魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。(趣味用)

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第六章

馬には乗ってみよ人には添うてみよ08

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(おいおいおいおい気のせいか? 気のせいだよな?)

 混ぜたとは聞き捨てならない。しかも魔族の価値観でと思うと青年の背筋に冷たいものが走る。
 
「ちょ、そんな怖い顔するなって」
「言え、混ぜたってなんだ。何を何に混ぜた」
「落ち着けよ。この子の体が中々これを受け付けなかっただろ? だから龍仙りゅうせんの爺さんに相談したんだ。そしたら暫く花の蜜を少量混ぜておけって言われてさ。おいてったんだよ〝あの花〟を」
「あの花?」

 あの花と言えばあの花だろう薄桃色の白い花びら、薔薇に似ているがそうではない。
 ちょっと前までリーベがミルクの代わりに飲んでいた花の蜜。
 あの時龍仙がすっかり持って帰ったと思っていたが、また来ていたのかと青年はまるで魔法使いのような老人を思い出す。

「いつの間に、確か万病に効く長寿の蜜って……それで回復が早いのか?」

 あの龍仙という老人、魔王が言うには魔族ではないらしいが正直青年にはどこまで信用していいか分からない。
 だが魔族が拾、もとい保護しリーベがこうして元気でいられるのは確かにあの老人のおかげではあるのだろう。

「そうかもね。今はもう混ぜてないんだけど……安心してよあの爺さん〝仙人〟の生き残りだから」
「仙人の生き残り??」

 これまた胡散臭い。
 花のことだってそうだが仙人と言えば一般的に山に入って不老不死の術を得、神通力があって飛翔できるなんて言われている。
 だが基本的にそのたぐいの話を青年は信じていないし何より不老不死の生き残りって表現がまずおかしい。他はどうした死んだのか?不老不死なのに?

(とは言え魔族がいて悪魔がいるぐらいだし)

 一瞬ある女性が青年の脳裏をよぎる。

(そうか、いるか)

「まぁその不老不死の爺さんが持ってきた花だから信用できるよ。何せ知恵だけで今日こんにちまで生きながらえている訳だから」
「知恵だけで?」
「そう」
「それはすごい」
「嘘みたいだよねー」
「そうだな」
「信じてないな」
「いやいや興味がわいた」
「わやや」
「……この子ホントよく喋るようになったよね」

 空になった哺乳瓶、満腹になったリーベが青年の言葉を真似てイェンは沁々しみじみとする。
 青年はイェンと抱っこをかわりゲップを促すためリーベの背中をさする。

「そうだな。この様子だとおよそ五、六ヶ月ぐらいかも、そろそろこうしてあげなくてもいいかも知れない」
「そうなの?」
「ある程度大きくなったら自分で上手にゲップが出来るようになるから、吐き戻しもなくなるらしいぞ」
「へー?」
「わーや!」

 「お?」と二人はリーベの目線の先を追った。
 かすみ色とうぐいす色の小さな鳥が二匹、青空を一回りして飛んでいく。

「リーベあれは鳥だよ」

 青年がそう言うとリーベが真似をし、その姿に二人は思わず笑う。


「——そう言えば、アンタ度々たびたびあの灰の魔族の子供のこと心配してるみたいだけど、どうかした?」

 イェンは持ってきたサンドイッチをほうばりながら散歩に出る前の事を思い出した。
 ハクイが部屋から出て行き、青年が伝え忘れたと騒いでいたが、一体なにをそんなに気にする事があるのか。

「マールの寝床を変えて貰えないかと思って」
「そりゃまたなんで? あの子が嫌だって?」
「灰の魔族って女にも男にもなれるみたいなこと言ってたろ?」
「あぁ確かにそう言ったね」
「それってつまり身籠ることがあるってことなんじゃないのか?」
「そうだね」
「それじゃあ女とたいして変わらないじゃないか。それなのに男ばっかりの所で生活してて? 挙げ句の果て風呂も一緒だなんて、間違いでもあったらどうするんだ!」

 青年が真っ青な顔でわなわなと怒りを露わにする様子にイェンは思わず食べていた物を「ぶほっ」とふき出しそうになる。

「ゲホッゴホッ、っあービックリした」 
「こっちがビックリだ。マールはハクイ様の下で働いているんだろう? いったい何を考えてるんだあの人は」
「いやーなんて言うか……その視点はなかった」
「なんでだよ?」
「えーだって灰の魔族は灰の魔族で」

 イェンは説明が難しいと頭をかくが青年にしてみればなぜ頭を悩ませる必要があるのかさっぱり分からないし、マールに何かあったら心の底から許さないと心穏やかではいられない。

「なんて言うかさいいんだよ。マールだっけ? あの子はさ自分を男だと思ってるんだろう?」
「だから心配してんじゃないか」
「だったら別にいいんだよ。そんな気にする必要もないし、本人に教えてやる必要もないんだって」
「言い訳ないだろ」

 青年の目尻がつり上がる。その様子にイェンはため息をついて「だから大丈夫なんだと」話だす。
 彼が言うには本人が自分を男と思っている。あるいは女と思っているぶんには問題ないらしい。周りもそれに合わせて接する。
 逆に本人にその特性を教えてしまうと性が混乱するとか。
 混乱するとどうなるかと言うと

「性別がぐちゃぐちゃになる?」
「体がね。女の体になったり、男の体になったり、自分の性別を見失って不安定になるんだ」
「そんなことありえるのか?」
「ありえるから言ってるんだよ。そうなったら可哀想だろ。アンタだって自分が男だと思ってたのに実は女でもありますよ。なーんて言われたら直ぐには信じられないし混乱しないか?」
「まぁ、確かに。……つまり思い込んでいるうちは問題ないが、自分を見失うともろに体に出ると?」
「そうそう」
「……」

 わかったような、わからないような。
 なら灰の魔族は自身の特性を知らない者ばかりなのかと問うとそうでもないと言う、知っている者もいるにはいるそうだ。
 ただそれぞれがどういった経緯けいいで知ったかは分からないらしい。
 イェンが知る限りでは、自分の意志でころころと性別を変えて楽しむ者や特性を知った上で性別を固定して生きる者、好きになった相手に合わせて性別を変える者もいるらしい。

「僕の友人にいたんだよ。ずっと長いこと男と思い込んでたんだけど、ある日女性であれば良かったと強く思ったら本当に女になってしまったって友人が、僕は驚かなかったけど本人は真っ青な顔で駆け込んで来たな」
「……その方が可哀想じゃないか? 個人的にはそれなりの歳になったら教えてあげることが本人のためだと思うんだけど」
「逆に好きな人との子供が欲しいってことで一度だけ男になった知り合いもいたな」
「それはそれだろ」
「んーどうだろうなぁ。まぁでもさっきのアンタの思考だと危ないね。人間って僕らと違って性欲強いって言うもんなぁ。短命だから本能的に種の存続への執着が強いと言うか、魔族はほら一人一人が長生きだからそうでもないんだけど人間に灰の魔族の特性が広く知れ渡ったら危険な気がしてきた」
「失礼だな」
「実際灰の魔族をそんな目で見る魔族は少ないと思うけど、だって僕らにとっては灰の魔族は灰の魔族って性別でしかないからさ」
「その感覚は正直よく分からないけど、ちょっと想像してみてくれよ。もしも大浴場でうっかり女になってしまったり男になってしまったらどうする?」
「風呂で自分を女だと思い込んだり、男だと思い込む者がいると思うって?」
「思い込むかはさておき、なにがあるかわからないじゃないか」
「あのさぁ人間と違って魔族はそこまで男だの女だの拘らないって、そっちでは男女ってのが重要なんだろうけどこっちでは同性だろうがなんでもありだよ」
「っイェンお前、前から思っていたけどいちいち人間人間って煩いな。じゃあ聞くけどね。こちらでは女性の着替えをうっかり見てしまっても女性は怒ったりしないってのか? 罪に問われることも? 逆のパターンも考えてみろ俺はごめんだよ」
「羞恥心がない訳ないだろ。あーーもうなんの話か分からなくなってきたなぁ」

 イェンは頭を抱え込み視界に入った光景に思わず言葉を失った。

「………………え、は?」
「なんだよ人の膝みて……おい、嘘!」

 そこに居るはずの、居るはずの赤ん坊が……!
 二人がその名を呼ぼおうとした時。

 頭上から子供たちの甲高い笑い声が響いた。


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