『このまちに,湯気が立つ』 ―じいじと私の喫茶店―

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城下町の石畳に,今日も煙が上がる。
声が出なくなって,会社を辞めた。

行き場を失った24歳の光が向かったのは,「じいじ」が営む小さな喫茶店だった。

「喫茶 くぬぎ」のメニューは,4種類だけ。

コーヒー,紅茶,ミルク,ココア。

食べ物は出さない。
氷も仕入れない。

「赤字を出す店は,設計が悪い」と,元大工のじいじは言う。

亡き妻に「死ぬ前に好きなことをしろ」と言われ,大工道具の代わりにネルドリップを手にしたじいじは,黙って豆を炒り,黙ってコーヒーを淹れ,黙って光の椅子を用意して待っていた。

光は毎朝,実家から自転車で石畳を走る。

蒸らしの30秒,焙煎の音,豆の膨らみ——じいじが20年かけて積み上げた設計を,少しずつ体に入れていく。

でも,じいじの手が,震え始める。
秋が来て,冬が来て,灯りがついていた2階の窓が,暗くなる日が来る。

じいじの靴が,なかった。

けれど,光はわかっていた。
ネルをセットして,湯を注いで,開店した。

じいじが設計した店は,今日も動いている。
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