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最終章 幸せにできるのは俺だけだから

1.結婚式の招待状

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その日、私は……大河に、呼びだされていた。

「これ。
結婚式の招待状。
池松課長には言ったけど、詩乃に直接渡したくて」

すっ、私へ封筒を滑らせ、大河はコーヒーを一口飲んだ。

――大河は。

あれから自力で開拓した、アメリカのアパレルメーカーの女性社長に気に入られ、半ば彼女から強引に付き合うようになった。
しかも、付き合いはじめて三ヶ月で結婚が決まり、いまはバタバタしている。

「私が行ってもいいの……?」

和佳さんはわかる。
大河の上司だし。
でも私は……。

「夫婦できてほしいの。
だから」

「……うん。
じゃあ、ありがとう」

私が招待状を受け取ると、大河はなんだか恥ずかしそうに笑った。

「それにしても池松課長、結婚式挙げないとか酷くない?
自分は再婚だからいいかもしれないけど、詩乃は初婚だよ?
しかもいま、四ヶ月だっけ?」

大河はあきれ気味だけど、私はなにも言えない。
だってこれは……私だって、悪いから。



マルタカを辞めてすぐあと、池松さんの紹介でP&Pの社長秘書として働きはじめた。

「こちら、P&Pの社長兼デザイナーの五嶌ごとう千明希ちあきさん」

「はじめまして、五嶌です」

池松さんから紹介された彼よりも少し年上の女性は、やせ気味で神経質そうな人だった。
彼はただの変人だから大丈夫、なんて笑っていたけれど……。
本当に、大丈夫なのかな。

「こっちは元俺の部下の、羽坂詩乃」

「羽坂です。
よろしくお願いします」

「よろしく」

笑った五嶌さんは――とても美人で、私でもポーッとなりそうだった。


P&Pでの私の仕事は、五嶌さん――千明希さんの、秘書というより付き人。
仕事やスケジュールの管理は、会社の人がやってくれる。
私がするのは……。

「お腹空いた」

「はい、千明希さんどうぞ」

すかさず、千明希さんが好きなチョコレートを差し出す。
社長、ではなく千明希と呼ぶように言われた。
社員もみんな、千明希さんって呼んでいる。

「ん」

短くそれだけ言ってもそもそとチョコレートを食べ、食べ終わった頃にお手ふきを差し出す。
手を拭いて千明希さんはまた、縫製をはじめた。

その間にいくつも引き出された、布やレース、リボンを所定の位置へ片付けていく。

「ねえ、これの色違い、なかったっけ?」

「はい、すぐに」

言われた布の、色違いの反物を引き出して彼女の元へすっ飛んでいく。
「ありがと」

無言で千明希さんは考え事をしだし、その間に薬の準備をした。
朝昼晩と彼女は飲んでいる薬があるが、時間の観念が狂っているのでよく飲み忘れる。

「千明希さん、薬の時間です」

「もうそんな時間?」

驚いたように手を止め、千明希さんは苦笑いした。

「そう。
じゃあ、お昼にしましょう?
なにが食べたい?」

「そうですね……」

今日は食べる気があるらしくてよかった。
集中が過ぎて、薬だけ飲んで食べない日だってあるから。
それでも、私が来てからましになったらしい。

私の仕事はとにかく、千明希さんの身の回りの世話。
きっと私なら気に入られるから大丈夫だと池松さんは言っていたが、確かに気に入られて可愛がってもらっている。


今日は早く終わったので、池松さんのうちに行く。
晩ごはんの買い物を済ませていったけれど、池松さんはまだ帰ってきていなかった。

「今日は遅いのかな……」

もらっている合い鍵で中に入り、ごはんの準備をする。
ちょうどできあがった頃、池松さんが帰ってきた。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

「いい匂いがするな」

ちゅっ、池松さんの唇が私の唇に触れる。
離れると、目を細めてふふっと笑った。

「今日はあじフライかー」

「お魚屋さんがいいあじが入ったって言ってたので」

テーブルに着き、池松さんがひとくち食べるのをドキドキして待った。

「うまいな」

もう、笑ってそう言われるだけで、一日の疲れが吹っ飛ぶ。
たわいのない話をしながら、今日もふたりでごはんを食べた。
池松さんは家に帰って、誰かが自分のためにごはんを作って待っていてくれるのが凄く嬉しいらしい。

――世理さんと結婚してから一度も、そんなことはなかったから。

新婚時代ですら、世理さんは仕事と男関係が忙しくて家にいなかった。
毎日、誰もいない家に帰り、ひとりでごはんを食べていた池松さんを想像すると、苦しくなる。

でもそれでも、池松さんは世理さんを愛していた。
世理さんも、十三年も池松さんとの夫婦関係を続けたのに、どうしていまさらだったんだろう。

「明日は休みだし、泊まっていくだろ」

「そうですね」

池松さんはそう言っているけれど、次の日が休みだろうと仕事だろうと、家に行った日は絶対泊まる。
ただ、なにか理由をつけないと、池松さんの気持ちに折り合いがつかないから。

「羽坂」

私の上から、池松さんが見下ろす。
いいですよと自分から唇を重ねた。
これも、――池松さんの気持ちを、楽にするため。

いまだに池松さんは私に、好きだとか愛しているだとかは言ってくれない。
でも最中に私の名前を呼んでくれる。

池松さんの気持ちの整理がつくまで、いつまででも待とうと思った。
でも――そんなことを言っていられない事態になった。
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