『重力の音』 ―この音が,わたしだから―
デュッセルドルフで生まれ,新潟,エジンバラ,東京と移り住んできた水瀬うたは,16歳で音大附属高校に入学する。
チェロを弾く。
「太い音」が,彼女の音だった。
でも,東京に来てから,音が細くなっていた。
楽器屋に持ち込んだ。
「丁寧に使ってますね」と言われた。
異常はなかった。
異常は,うたの中にあった。「純粋な日本人になりたかった」という感覚を,うたはずっと胸の奥に持ってきた。
炊きたての米の匂い,じいじの縁側の光,新潟の土の匂い──それが,うたにとっての「日本」のすべてだった。
でも,ロンドンのコンクールで演奏後に言われた一言が,ずっと消えない。
"Where are you really from?"
音が鳴らなくなった理由を探して,うたは17歳でドイツへ渡る。
生まれた国の言葉を,1字も知らないまま。
フランクフルトの語学学校で,マンハイムのギムナジウムで,うたは少しずつドイツ語を覚えていく。
言葉が届き始めると同時に,チェロの音も,少しずつ,太さを取り戻していく。停滞は敗北ではない。
前進もまた,義務ではない。
変化を望みながら変化できない身体が,それでも夜の中を歩く。
その事実そのものを,裁かずに描いた物語。
チェロを弾く。
「太い音」が,彼女の音だった。
でも,東京に来てから,音が細くなっていた。
楽器屋に持ち込んだ。
「丁寧に使ってますね」と言われた。
異常はなかった。
異常は,うたの中にあった。「純粋な日本人になりたかった」という感覚を,うたはずっと胸の奥に持ってきた。
炊きたての米の匂い,じいじの縁側の光,新潟の土の匂い──それが,うたにとっての「日本」のすべてだった。
でも,ロンドンのコンクールで演奏後に言われた一言が,ずっと消えない。
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