上 下
9 / 11

この痛みは思うが故に(1)

しおりを挟む
 風日向さまのお部屋にて、木の実を静かに潰します。固い部分が音を立てたところで、淡い声が聞こえました。

「……もう薬の時間?」
「いいえ、まだで御座います」

 問いかけに対しての答えだけ返します。なぜ、薬の時間ではないのに部屋にいるのかは、今日も口にしませんでした。

 あの日から私は、風日向さまのお部屋で長い時間を過ごすようになりました。
 理由は一つ、風日向さまが心配だからです。

 お世話係さんは、用事がある時しかいらっしゃる頃が出来ません。一人の時間が訪れた際、再び命を絶とうとされないか、恐ろしくて堪らないのです。

「……そう」

 一度は合った目が、自然と反らされました。恐らく、風日向さまは訳を悟っておいでなのでしょう。

「篝、怒っていないの?」
「……悲しくはありますが、怒ってはおりません」
「復讐したっていいんだよ? 僕は悪人なのだから殺しても誰も咎めない」

 直接的な単語に刺激され、瞳が急激に熱を帯びます。潤みを抑えるべく、ぎゅっと目蓋で蓋をしました。
 真実を知ったときでさえ、現れなかった怒りが急上昇します。

「ご主人様は死にたいのですか!?」

 これから何十年も隣にいたい――願いはそれだけなのに。風日向さまは私の前から消えたがる。これほどの苦しみがあるでしょうか。

 風日向さまの瞳が、衝撃を小さく体現されています。丸くなった目は、一瞬にして悲しく陰りました。

「……そっか、そうだよね。殺してもらおうなんて都合がよすぎた。たくさん罪を犯したんだ、苦しんで死ななきゃ顔向け出来ないな」
「そう言うことではございません……!」

 悪夢と部屋の行き来ばかりで、気が変になってしまったのでしょう。
 私の知らない風日向さまは、見れば見るほど私の胸を引っ掻きました。目で見えたのなら、血だらけになっていることでしょう。

 少しして、お世話係さんがいらっしゃいました。風日向さまは、お薬を飲まずに眠ってしまわれました。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

縁仁【ENZIN】 捜査一課 対凶悪異常犯罪交渉係

ミステリー / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:267

可笑しなお菓子屋、灯屋(あかしや)

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:958pt お気に入り:1

紅い砂時計

恋愛 / 完結 24h.ポイント:390pt お気に入り:2,680

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,261pt お気に入り:1,465

あなたの世界で、僕は。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,875pt お気に入り:57

夫の裏切りの果てに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:1,251

処理中です...