8 / 54
ソウスケ
しおりを挟む
「そうか……無理強いはできない」
「あ、分かってもらえたら……」
「では……またあの倒れそうな祠の中で……雨に打たれながら何年も待つしかない……」
ぐっ。言葉を飲む。
なんて嫌な言い方をするんだ、そもそも男の話によれば私のおかげで外に出て来れたというのに、どうして私が罪悪感を感じなければならない?
知らないよそんなこと!
寂しそうに笑いながら、彼は続ける。
「神もそれなりに寒さや痛みを感じるんだが……」
「…………」
「あと少しの力があればな……助かるのに」
「…………」
「誰かあんな寂れた祠に祈ってくれるだろうか。あと何年かかるか……」
「だーーーっ! 分かりましたよ! 少しだけですよ!」
私が我慢しきれずそう叫ぶと、彼は俯かせていた顔を勢いよく上げた。その目はキラキラと輝いていた。
「そのかわり何か変なことしようとしたら包丁で滅多刺しにします」
ああ、言ってしまった。私はすでに後悔する。
こんなわかりやすいやつの手法に乗せられて、得体の知れない男の同居を許可してしまったのだ。自分の馬鹿さとお人好しさに呆れてしまう。
大きくため息をつく私をよそに、男は白い歯を出して満面の笑みでこちらを見た。
「神に脅しとは。いや、それでいい。感謝する藍川沙希」
その笑顔を見た瞬間、落ちていた気持ちがなぜか浮上した。
神だとかなんだとか言っている割りに、笑うと子供っぽい顔をするんだなあ、なんて思った。どこか懐かしいような、不思議な感覚。これはこの人が本当に神様だからなの?
戸惑いながら視線を泳がし、話題をそらすように言う。
「あ、あの、呼びにくいんで名前を教えてもらってもいいですか?」
「名前? 名前なんてない」
「えっ」
「勝手になんか呼んでくれればいい」
彼はそう興味なさそうに言った。
名前がない、なんて予想外の事を言われて困った私は腕をくんで考える。勝手にって言われても。名前、名前かあ。神様に命名したことなんてないんですけど。いっそ変な名前にしてやろうか、いや呼ぶのは私だ、私への拷問になる。
ふと脳内に浮かんだ名前を、そのまま口にした。
「では、ソウスケにします」
「ソウスケ?」
「昔飼ってた犬の名前です」
私が言うと、ソウスケは呆れたようにこちらを見る。眉を下げて目を丸くした。
「神に犬の名をつけるとは」
「好きに呼んでいいって言ったでしょう」
「……まあいい」
そう呟いたソウスケは、なぜか突然ぷっと吹き出した。俯いて肩を震わせ笑う。そのサラサラの黒髪が揺れた。
何だ何だ、急に何がツボに入ったんだ?
私がその顔をのぞき込むと、彼は笑いながら言った。
「あんた面白いな」
「はあ」
「ソウスケか。分かった、いい名だ」
そう笑う彼の顔はあんまりにも美しくて可愛らしくて、ついときめいてしまった……
なんて事は、悔しいから絶対言わない。
「ちょっと銀行に行ってきます」
私はそばにある鞄に手を伸ばしてそう言った。
ソウスケがここに居座ると決まって1時間。果たしてどうなるんだと身構えていたが、彼は何もせずあぐらをかいて座りテレビを眺めていた。その姿は神とは程遠くただのヒモにしか見えない。あれ、私やっぱり騙されてヒモを家に入れてしまったのかしら。
ソウスケは私の声に反応しチラリとこちらを見た。バックにはバラエティ番組の笑い声が響いている。
「銀行?」
「もう少しで閉まっちゃうから」
「そうか、では私も」
彼はそう当然のように言って立ち上がった。てっきり気の抜けた返事でも返ってくるかと思っていた私は驚いたソウスケを見る。
「え、ソウスケも来るの?」
「少しでも長くそばにいて陽の気を貰いたい。その方がここに滞在する時間も減るしあんたにとってもいいだろ」
「まあ、それもそうか」
思えば得体の知れないやつを一人留守番させておくより、一緒に出かけた方がずっといい。私は未だこの人を信じきってはいないのだ。そう思い直し、私は頷いて鞄の中の持ち物を確認する。
「あ、分かってもらえたら……」
「では……またあの倒れそうな祠の中で……雨に打たれながら何年も待つしかない……」
ぐっ。言葉を飲む。
なんて嫌な言い方をするんだ、そもそも男の話によれば私のおかげで外に出て来れたというのに、どうして私が罪悪感を感じなければならない?
知らないよそんなこと!
寂しそうに笑いながら、彼は続ける。
「神もそれなりに寒さや痛みを感じるんだが……」
「…………」
「あと少しの力があればな……助かるのに」
「…………」
「誰かあんな寂れた祠に祈ってくれるだろうか。あと何年かかるか……」
「だーーーっ! 分かりましたよ! 少しだけですよ!」
私が我慢しきれずそう叫ぶと、彼は俯かせていた顔を勢いよく上げた。その目はキラキラと輝いていた。
「そのかわり何か変なことしようとしたら包丁で滅多刺しにします」
ああ、言ってしまった。私はすでに後悔する。
こんなわかりやすいやつの手法に乗せられて、得体の知れない男の同居を許可してしまったのだ。自分の馬鹿さとお人好しさに呆れてしまう。
大きくため息をつく私をよそに、男は白い歯を出して満面の笑みでこちらを見た。
「神に脅しとは。いや、それでいい。感謝する藍川沙希」
その笑顔を見た瞬間、落ちていた気持ちがなぜか浮上した。
神だとかなんだとか言っている割りに、笑うと子供っぽい顔をするんだなあ、なんて思った。どこか懐かしいような、不思議な感覚。これはこの人が本当に神様だからなの?
戸惑いながら視線を泳がし、話題をそらすように言う。
「あ、あの、呼びにくいんで名前を教えてもらってもいいですか?」
「名前? 名前なんてない」
「えっ」
「勝手になんか呼んでくれればいい」
彼はそう興味なさそうに言った。
名前がない、なんて予想外の事を言われて困った私は腕をくんで考える。勝手にって言われても。名前、名前かあ。神様に命名したことなんてないんですけど。いっそ変な名前にしてやろうか、いや呼ぶのは私だ、私への拷問になる。
ふと脳内に浮かんだ名前を、そのまま口にした。
「では、ソウスケにします」
「ソウスケ?」
「昔飼ってた犬の名前です」
私が言うと、ソウスケは呆れたようにこちらを見る。眉を下げて目を丸くした。
「神に犬の名をつけるとは」
「好きに呼んでいいって言ったでしょう」
「……まあいい」
そう呟いたソウスケは、なぜか突然ぷっと吹き出した。俯いて肩を震わせ笑う。そのサラサラの黒髪が揺れた。
何だ何だ、急に何がツボに入ったんだ?
私がその顔をのぞき込むと、彼は笑いながら言った。
「あんた面白いな」
「はあ」
「ソウスケか。分かった、いい名だ」
そう笑う彼の顔はあんまりにも美しくて可愛らしくて、ついときめいてしまった……
なんて事は、悔しいから絶対言わない。
「ちょっと銀行に行ってきます」
私はそばにある鞄に手を伸ばしてそう言った。
ソウスケがここに居座ると決まって1時間。果たしてどうなるんだと身構えていたが、彼は何もせずあぐらをかいて座りテレビを眺めていた。その姿は神とは程遠くただのヒモにしか見えない。あれ、私やっぱり騙されてヒモを家に入れてしまったのかしら。
ソウスケは私の声に反応しチラリとこちらを見た。バックにはバラエティ番組の笑い声が響いている。
「銀行?」
「もう少しで閉まっちゃうから」
「そうか、では私も」
彼はそう当然のように言って立ち上がった。てっきり気の抜けた返事でも返ってくるかと思っていた私は驚いたソウスケを見る。
「え、ソウスケも来るの?」
「少しでも長くそばにいて陽の気を貰いたい。その方がここに滞在する時間も減るしあんたにとってもいいだろ」
「まあ、それもそうか」
思えば得体の知れないやつを一人留守番させておくより、一緒に出かけた方がずっといい。私は未だこの人を信じきってはいないのだ。そう思い直し、私は頷いて鞄の中の持ち物を確認する。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
21
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる