春に落ちる恋

まめ太郎

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 俺は将仁さんから貰ったマフラーをたて、首元を覆った。

「春…色々悪かったな。もう俺、本当に大丈夫だから。明日から職場にも復帰するし」
「そっか。よかった」
 俺は微笑みながら、ココアを一口飲んだ。

「お前、彼氏とはどうなんだよ?」
 唐突な問いにココアをむせそうになる。

「どうって?」
「だって休みの度、俺と会ってるだろ?デートとかしなくていいのか?」
「今、むこう仕事で忙しいし」
 俺は目を逸らしながら答えた。
 真司さんは缶コーヒーをベンチに置くと、手を組み、上体をかがめ、のぞき込むように俺を見た。
「なあ、春。このまま俺と付き合わないか?」

 真司さんの思いもよらない告白に手に持っていた缶が滑り落ちる。
 音を立てて落下したそれを真司さんが拾い、自分の横に置いた。

「野間たちとのことに責任を感じているなら、そういうのやめて」
 俺は厳しい顔で早口に告げた。
「馬鹿。罪悪感だけで、男いるって知ってる奴、口説けるかよ。…俺はお前に出会った時からずっと、春のことが気になっていた。いや、好きだったんだ。ただ、あの頃俺もガキで、素直にその気持ちが認められなかった。それでも再会して確信したよ。俺にはお前が必要だって。春、恋人がいるのは分かってる。でも俺と付き合う未来も一度考えてみてほしい」
「ごめん。無理」
 俺は反射的にそう答えていた。

「…そうだよな。俺と居ると嫌でもあの過去を、思い出しちまうもんな」
 自嘲の笑みを浮かべながら、真司さんが言う。
「それは違う。過去のことを引きずって、真司さんに返事をしたわけじゃないよ。俺、確かに今まで、過去の傷は消せないと思ってた。でも、今の彼といると少しずつ自分の傷や痛みが…なくなりはしないけど、薄くなっていくように感じられるんだ。だから…ごめん」
「いや、俺こそ突然ごめん。…なあ、春。もし俺が、お前が今の恋人と出会う前にちゃんと告白できていたら、付き合ってくれたか?」
 俺は口を開き、閉じ、微笑んだ。
「仮定の話でも、あの人を裏切るようなこと、言いたくはないんだ」
「そっか」
 真司さんは微笑んだ。

「春、あの手紙持ってるか?真美から貰ったっていう」
 俺は頷くと、コートのポケットから手紙を取り出した。
 真司さんは渡されたそれを細かくちぎり始める。俺はその行為を呆然と見ていた。
 真司さんが立ち上がり、掌にそれを載せる。すぐに風がさらい、舞い上げた。

 真司さんは振り返ると、俺ににっこりと笑った。
「これでお前を縛るものは何もない。好きな所へ行きな」
「でも、真司さん…」
「俺は大丈夫。ここに、真美がいるから」
 真司さんは自分の胸を人差し指でとんと突いた。
 俺はすうと涙をこぼすと立ち上がった。

「さようなら」
 いつか同じ言葉を彼に言ったことがあった。その時とは違う感情で別れを告げられたことに俺は微笑むと、振り返らずに歩き始めた。
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