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盟約と二人の夜 2

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 ウェルズ様と一緒にマークナル殿下の執務室に戻る。思ったよりも、私が置かれている境遇は深刻だった。

「おや、その顔は何かあったようだな」

 書類から視線を外したマークナル殿下が、紫色の瞳を細めた。

「は……。何者かの手により王家の地下牢と我が妻カティリア・フリーディルに関する資料が盗まれました。私の不手際によるものです、いかようにも処分を」

 ウェルズ様がかしこまった様子で報告を始める。
 マークナル殿下が軽く手を振った。

「馬鹿なことを言わないでくれ。君が秘密裏に動かせる人員が足りなくなったのは俺の護衛のためだろう? 詫びるのは俺の方だ」
「広き御心に感謝いたします」

 普段の2人とは違うやり取り。
 それは他者の目があるからなのだろう。

「ねえ、カティリア」
「アイリス殿下」

 まだマークナル殿下の部屋にいたアイリス殿下は、私たちが戻るやいなや駆け寄ってきた。今は私の膝の上にいる。

 アイリス殿下がそっと私に耳打ちする。

「王家の地下牢には精霊と王であることを示す指輪が封印されているのよ」
「アイリス殿下、それは……」

(アイリス殿下は王族……だから地下牢について聞いていてもおかしくはない。でも、それは私に言っても良いことなの?)

「カティリアになら言っても良いって、お母様のお許しがあったの」
「側妃メルリ殿下の?」

 私たちの内緒話をよそに、ウェルズ様とマークナル殿下は真剣な表情を浮かべている。
 ややあってウェルズ様が私に近づき声をかけた。

「カティリア、悪いが急ぎ調べねばならないことがある。前回は遅れをとったがフィラスは騎士団でも五本の指に入る実力者だ。……彼女がいれば問題ないだろう。フィラス、頼んだぞ」
「は、この命に替えましてもお二人をお守りいたします」

 去って行ってしまった二人。
 室内にはアイリス殿下と私、そしてフィラス様だけが残された。

 アイリス殿下はしばらくの間この部屋の蔵書を取り出しては眺めていた。
 そしてたまに私に質問を投げかけてくる。
 五歳だなんてとても思えないような理解力だ。

「アイリス殿下はすごいですね」
「……そうかしら? でも、部屋に籠もって本ばかり読んでいれば誰でもそうなるわ」

 誰でもそうはならないだろうけれど、アイリス殿下の言葉に引っかかりを覚える。
 子どもなのにずっと部屋に籠もってばかりいるのだろうか……。

「アイリス殿下」

 長いまつげが伏せられた。紫色の瞳は美しいけれど、大人であるマークナル殿下ですらその魅了の力を持て余していることを私はよく知っている。

「……私の瞳ね、マークナルお兄様よりも力が強いらしいの」
「……」
「マークナルお兄様の瞳が魅了するのは女の人だけだけど、私の瞳は男の人も女の人も関係なく魅了してしまうから……」

 初対面のアイリス殿下の言葉が浮かぶ。
 小さな手が私の手を引き寄せて握りしめた。

「だから……カティリアやウェルズ、それにフィラスみたいに私の瞳に影響されない人はとても貴重なの」
「そうだったのですね……」

 それからしばらく、私はアイリス殿下のお相手をして過ごした。
 元々子どもが大好きで、白い結婚が成立したなら家庭教師をして生きていこうかと考えていた私にとってもとても楽しい時間だった。

「お兄様!」

 難しい本を読んでは私を質問攻めにしていたアイリス殿下は、マークナル殿下が戻ってくるやいなや子ウサギのように飛び跳ねて抱きついた。
 アイリス殿下を抱き上げるマークナル殿下は手慣れていて、よく面倒を見ていたことがわかる。

(そういえば、二人とも側妃メルリ殿下の御子なのよね……)

 現国王陛下には三人の妃がいる。
 正妃ミラーナ殿下の御子は第一王子と第二王子、そして第二王女。
 側妃メルリ殿下の御子は第三王子と、第三王女、そして第五王女。
 そしてもう一人の側妃マリアナ殿下の御子は第一王女と第四王女。

 現時点ではまだ三人の王子の誰が王位を継ぐかは決まっていない。
 もちろん目の前のマークナル殿下にも王位継承権がある。

(けれど、異性を魅了してしまう瞳のせいでマークナル殿下はほとんど公に姿を現わすことがない。第一王子と第二王子より明らかに有能で慈悲深いとしても……)

 王家を象徴する紫色の瞳を持つが故に王位から遠ざかるという皮肉。
 同じ色の瞳を持つアイリス殿下と共に、マークナル殿下は病がちなのだと噂されている。

「カティリア……」
「……」
「カティリア!」
「えっ……わわ!? ウェルズ様!?」

 物思いに沈んでいたところ急に足元が宙に浮いた。
 我に返ればなぜかウェルズ様に抱き上げられていた。

「……さっきから声を掛けているというのに」
「ごめんなさい。あの、下ろして……」
「いや、何度呼んでも反応しないなんて心配だ。ということで、そろそろ」
「ああ、休暇中に済まなかったな……」
「滅相もございません……では、御前を失礼致します」

 なぜかそのままウェルズ様は歩き出してしまった。

「下ろしてください!」
「……どうして?」
「えっ、どうしてって……!?」

 混乱しているうちに抱き上げられたまま馬車に乗せられてしまう。
 結局のところ、屋敷に戻るまでウェルズ様は私のことを離してくれなかったのだった。
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