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ショックを受けた心を何とか落ち着かせ、私は首を振った。
「な、なら、私の命使ってください、私死んでもいいです、ソウスケを戻してください!」
目の前の白い着物に縋り付いて懇願した。
両目からどっと涙が溢れる。
消えないって言ったくせに。嘘だった、ソウスケはきっとわかってたはずだ。私を助けたら自分が消えてしまうってことくらい。
嘘ついてたんだ。
それは世界で一番優しくて残酷な嘘だった。どうしてそこまでして人を想えるのだろう。
目の前の白い人はそっと私の頬の涙を払った。見上げると、やはりあまりの神々しさに息を呑んでしまうほど人間離れした人だった。
彼は少し悲しそうに目を伏せて言う。
「いいですか。神は、力を使い切ったからといって消滅するわけではありません」
「え……」
「本来、力を使って空っぽになってしまうと、祠に再び眠ります。少し長い時間ですが、休息をとるようなものです」
「じゃあ……」
「今回彼が戻ってこれない理由は他にあるんです」
「なん、なんですか? どうしてソウスケは……!」
私の質問に、彼は一つ長い息を吐いて答えた。
「彼は禁忌を犯しましたから」
頭が真っ白になり、思考が止まる。
「……え……?」
「彼は禁忌を犯した。あなたは、この意味がお分かりですね?」
言い聞かせるように、彼はゆっくりとそう言った。
「禁忌? って、……え?」
頭の中で「禁忌」という単語がぐるぐると回り続ける。
以前ソウスケから聞かされた話で、ソウスケは昔さやという人の命を助け、その罰としてあの祠に埋められていたと聞いた。
人間を愛しその命を助けるという禁忌を犯したから、と。
その話から考えるに、ソウスケは今回も同じことをしたというの? 愛した人間を、助けた?
唖然としながら白い人を見上げる。彼は困ったように呟いた。
「二度も禁忌を犯した者は初めてのことで、我々も処罰を考えているのです。前回と同じというわけにはいかないので」
「ま、ってください……」
震える声を捻り出す。
「ま、前ソウスケは、さやって女の人を助けたから罰を受けた、って……」
「ええ、そうです」
「こ、今回も、同じことを……?」
頭の中で立てた仮説はにわかには信じられないものだった。バクバクと鳴り響く心臓は今にも口からでてしまうそうな感覚に陥る。
だって、まさか。そんなことありえないよ。
私だってそんな自惚れ屋じゃない
「……分かっているでしょう」
鈴の音が鳴るかのような美しい声で白い人は言う。
サラリと揺れた白髪から、花のような甘い香りが漂ってくる。その瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。
ビー玉のように輝く目は憐れみを持って私を映していた。
「彼は分かっていたはずです。あなたを助ければ自分が罰せられることも。それでも、あなたを助けたかったのですよ。
あなたを想っていたから」
ストン、と胸に落ちてくる言葉に、私はただただ言葉を失くした。
そんなはずない。
始まりは迷惑極まりない登場の仕方で人の家に転がり込んで、
いつだって色気のない私を馬鹿にして口喧嘩してるだけの関係だった。
そして私はソウスケの話もろくに聞かずに家から追い出したのに。
「そん……わけ、ない……」
ポロポロと滝のように流れる涙をそのままに、私は呆然として呟いた。
「ソウスケが、私を……そんなふうに思ってくれてた、なんて……」
「我々には誤魔化しはききません。間違いありません」
「…………」
いつだって彼は秘密主義だ。
さやって人のことだって春奈と再会しなきゃ教えてくれなかっただろうし、私への想いだって最後まで言わずに。自分は消えないなんて嘘までついて私を助けた。
何一つ本当のソウスケを知らなかった。
どうして。
どうして、言ってくれなかったの。
言ってくれてたら、私あんな酷い事言って部屋から追い出したりなんかしなかった。無理矢理春奈と会わせようとなんてしなかったのに。
ああ、そもそもどうしてあんなに春奈と結ばせることに意固地になっていたんだろう。
いや、今ならわかる。私は目には見えない二人の絆が悔しかったんだ。ソウスケが誰かを好きで命をかけてまで守ったという事実が、どうしても悔しかった。私もソウスケを好きだったから、嫉妬しただけ。
なぜ今更になって、気づくのか。全てが遅すぎる。
ただ無言で涙を流し続ける私を、憐れんだ目で白い人は見ていた。
「……でも」
涙に紛れながら、掠れた声を絞り出す。ここで泣いて終わるだけじゃダメだ。そんなの、終われない。
私は腹の底から声を張り上げた。
「そもそも、なんで神様が人を好きになっちゃいけないんですか……!」
「……は」
白い人はぽかんとして私を見た。
頬に流れている涙をぐいっと拭く。そして、きっと目の前の人を見上げた。とても偉い神様らしいが、そんなの今の私には関係ない。
拳を強く握りしめ、未だ涙でぼやける視界に映る彼を見据える。
「ソウスケはたくさんの人の命を助けてくれたんですよ! 今までだって……それを、人を好きになったからって罰を下すなんておかしいです!」
「古くからの決まりなのです、個人的感情があっては力をその相手ばかりに使うようになってしまうでしょう」
「なら使うようになってから罰せればいいじゃないですか! 一回命助けただけで罰則? 信じられない! そもそも神様は気まぐれで気に入った人を助けるってソウスケ言ってましたよ!」
「そ、それは」
「あなただって目についた気に入った人間を助けたことくらいあるんじゃないですか? ありますよね、神様だって全ての人間を助け切れるわけじゃないし。外見だったり性格が好みだったりで助けたこと、ありますよね!!?」
ずっと余裕のあるオーラを纏っていた白い人が初めて困ったようにたじろいだ。私の気迫に引いているのかもしれない。いや、それでいい、引くまでとことん言ってやりたい。
私は更に声を荒げた。
「神様って愛と慈悲で出来ていると思っていました……誰より愛を知ってなければならない存在じゃないですか? なのに人を愛したら罰則って変です。古くからの決まり? 古すぎですよ今時代いつだと思ってるんですか! そろそろ新しく決まりを変えようって思わないんですか!」
一気に話たことで、はあはあと息切れを起こす。言いたいことが多すぎてまだまだ足りない。
白い人は唖然と私を眺めていた。少し見開かれた瞳が彼の驚きを表している。
私は少し息を整えて、今度は声をしずめて冷静に言った。
「ソウスケは……愛のある神様でした。いろんな人に必要とされる神様です。お願いです、私の命なんかいらないからどうかソウスケを助けてください……」
両手を合わせて拝む。その手に、また涙が溢れた。
「な、なら、私の命使ってください、私死んでもいいです、ソウスケを戻してください!」
目の前の白い着物に縋り付いて懇願した。
両目からどっと涙が溢れる。
消えないって言ったくせに。嘘だった、ソウスケはきっとわかってたはずだ。私を助けたら自分が消えてしまうってことくらい。
嘘ついてたんだ。
それは世界で一番優しくて残酷な嘘だった。どうしてそこまでして人を想えるのだろう。
目の前の白い人はそっと私の頬の涙を払った。見上げると、やはりあまりの神々しさに息を呑んでしまうほど人間離れした人だった。
彼は少し悲しそうに目を伏せて言う。
「いいですか。神は、力を使い切ったからといって消滅するわけではありません」
「え……」
「本来、力を使って空っぽになってしまうと、祠に再び眠ります。少し長い時間ですが、休息をとるようなものです」
「じゃあ……」
「今回彼が戻ってこれない理由は他にあるんです」
「なん、なんですか? どうしてソウスケは……!」
私の質問に、彼は一つ長い息を吐いて答えた。
「彼は禁忌を犯しましたから」
頭が真っ白になり、思考が止まる。
「……え……?」
「彼は禁忌を犯した。あなたは、この意味がお分かりですね?」
言い聞かせるように、彼はゆっくりとそう言った。
「禁忌? って、……え?」
頭の中で「禁忌」という単語がぐるぐると回り続ける。
以前ソウスケから聞かされた話で、ソウスケは昔さやという人の命を助け、その罰としてあの祠に埋められていたと聞いた。
人間を愛しその命を助けるという禁忌を犯したから、と。
その話から考えるに、ソウスケは今回も同じことをしたというの? 愛した人間を、助けた?
唖然としながら白い人を見上げる。彼は困ったように呟いた。
「二度も禁忌を犯した者は初めてのことで、我々も処罰を考えているのです。前回と同じというわけにはいかないので」
「ま、ってください……」
震える声を捻り出す。
「ま、前ソウスケは、さやって女の人を助けたから罰を受けた、って……」
「ええ、そうです」
「こ、今回も、同じことを……?」
頭の中で立てた仮説はにわかには信じられないものだった。バクバクと鳴り響く心臓は今にも口からでてしまうそうな感覚に陥る。
だって、まさか。そんなことありえないよ。
私だってそんな自惚れ屋じゃない
「……分かっているでしょう」
鈴の音が鳴るかのような美しい声で白い人は言う。
サラリと揺れた白髪から、花のような甘い香りが漂ってくる。その瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。
ビー玉のように輝く目は憐れみを持って私を映していた。
「彼は分かっていたはずです。あなたを助ければ自分が罰せられることも。それでも、あなたを助けたかったのですよ。
あなたを想っていたから」
ストン、と胸に落ちてくる言葉に、私はただただ言葉を失くした。
そんなはずない。
始まりは迷惑極まりない登場の仕方で人の家に転がり込んで、
いつだって色気のない私を馬鹿にして口喧嘩してるだけの関係だった。
そして私はソウスケの話もろくに聞かずに家から追い出したのに。
「そん……わけ、ない……」
ポロポロと滝のように流れる涙をそのままに、私は呆然として呟いた。
「ソウスケが、私を……そんなふうに思ってくれてた、なんて……」
「我々には誤魔化しはききません。間違いありません」
「…………」
いつだって彼は秘密主義だ。
さやって人のことだって春奈と再会しなきゃ教えてくれなかっただろうし、私への想いだって最後まで言わずに。自分は消えないなんて嘘までついて私を助けた。
何一つ本当のソウスケを知らなかった。
どうして。
どうして、言ってくれなかったの。
言ってくれてたら、私あんな酷い事言って部屋から追い出したりなんかしなかった。無理矢理春奈と会わせようとなんてしなかったのに。
ああ、そもそもどうしてあんなに春奈と結ばせることに意固地になっていたんだろう。
いや、今ならわかる。私は目には見えない二人の絆が悔しかったんだ。ソウスケが誰かを好きで命をかけてまで守ったという事実が、どうしても悔しかった。私もソウスケを好きだったから、嫉妬しただけ。
なぜ今更になって、気づくのか。全てが遅すぎる。
ただ無言で涙を流し続ける私を、憐れんだ目で白い人は見ていた。
「……でも」
涙に紛れながら、掠れた声を絞り出す。ここで泣いて終わるだけじゃダメだ。そんなの、終われない。
私は腹の底から声を張り上げた。
「そもそも、なんで神様が人を好きになっちゃいけないんですか……!」
「……は」
白い人はぽかんとして私を見た。
頬に流れている涙をぐいっと拭く。そして、きっと目の前の人を見上げた。とても偉い神様らしいが、そんなの今の私には関係ない。
拳を強く握りしめ、未だ涙でぼやける視界に映る彼を見据える。
「ソウスケはたくさんの人の命を助けてくれたんですよ! 今までだって……それを、人を好きになったからって罰を下すなんておかしいです!」
「古くからの決まりなのです、個人的感情があっては力をその相手ばかりに使うようになってしまうでしょう」
「なら使うようになってから罰せればいいじゃないですか! 一回命助けただけで罰則? 信じられない! そもそも神様は気まぐれで気に入った人を助けるってソウスケ言ってましたよ!」
「そ、それは」
「あなただって目についた気に入った人間を助けたことくらいあるんじゃないですか? ありますよね、神様だって全ての人間を助け切れるわけじゃないし。外見だったり性格が好みだったりで助けたこと、ありますよね!!?」
ずっと余裕のあるオーラを纏っていた白い人が初めて困ったようにたじろいだ。私の気迫に引いているのかもしれない。いや、それでいい、引くまでとことん言ってやりたい。
私は更に声を荒げた。
「神様って愛と慈悲で出来ていると思っていました……誰より愛を知ってなければならない存在じゃないですか? なのに人を愛したら罰則って変です。古くからの決まり? 古すぎですよ今時代いつだと思ってるんですか! そろそろ新しく決まりを変えようって思わないんですか!」
一気に話たことで、はあはあと息切れを起こす。言いたいことが多すぎてまだまだ足りない。
白い人は唖然と私を眺めていた。少し見開かれた瞳が彼の驚きを表している。
私は少し息を整えて、今度は声をしずめて冷静に言った。
「ソウスケは……愛のある神様でした。いろんな人に必要とされる神様です。お願いです、私の命なんかいらないからどうかソウスケを助けてください……」
両手を合わせて拝む。その手に、また涙が溢れた。
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