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第13章 いろいろあります新学期

第85話 新春祭の一日

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 4月1日はスティヴァレでは新春祭だ。昨年は引っ越したばかりで参加する余裕もなかった。しかし今年はそんな言い訳も出来ない。

「今年は新春祭、少しは参加しようじゃないか」

 ミランダがそんな事を言うと、

「そうだよね。せっかくだからお祭りに梟《イービス》商会として積極的に参加しようよ」

 フィオナもそんな感じだ。

「近所の皆さんや付き合いのある会社からも『今年はどうですか?』なんて聞かれるしさ。ここはアシュの知識を活かしてちょい面白い事をやろうじゃないか」

 おいミランダ待ってくれ。

「参加って、祭りを見て歩くだけじゃ駄目なのか」

「一応商会だからね。せめて模擬店くらいは出さないと格好がつかないよ」

「そんなものですの?」

「そんなものなの。テディの実家だって祭りだと領地の特産物販売や移住者募集の出店を出しただろ。あれと同じだな」

 そうなのか。うちの実家クラスの貴族だとそんな物出さないけれどな。それとも俺が祭とか人混みとかが苦手で近づかないから知らないだけだろうか。
 でもまあ、そう言われる位なら出店くらいはやってもいい。

「出店っていうとうちで出している本でも販売するのか?」

「本だと単価が高すぎる。せいぜい小銀貨1枚1,000円程度の小遣いで買い歩ける程度でないと駄目だな。出版物はせいぜい号外程度までだろう。ただサラが今まで作った号外は権利が出版社にあるから出せない。出すのなら新しくオリジナルで数ページ程度の号外を作る事になる。
 ただそういうミニ出版物だけではちょっと人を集めるのには不向きかな。やっぱり祭りの出店と言ったら食べ物だ」

「だね。もちろんうちの仕事も知ってもらいたいから号外サイズの何かは出すとしてさ。それとは別に何か食べ物で人を集めないと」

 ふむふむ。

「楽しそうですね。田舎でも新年祭は子供の頃は楽しみでした。でもどんな物を出せばいいのでしょうか。この家にはプリンとかデザート類が豊富ですけれど」

「確かにその辺でも美味しいけれどね。デザート類は匂いがしないから祭の出店用としては今ひとつかな。人が多い中でも匂いで客を寄せるようなものがいいと思うよ。出来れば安くてボリュームが出せるものがいいな」

 匂いか。そう言えば匂う物で日本の祭りの屋台での定番があったよな。

「なら好きな物焼きヴァストリベントの時に作った焼きそばはどうだ。あれなら匂うしソース味ならこの辺にも無いだろ」

 たこ焼きは専用の鉄板を作る必要があるし、お好み焼きは作るのが面倒だ。焼きそばならソースが焼ける匂いもするしボリュームだって悪くない。

「いいですわねそれは」

「あれなら僕でも作れるしね」

「いいな。でも私は作るのは遠慮しよう」

「面白そうですね」

「材料も簡単だしいいと思います」

 皆さん賛同してくれた。

「鉄板は食堂にある好きな物焼きヴァストリベント用のテーブルをそのまま持って行けばいいよね。皿とかフォークは木製の使い捨て用を買ってくればいいかな」

「だな。麺とかソースとか具材はアシュとサラに任せるとしよう。特にソースは他で用意できないだろうしさ。たっぷり作ってもらわないとな」

 結構大変だな。

「あとうちの活動を紹介するミニ号外も作りましょう。せっかくですから短編小説を入れて、サラにソース焼きそばのレシピを書いて貰ってはどうでしょうか」

「いいですね。児童用の短編も是非載せたいです」

 おいちょっと待ってくれ。そうなると俺の負担、なにげに多くないか? 短編を大人用と児童用訳して、ソース焼きそばの用意もする。
 サラも大変だ。レシピ作成とソース仕込みと両方する必要があるから。

 ただこの勢いは止まりそうに無い。そして4月1日当日まであと10日間しかなかったりする。
 仕方ないから準備する前に聞いておこう。

「ソース焼きそばや号外は何人分ずつ用意するんだ?」

「最低200食だな。号外は原稿さえ作れば知っているところで安く印刷する。あと場所確保も任せておけ」

 200食か。
 まず中華麺を作っている業者に連絡し、事前に取り寄せて蒸しておく必要がある。ソースもそれなりに大量に仕込まないと。
 具材はキャベツ千切りとタマネギ、ニンジン、豚薄切りで十分だな。豚も脂身が多めの安いところで充分だ。むしろその方が油が出て便利だろう。

 でもその辺の用意はサラに任せてしまおうか。ならさしあたって俺がやらなければならないのは号外用の短編探しだろう。よし。

「サラ、明日市場へ行って麺だけでいいから押さえてきてくれ。足りなければ注文頼む。あとソースの仕込みも。俺はまず号外用の短編の準備をするから」

「わかりました。あとレシピを書く際、あの麺は普通の場所では販売していないと思いますがどうしますか」

「代用で細いパスタを重曹で煮る方法がある。重曹が無ければ植物灰でも代用できる。それも試したいから普通に売っている中で一番細いパスタも一緒に頼む」

「わかりました」

 よしよし。それでは今夜中に取り寄せる本をある程度決めておこう。
 今夜はテディと一緒だからちょうどいい。色々取り寄せてテディにあらすじを教えて一緒に選んで貰おう。

 ◇◇◇

 祭の当日、朝9時少し前。俺達はフェルーラリ広場で出店を準備していた。
 フェルーラリ広場とはゼノアでのほぼ中心にある噴水のある広場。場所的には一番賑やかな広場である。屋台が広場のうちステージ部分以外をぐるりと囲んでいる状態だ。

 ちなみに右側はラザニアの屋台で左側は小魚のフリッターの屋台。どちらも店構えからして気合入りまくり。
 何故にこんないい場所をキープしてしまったんだ、ミランダは……

 文句を言っても仕方ない。石畳の上に蝋石で描かれた番号を元に店の場所を確認し、テーブルや鉄板、自在袋等をセットする。

 焼きそば用の麺は蒸して油を塗った状態で300食分用意した。ソースもサラ特製のものを中くらいの瓶1つ分持ってきている。使い捨ての木皿やフォークはフィオナが用意してくれた。

 更に号外も300部程印刷。なお今回はうちの会社の宣伝を兼ねてなので焼きそばを1皿正銅貨1枚100円、号外は1枚小銅貨5枚50円と大安売りで販売予定だ。
 果たして売れるのか。売れなくても自在袋があるから木皿とフォーク以外は再活用できるけれど。

 号外の方は白黒刷りながら結構内容が濃い代物になった。内容は小説3編とレシピ、あとはうちで出した本のリストだ。

 大人用その1がブラッドベリの『みずうみ』。まあお約束で定番だよなと思いつつテディに仕上げて貰った。
 大人用その2は星新一の『ボッコちゃん』で、これは俺が訳した。無論SF的なところは全て魔法になっている。だからボッコちゃんはゴーレムだ。
 児童書の方は定番の絵本『そらいろのたね』を絵本ではなく文字主体でナディアさんに仕上げて貰った。
 それにサラによるソース焼きそばレシピが入る。

 それにしても大人用短編が星新一とブラッドベリというのはいかにも俺らしい。一時期SFにかぶれましたというのがにじみ出ている。
 いや、本当に好きな短編は平井和正の『星新一の内的宇宙インナースペース』なんだ。でもあれだけを訳してもわけがわからないだろうから仕方ない。 

 あとはこれで交代しながら焼いて売るだけだ。最初は俺とナディアさん、フィオナという組み合わせ。フィオナが号外担当で残り2人が焼きそば担当だ。

 まずは肉と野菜を炒めるところから開始。野菜がしんなりして肉から油が出たところで麺投入。
 魔法で熱かけてほぐして混ぜて、いよいよソースの出番だ。じゅわっという音とともに香りが広がる。全体にソースが絡んでほどよく水気がなくなれば完成だ。

 ささっと小さい木皿に盛り付け、紅ショウガを添えれば完成。1回でだいたい10皿分くらいの感じだ。2皿分だけ別の皿にとってナディアさんとフィオナに渡す。

「念のため試食してみてください。どうですか」

「美味しいです。これなら値段の倍以上の価値はあると思います」

「やっぱり美味しいよね。この独特の甘みが癖になるかな」

 よしよし。
 とりあえずある程度ストックを作る必要がある。今作ったものは自在袋に入れて鉄板を掃除し、次のを炒め始める。
 おっと、最初のお客様。俺達よりちょい上くらいの男女カップルだ。

「この焼きそばって細麺パスタフェデリーニみたいなものかい」

「もう少し細くて腰が無い、好きな物焼きヴァストリベント等に使うパスタです。味はやや甘めになります」

「ひとつもらおうかな」

 おし、1丁上がり。販売担当のナディアさんがさっき作った奴を取り出してフォークを2本つける。

「あれ、ここって本来は本屋さんの売店なの?」

 女性の方が気づいたようだ。

「ええ。花の名前ノメンフロッスシリーズ等を出している梟《イービス》商会の売店です。よろしければこちらの号外はいかがでしょうか。短編小説3話とその焼きそばのレシピがついて小銅貨5枚50円になります」

 すかさずフィオナが売り込みをかけた。

「面白そうね。それじゃ1部お願い」

「ありがとうございます」

 よしよし、双方売れたぞ。ガッツポーズをこらえて俺は焼きそばを調理し続ける。やはり匂いが出る物は強いようだ。

 2回目の焼きそばを盛り付け終わって周りを見回す。
 周りにも様々な屋台が出ている。やはり食べ物系が一番多い。ラザニア、煮込み肉、小魚のフリッター、焼き栗、ソーセージ、チーズ、ワイン……
 まだ時間が早いからか客も少ない。とりあえずストックはこれでいいかなと思った時だ。

「もう少ししたらお客さんが一気に増える筈だよ。だから今のうちにガンガン焼いておいた方がいいと思うな」

 フィオナがそんな事を言う。

「何故だ?」

「ここの噴水前で10時から聖神教会の楽団が演奏会を始めるんだ。だからそろそろいい場所を取るため観客があつまりはじめる筈だよ」

 なるほど。ならもうひと頑張りするか。
 
 そんな訳で第3弾を焼き始めたら確かに人が増え始めた。フィオナの言う通りだ。ガンガン焼いては盛り付ける。

 お客さんも増え始めたら一気だ。色々売店で買って食べながら演奏を聴くのがここでのスタイルらしい。ナディアさんが大忙しという感じだ。
 俺も在庫が切れてはまずいから調理し続ける。

 フィオナの方も最初はあまり客がいなかったのだが、何故か少し経った頃から一気に売れ始めたようだ。小説だの読み物があるので待っている間の時間つぶしにちょうどいいらしい。
 それにしても本気で忙しくなってきたぞ。大丈夫かな、俺……

 ◇◇◇

 演奏会を聴く間もなく調理し続けて3時間。残り百食を切ったあたりで後半組と交代。
 ただ自由になったから祭を回るかというと……

「何か疲れたよね」

 フィオナの台詞に俺もナディアさんも頷く。

「立ちっぱなしがあんなに疲れるとは思いませんでした」

「歩いているより疲れるよな」

 そんな訳で店の奥、石畳にへたりこんでぐったりという感じだ。

 広場中央では1日中何かやっているようで、おかげで客がほぼとぎれずに来てくれている状態。ミランダの知り合いとかも来ているようで号外の方も結構いい感じだ。
 号外だけ買いに来ている客もそこそこいる。順調というか……思った以上の勢いだ。

 結局午後1時過ぎにはどちらも完売。全てを自在袋に突っ込み俺たちはさっさと撤退したのだった。

「来年はもっと材料も号外も仕込んだ方がいいかな」

「でも体力的に辛い気がしますわ」

「そうですね。今くらいがちょうどでしょう」

 そんな事を話しながら300腕600m位先の我が家へ帰還。全員疲れてばったりとお休みとなってしまったのだった。
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