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番外編
番外編 アイザックの苦い過去 5
しおりを挟むアイザックがクラウディアへ愛を告白してからというもの彼女の心の中は嬉しさ半分悲しさ半分と言ったやや複雑な心境だった。
彼が彼女の事を愛しているという気持ちに嘘偽りはない。
それは彼女自身も良く理解していたがっ、如何せん彼と彼女の間には越えられない身分の差――――というものが存在していたのだ。
無論それは彼女が伯爵家へ養女として縁付けば然程問題ではない。
実際彼女に告白する前にアイザックは彼女が断りにくい環境……つまり外堀を埋めていたのだ。
先ず彼女の両親と懇意になりそれとなく自身の気持ちが如何に真剣なものであるかを彼女に伝える前に彼女の両親へと打ち明けていた。
そして彼女の叔父であるへフリー伯爵夫妻へ彼女の養子縁組の依頼。
勿論伯爵夫妻は二つ返事で快諾してくれたのだ。
次に彼の父、現ミドルトン公爵への承諾――――だ。
しかしアイザックとよく似た面差しの公爵もクラウディアが伯爵家の養女となるのならば問題ないとあっさり了承してくれたのだ。
以前より幾ら縁談を持ってきても見向きもしない息子が漸く妻となる女性を見つけたのだ。
無理やり婚約を持ち掛けても何時も難癖をつけては上手く交わしていた息子だったからこそ、公爵は今回の事を我が事の様に喜んだのだ。
そうして外堀を埋めてから最後の最後にアイザックは天守閣にいるクラウディアへ王手を掛けたのだった。
アイザックの絡め手によりクラウディアは現実面ではなす術もなかった。
このまま彼を心の思うままに受け入れてもいいのかとも思う気持ちもある。
いや実際彼に惹かれているのだ。
ただ素直になればいいだけの事……なのだがこうも見事に外堀を埋められてしまっては、優しい性格のクラウディアだが一方で頑固な一面を持っていたのだ。
そんな彼女が素直になるにはとても難しいものなのである。
返事は一応保留にして貰っている。
何でも即答は良くないと考えての事だがそれもアイザックにしたら織り込み済みだったのだ。
「沢山考えるといいよ、でも僕はディアを放す事なんてしないからね」
「…………」
「悩んでいる顔も可愛いよディア」
そう言ってアイザックは彼女の頬へ手を伸ばす。
彼の指がクラウディアの頬に触れるか触れない所で彼女は思わずびくっと身体を強張らせた。
「あ、ごめんね、あまりにもディアが可愛過ぎたから思わず触れたくなってしまった」
アイザックは彼女の瞳を熱い眼差しで見つめたまま誠実に謝罪をする。
そこには何時もの軽い遊び人の彼の姿はなかった。
まだ若くとも誠実な紳士としての振る舞いだったのだ。
そんなアイザックにクラウディアは面映ゆい想いを胸に抱いている。
怖くて、嫌いで身体が強張ったのではないっっ。
ただ、吃驚したのと少し……トキメイテしまったの。
彼に傾いていく想いを上手く表現出来ないままその日は何もなく家へと送られて行った。
彼もまたそんな彼女の心を慮ってか急いで返事を引き出す事もなく、彼女が困らない程度に話し掛けてきちんと自宅まで送り届けたのだった。
その姿は周りから見れば仲の良い恋人同士にしか見えず、アイザックにとってクラウディアという存在が如何に大切な存在かは見ている者には直ぐにわかったのだ。
彼らとすれ違うものは皆その姿を微笑ましく見送っていた――――がしかし、遠く離れた所で隠れる様に1台の黒い馬車が彼らの様子を窺うように停まっていた。
「――――絶対に認めませんっっ!!」
黒いカーテンからそっと覗いていた者は持っていた扇をバキッと力任せに折ってしまった。
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