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6.嘘つき
しおりを挟むそういえば、最初にお父様が「相手は結婚出来れば誰でもいい」って言っていたっけ。
「どうだった、グレイは」
彼への挨拶を終えて、再び応接間に戻ると、真っ先に声をかけて来たのは彼の父親だった。
アーバン・アシェット、医者としてとても優れた腕を持つと言われている伝説の人物。その完璧過ぎる治療に、さぞ几帳面で冷静な人なんだと思ったけど……。
「何か失礼なことを言ったりしてないか?」
「……えっと」
「こんな家にいきなり来て不安だろう。なんでも気にせずに言いなさい」
「ありがとうございます」
このように、その手腕とは違い、随分と温和な人のようだ。
「そうだ、シリカさん好きな食べ物はある? 今日の夕飯はそれにするわ」
「えっでも」
「いいのよ、遠慮しないで」
そう言ったのは奥さんのミスティさんだった。
彼女は嬉しそうに紅茶を入れる。
二人とも嘘みたいに善良な人達だった。さっきのやり取りがまるで嘘みたいだった。
「……」
「あら、どうしたの。やっぱり困りごと?」
「……いえ」
首を横に振りながら、ふとさっきのやり取りを思い出す。
この二人に罪は無い。
彼らはただ純粋に、息子の婚約者を歓迎している。
私にその気持ちを否定することは、出来……ない。
「お二人の心遣いに感動してしまって」
「おやおや」
「あらあら」
二人ともそんな私の顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
やっぱり私には、この二人に、彼との間に起こったやり取りを説明することは出来ない。
私は見せかけだけの、お飾りの婚約者なんですよ、なんて言えるはずがない。
「みんななんだか楽しそうだね」
「!」
背後から聞き覚えのある声がした。
「打ち解けているようで何よりだよ」
「グレイ」
私が振り返るより早く、ミスティさんがその名を呼ぶ。
私の不安とは裏腹に、自然な会話が着々と続いていく。
「どうしたの、今日はまだ研究が残っているんじゃないの?」
「いや、彼女が慣れない場所で不安になっていないか心配でね」
「あら、そうだったの」
納得する夫人。
絶対それは違う。
否定したかったけれど、声は出なかった。
「でも、この様子なら大丈夫だね」
そう言って、彼は私の肩に手を置いた。
「さすが、僕が一目惚れした女性だ」
嘘つき。
「改めてアシェット家にようこそ、シリカ。歓迎するよ」
「……」
「シリカさん?」
「あ、ああ、ごめんなさい。歓迎ありがとうございます。不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いしますわ」
そう言って、私もまた嘘をついた。
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