、眼帯の管理官が慌てて若い管理官を引っ叩いて黙らせる。

「子どもが出入りしているのか?」

「し、知りません」

 俺は一旦黙ることにした。
 事を荒立てるつもりはない。ただ、ヴィルドルクの勇者を敵に回したらこの国がどういうことになるのか、オルトー連合国がどうなったのか、管理官は当然知っているだろう。
 管理官はすぐに今の発言を撤回する。

「はい……子どもがこの国を出ています。でも、一度は貴国へ入国しているでしょうが、その後どこに行っているのかは知りません」

「何人くらい?」

「私が見ている間でも、数十人、なので恐らく百人以上は」

「そうか。情報提供、感謝する」

 管理官を相手にするのはこの程度にしておくことにした。単なる門番に国の行く末を任せるのには荷が重すぎるし、これ以上話を続けると方向性によっては俺がその場で管理官を処分しないといけなくなる。
 カルムは見つからなかったが、それよりもヴィルドルクに国外から子どもが勝手に入国している方が厄介だ。そして、それを俺が全く気付けていないことも。
 各地の防衛は各勇者に任せられているから、この程度の問題は解決してから報告しろと言われるだろう。しかし、100人以上となると先に報告をしておかないとマズいことになる。

 気が重いままホーリアに戻る道を歩いていると、木々の隙間に揺れる黒い物を見つけた。
 巨大な熊程度の小型の魔獣だ。この辺りでは魔獣は全く珍しくないが、森の通り道から姿が見られるとは人里に近付き過ぎている。
 ホーリアの人間は魔獣など見慣れているが、カルムやトルプヴァールから出ていたという子どもはどうだろう。
 魔獣に襲われて森に逃げ込んで動けなくなっていたり、魔獣の怪我が元で死んでいる可能性がある。
 そうなると、不法入国者云々の前に魔獣退治という勇者のそもそもの仕事が出来ていないことになるから、説教や始末書では済まない。

「……まさかな」

 俺は知覚低下の魔術を自分に掛けて、道を外れて魔獣の後を付けた。
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