大好きな歌で成り上がる!~元孤児でも、歌うことは諦めません~

kurimomo

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第一章 孤児院編

ブラッドムーン

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「グオーーーー!!」


咆哮の主は、今まで狩ってきたイノシシとは比べ物にならないほどの大きさだ。私が知っている熊とは若干異なるような気がするけど……。
いや、今はそんなことどうでもいいか。目の前の獣が、私たちのことを餌として認識していることが直感で感じられた。

熊の目を見てゆっくりと後ろに下がる……なんて、そんなことが通用しそうには全く感じられない。誰かが囮になって、時間を稼ぐ? それとも戦う? 

……どちらにしろ、私が前に出ないとダメね。

私は短剣マイクを取り出し、構えた。
私は前世も含めて、武術や剣術などの訓練は何一つ受けていない。しかし、前世から何度も練習したマイクさばきとこの身体の不思議と高い身体能力のおかげで、今まで狩りを行うことができた。……まあ、この相手に通用するとは思えないのだけど。


「私が時間を稼ぐよ。ウィルはそのすきに、クルルお兄ちゃんを連れて逃げて!」

「待つんだ、パイル。俺が1番の足手まといだ。俺が囮として残るから、お前等は逃げるんだ!」

「問答をしている時間はないよ! ウィル、お願いね。」


私は、熊の意識を私に向かわせるように音を立てて、反対方向へと駆け出した。幸いにも、熊は私へと意識が移ったようで、私を追いかけてきた。

……よし、私についてきた。ウィルたちも……よかった。下町の方に向かっているみたいだ。戦うとまではいかなくても、2人が逃げ切る時間を稼いでやり過ごせれば……。大丈夫、歌姫の体力を甘く見ないでよね!



しかし、私の目論見は甘かった。私は逃げ場のないところまで追い込まれてしまった。目の前の熊は、私を追い込むように適度な距離を保って追いかけてきた。そして、逃げ場のないこの場所まで誘いこまれてしまった。……まるで、知性があるかのように。

こうなったら仕方がない。戦って、生き残ってみせる!
私が短剣を構えた瞬間、何かが熊に向かってとんできて体に直撃した。見ると、小さな石が熊の体に直撃したようだった。

「おい、デカブツ! 俺が相手だ!」


声のした方を見ると、そこには、息を必死に吸い込むように肩を上下させたウィルが立っていた。……あれは、クルルお兄ちゃんが身につけている短剣じゃないの。もしかして、戦う気なの!?


「ちょっと、ウィル! 何をしているの! さっさと逃げなさい!」

「お前こそ、1人で格好つけてるんじゃねーよ!」


そうこうしているうちに、石を当てられて激高した熊が、ウィルに向かって前足を振り下ろした。


「ウィル!」


って……え?
私の心配をよそに、ウィルはギリギリではあったが、熊が振り下ろした前足を避けたのだ。偶然? いや、偶然にしては迷いのない動きだった気がする。だけど、本当にギリギリだ。まるで、反応はできているが、身体が追い付いていないようなそんな感じだ。

熊も避けられたことがかんにさわったのか、今度は連続で前足を振り下ろした。しかし一方で、ウィルはギリギリながらも全ての攻撃を躱した。

偶然ではないの……? 運動神経や反射神経も鍛えられるような環境では、今までなかったはずだ。ということは、彼が生来持ち合わせているセンス、才能ということだろうか。

だけど、ギリギリでかわすばかりで反撃に転じることができない状態だ。……ここは、私が、私が何とかしなくては。不意打ちで攻撃する? いや、あの攻撃をかわせない私では、かえってウィルの邪魔をしてしまう。私にできることは、できることは……。

そうだ、私にはマイク(短剣)捌き以外にも戦う武器があるじゃないか。
私は胸に手を当てて、大きく息を吸い込んだ。


『果たせるはずだと信じていた約束は 遠く遠く 非現実的な君の言葉は零れ落ちていく』


私が歌いだすとその瞬間、一瞬だけ熊が硬直したのがわかった。そのすきを突くように、ウィルが熊の右前足に短剣を突き刺した。


『私には関係ない そう、無関係だ 他人事のように眺めているだけだった』


攻撃を受けた熊は、その怒りから我を忘れたように暴れ出した。ウィルは弾き飛ばされた短剣を回収した後、様子を窺うように距離をとった。


『何度も繰り返されていく 飽き飽きした毎日に 正体の分からない苛立ちの壁が迫りくる こころが壊れていく 何もかもが壊れてしまうのなら 果てる覚悟で分厚い壁をぶち破っていくだけ』


理由はわからない、原理もわからない。私が言葉を紡いでいくたびに、熊は苦しそうにそして、何かに縛られるようにその場から動かなくなった。そして、それに呼応するように、私の首元の石が熱を帯びていくのがわかった。


『心に最大限の熱で纏って ぶち上げていこうぜ 手足にまとわりつく鎖なんて引きちぎって 引きちぎった鎖で壁をぶち壊していこうぜ 向こう側が見えるその瞬間までは絶対にあきらめない 誰も壊せない壁なんて私が壊して見せるから だから届け 世界の果てまでも breaker’s high』


ドンッ! 
私が歌いきると、熊の巨体は地面と倒れ込んだ。そして、歌が終わるのとこちらも同時に、私の首元の石の熱がゆっくりと冷めていくのがわかった。

なに、一体どういうことなの? 院長先生には、この石が熱を帯び始めたら一切の行動を止めるように言われていたのだ。もしかして、私が歌うのと何かが起こって、それに石が反応しているの? だけど、普段は歌っても何も反応しないし……。


「おい、パイル! 今のうちに町まで逃げるぞ!」


私がぐるぐると考え込んでいると、ウィルが走り出すのを促すように、腕を引っ張った。

「う、うん……。そうだね。」

私とウィルは、熊がすぐに起きないことを祈るように、全速力で下町へと駆け出した。みんな、無事だといいけど……。


少しの間走っていると、下町の兵士と思われる男性が2名こちらに向かってきた。兵士は、町の警備をしたり、門の警備を行ったりしている。


「お前たち大丈夫か! 孤児院の者から、子どもが熊に襲われていると聞いてきたのだが……。熊はどこにいるんだ?」

「えーと、その、あの……。」

どうしよう。
私の魅惑のボイスで堕としましたなんて言えないし……。そもそも本当のことを言っても、アタマのおかしい子供だと思われて終わりだろうし……。


「何とか、熊から逃げてきたんだ。途中でもう1体熊があられたからもうダメかと思ったんだけど、俺達のことはどうでもよくなったみたいで、2体で戦いだしたんだ。」


まるで事前に回答を用意していたかのように、ウィルが作り話を兵士たちに話した。一瞬だけ視線が交錯したが、きっと俺に任せろと言いたかったのだろう。私は口にチャックをした。


「冬ごもりの餌を求めて、こんな浅い森まで出てきたんだろう。この時期の熊は、気性が荒くなるからな。餌をとられると思って、熊同士で争いだしたんだろう。」

「ああ、そうだな。そろそろ、森への立ち入りを禁止する必要があるかもな。報告書に書いておこう。……それにしても、坊主たち運がよかったな。しばらく、森へは近づいてダメだぞ。」

「ありがとう。」

「じゃあ、行こうか。孤児院のやつらも心配しているだろうからな。」


そうして、兵士たちの先導の元、私のウィルは下町まで戻ってくることができた。下町の門のところで待っていてくれたみんなは、私たちの姿を見ると駆け出して、私たちを抱きしめてくれた。クルルお兄ちゃんも泣きながら「よかった」と言ってくれたけど、あんな危険なことは二度としないようにと同時に怒られてしまった。院長先生にも怒られるかな……。
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