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【29】母と弟 ② ー諦めの境地ー

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「……そんなことないよ。カーキのナポレオンジャケットにお揃いのズボン、かっこいいと思うけどなぁ」

 止まらない母の小言に、ポーラがフォローを入れる。


「赤い隊服はヴァリカレー宮殿でしか着用できないんです」
 ダニエルはため息を交えて返事した。

「えぇ、それじゃあ私達は見れないってこと?なにそれ。貴女、本当に近衛隊に配属されたの?」

 嘘つきを見るような視線が、地味に傷つく。
 父やポーラに何度も裏切られた後遺症で、母はダニエルの事も信用していない。


 ダニエルは綺麗な姿勢でナイフとフォークを動かす母を、割り切れない思いで見つめた。

 豊かな黒髪が美しく、目鼻立ちの濃いエキゾチックな美女。
 ダニエルと同じくパッチリ大きな目をしているが、つり上がっているので近寄りがたい印象を受ける。

 老いてなお真っ赤な口紅がよく似合う母は、脇に花飾りが沢山ついた帽子、日傘を携えていた。

 きっとドレスのポケットにはレースのハンカチと手袋が入っているんだろう。

 S字型シルエットの上品なアフタヌーンドレスは流行最先端のもの。
 紫の生地に白いレースが施され、美しいが、高そうだ。


 弟も真っ白なシャツの袖をサファイアのカフスボタンで留め、シルクのクラバットをオシャレにまいている。
 刺繍が見事なベストと、皺一つないトラウザー、腰がくびれたウールのコート。
 白い手袋にビーバーハットまで、華美ではないが上質な布地を使った高級な衣服なのは一目瞭然。


 二人して、こんな高い衣装をどうやって手にいれたのだろう。

 ……自分の給料からかと、ダニエルは物悲しくなる。

 自分の存在意義とは、なんだろう。
 長女だから我慢して、家の為に尽くすのがダニエルの宿命なのか。


 家族のためにお金を使うのが嫌なわけではない。
 が、もっと有意義な事に金をかければ、マッキニー家は楽になるのにと考えずにはいられない。

 例えば織物の機械を買うとか、山岳地に強い品種の家畜を買うとか。


 そもそもポーラはいつまで此処でフラフラしているつもりだろうか。

 学舎を卒業して、もう二年だ。
 その間、領地の監督をするでもなく、母からの仕送りで酒を飲み、女を買って、博打を打ってばかり。

 これじゃあヒモだ。
 ダニエルもアリに負けず劣らず、間接的にヒモを作り上げている。


 このままじゃダメだと何度もポーラをいさめたし、甘やかす母にも苦言を呈した。
 しかし「貴女は冷たい子ね」と、逆にダニエルのほうが批判されてしまう。

 いつだってそうだ。
 母はダニエルを真正面から受け止めようとはしない。

 ダニエルは諦めの境地で、皿の上のナプキンを膝に乗せた。
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