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第十一章 命を背負う覚悟

11-48 あの頃の私と今の私

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 会議の内容は、大まかにまとめられ、とりあえず伝達事項を一端持ち帰って周知することになった。
 しかし、私にしか見えていない【混沌結晶カオスクリスタル】に関しての情報は、このメンバーだけにとどめておく事にしたようである。
 他の人たちが見る事も出来ない物を教え、いたずらに不安を煽ることもないだろうというのがリュート様たちの判断だ。
 私もそれには納得していたのだが、リュート様は気にしていたようで、あとで私に「見えない恐怖って意外と精神に来るから……ごめんな」と、説明しながら謝罪をしてくれた。
 こういう気遣いが嬉しいし、私に甘いなぁと思うと同時ににやけてしまったのは内緒である。

「ルナ様、そろそろ昼食の時間になるっすよー!」

 会議の話がまとまったと判断したのか、タイミング良くモンドさんが厨房から声をかけてくれた。
 とても大きく通る声なので、全員の視線を集めていたが、それもどこ吹く風だ。
 良い笑顔で、焼き上がったばかりのパンが詰まっている木箱を此方へ見せてくる。
 パンが焼けた良い香りに、緊張した面持ちで会議をしていた人たちの表情が緩んだ。

「お昼ご飯も楽しみですねぇ」
「腹も減ってきたし、それぞれ持ち場に戻って、今決まったことを伝達しつつ、新たな情報が無いか調べておこう」
「そうだね。黒の騎士団はリュートに任せて、俺はポーション製造の方をフォローしてくるよ」

 ロン兄様の言葉にリュート様は頷き、一端解散だと全員が席を立って大食堂を出て行く。
 それで会議が終わったことを知ったキャットシー族の子供達がパタパタ走ってくる。

「召喚獣様! ボールもお渡ししますにゃ~!」

 大きなボールを持ってきたキャットシー族の子供達は、よほど楽しかったのか、耳をピンッと立てて、上機嫌に尻尾が揺れている。
 モカに差し出されたボールを回収し、その中身を取り出して確認してみた。

「うわぁ……沢山出来ましたね! すごいです!」
「楽しかったですにゃ~」
「こういうお手伝いできて、幸せ……にゃっ」
「たのしいにゃ~ん」

 キャットシー族の子供達がきゃっきゃはしゃぎながらボールを渡してくれるのが嬉しくて、1人1人頭を撫でていると、何故かチェリシュが最後尾に並ぶ。
 ボールの代わりに真白を手渡され、面倒を見てくれていたこともあり「ありがとう」と言って頭を撫でると、とても嬉しそうに、にぱーっと笑ってくれた。
 先ほどの影響もあって真白はまだ溶けていたが……まあ、そのうち戻るだろうと、リュート様の頭上へ戻した。

「ルナ……コイツの定位置は、俺の頭上じゃないんだが?」
「真白が一番気に入っているところですから」
「ルナは?」
「私は、リュート様のポッケが定位置です。あ、この前のポーチも良い感じでした」
「ふむ……それなら……まあ、いいか」

 何か納得したように頷いたリュート様は、深く頷く。
 溶けていても、リュート様の頭上から落ちない真白は凄いなぁ……と考えながら、厨房へ戻った。

「ルナ様、無理をしていませんか?」

 即座にダイナスさんが私の顔を覗き込むが、少し休んだので調子が良いくらいだ。
 ただ、体調とは別の問題があった。
 ベオルフ様が力を無理矢理解放したことの余波で、少しだけベオルフ様との繋がりに不安定なモノを感じている。
 それ故に、何となく心細くて仕方が無い。
 
 実際に彼が、原因となった事件が起こって力を解放するのは、もっと後だ。
 その時に、私が手助けの出来ない状態になっているとユグドラシルは言っていた。
 おそらく、夕刻前――昼過ぎから夕刻までに、何かあるのだろう。
 
「リュート様……昼過ぎから夕刻に、何かあると思われます。もしかしたら、襲撃があるかもしれません」

 チェリシュを抱き上げて私の後ろへ着いてきていた彼に声をかけた。

「何か……そう思う出来事があったのか?」
「ベオルフ様が無茶をしました。時間軸は、夕方頃です。その時に、私は対応出来ない状況だと、ユグドラシルが言っていたので……」
「そうか……ルナの料理で回復した直後を狙ってくるほど馬鹿じゃねーから、タイミング的に夕刻前が一番危ないな。時間帯を絞れるだけでも助かる。そろそろヤンも戻ってくるだろうから……色々と手を打たないとな」

 リュート様は時間を確認して、私に感謝の言葉を述べた。
 確定とは言えないが、一番危険視しているリュート様がフルパワーの状態を狙うとは考えづらいというのは判る。
 前回、彼らは万全の準備をしていたのに、リュート様1人にしてやられたのだ。
 知能の高いラミアたちは、彼の状況を一番気にしているはず――

「フルパワーのリュート様に喧嘩を売るとか、自殺願望でもあんのかって言いたいよな」
「本当にそうだよなぁ……俺だったら、絶対に嫌だ」
「いくら上の命令でも、やらねーわ」

 元クラスメイトたちは言いたい放題であるが、リュート様は軽く聞き流す。
 軽口をたたき合う様子を見ながら、本当に仲が良いなぁ……と笑ってしまった。
 とりあえず、全員が戻ってくる前に昼食を食べられるようにしておこうと、私は腕まくりをした。

「会議の内容を教えておいてくれって言われたが……どうせ、お前らのことだ――会議の内容は聞いてたんだろ?」

 リュート様の言葉に驚き、私は振り返ると、彼の向こう側にいる元クラスメイトたちがニヤニヤしている事に気づいた。
 よくよく見ると、厨房の中央の天井部分に、小さな光球が出現している。
 しかも、光源というわけではないようだ。
 
「あ、やっぱり、バレてました?」
「えー? 作業しながらですけどー」
「集中して聞いてなかったっすね」

 そんなことを言いながらも、全員が意味深に笑っていた。
 どうやら、しっかりと聞き耳を立てていたようだ。

「え? でも……そんなことが出来るのですか?」
「時空間魔法に似ているんだが、コイツの家に伝わる加護が便利でさ」

 そう言って、茶色の髪の人懐っこいわんこをイメージさせるような青年を指さす。

「説明するのが難しいんだが……この真白を物体Aとするだろ? この物体Aに、何かを収集させ、物体Bに伝達することが出来る加護を持つんだ」
「収集……しかも、伝達も出来るのですか」
「そういうこと。今回は、音を収集させたんだよな?」
「まあ……そういうことです」

 ということは――情報収集なんてお手の物ということですか?

「リュート様にはバレてましたか……」
「前より上達してるよ。俺以外は気づいてなかった」
「よーしっ! これで、情報収集が捗るってもんですよ!」
「練習した甲斐があったよな」

 いえーい! と仲間内でハイタッチをしている姿を眺めながら、リュート様は苦笑した。

「でも、バレるなよ? 後半部分はかなり乱れがあったから、制限時間を設けるようにしたほうが良いな」
「う……それもバレてた……」
「しかし、お前ら……怖い物知らずっていうか、何て言うか……」
「えー? 俺ら、リュート様の部下ですしー?」 
「そうそう、俺らがやらずに、誰がやるって話ですよ」
「説明の手間も省けて、万々歳ですよね?」
「へいへい、助かったよ。……で? お前らの意見は?」

 リュート様は、チェリシュを抱え直して厨房にいる元クラスメイトたちを見渡す。
 全員、手を止めることなく、まるで雑談でもするように口を開いた。

「先ほどおっしゃってた【混沌結晶カオスクリスタル】でしたっけ? それはルナ様に見て貰う必要があるから、俺らで班分けをして護衛します」
「俺は、海側も警戒したほうがいいって思ったな」
「いや、海側は定期的に巡回するだけにしよう。それよりも、バリスタだよ。アレの対応どうするって話じゃねーか?」
「魔法科と宮廷魔術師たちが何とかするだろ?」
「何とも出来なかったから、壊滅しそうだったんだろうが……」

 色々な意見が飛び出す中、私はそれを聞きながら焼き上がっていたアップルパイに添えるための、アイスを別に用意したグラスへ入れていき、溶ける前に収納する。
 それが終わったら、次は薬味を、それぞれ小さな器に入れ、ワンプレートになるようセッティングした。

「そこは、俺が魔石に術式を刻んで、結界を張ろうと思う。幸い、火の対策はディードリンテ様がしてくれたしな」
「じゃあ、午後からはリュート様とルナ様の部隊を編成して……」
「いや、三部隊だ」

 そこで、リュート様が口を挟む。
 意見を出し合っていた彼らも、すぐに口を閉ざして耳を傾ける。

「もう一部隊は、ヤンと行動してもらうことになる。俺のところは、ジーニアス。ヤンのところはモンド、ルナのところはダイナスが担当してくれ。他は、判ってるよな?」
「うーっす、そういう配置なら、俺はルナ様だ! ラッキー!」
「ずりぃ……」
「俺はヤンかぁ……やべぇ……森の中、どんだけ走るんだよって話だろ?」
「おめでとう、バリスタ破壊部隊!」

 あ……そういうことか――と、私は彼らの会話を聞いていて納得した。
 今の説明が少ない会話で、それだけのことを決められるのは、ある意味……凄い。

「えっと……つまり、リュート様が城壁防御強化部隊で、ヤンさんが特殊遊撃隊で、私のところが探索部隊ですか?」
「んー、少し違う。ルナのところは、砦内の探索だな。外部は騎士団や白の騎士団が動いているから、内部に潜んでいないか調べて欲しい」
「内部……」
「相手は、搦め手で来るタイプだ。1つのことが解決しても、それは次の手を隠すための策かもしれない。ルナは、俺たちに見えない物が見える。相手は、それを知らない。つまり、見えないだろうと警戒していない可能性が高いんだ。砦内部で、異変があったら、どんな些細なことでも調査して報告して欲しい」
「調査……」
「本当は危険だからさせたくねーけど……ルナを信用しているからさ。ダイナスのチームを付けるから、おそらく大丈夫だとは思うけど……」
「リュート様……ありがとうございます。信じてくれて……感謝します」
「ただ、くれぐれも注意してくれ。何か異変を感じたら、先ずはダイナスに報告だ」
「はい!」
 
 リュート様の言葉に高揚感を覚える。
 今まで守られているだけだった感覚が強かったけれども、リュート様は、私の事を認めてくれているのだと考えるだけで胸が高鳴った。

「チェリシュも、何かお手伝いしたいの」
「チェリシュは、引き続きロヴィーサの手伝いを頼む。どうやら、色々とポーションを作っているみたいで、材料が足りないんだってさ」
「はっ! それは大変なの! チェリシュが、いっぱい提供してあげるの!」
「真白ちゃんは~?」
「真白は……んー……そうだなぁ……俺かチェリシュ。もしくは、ルナと一緒に行動……かな? そこはお前の判断に任せる。そこそこ勘が鋭いから、好きにさせていると上手くいきそうだしな」
「じゃあ、その時々で考えて動くねー」
「まあ、今は溶けてろ」
「は~い」

 リュート様の上で、デロデロに溶けたアイスクリームのような真白を見て、私とチェリシュは顔を見合わせて笑う。
 何だかんだ言いながら、2人は仲が良い。

「ガーリックトーストも良い感じに焼けていますし、野菜たっぷりのスープも良い感じですね。あとは、薬味で好みの味にして食べていただいて、デザートのアップルパイはアイスを添えて……という感じでしょうか」
「贅沢だよなぁ……すっげー体が温まる上に、色々な味が楽しめて嬉しい! 味に飽きないのが良いよな」
「リュート様ほど食べる方でしたら、飽きてしまいそうですものね」
「いや、ルナの料理は飽きない。大丈夫、絶対に飽きないから」

 力説してくるリュート様に微笑み返していると、ぴょこりとカウンター越しにモカが顔を見せた。

「盛り付け、しますにゃ~?」
「あ、はい。見本は作りましたので、こんな感じにセッティングして貰えますか?」
「はいですにゃ~!」

 見本を見て、モカは目を輝かせる。
 ヌルがモカの様子を微笑ましそうに見ながらも、他のキャットシー族の子供達を相手にして遊んでくれている。
 聖泉の女神ディードリンテ様が結界を張りにいったので、引き受けているのだろう。
 
「聖泉の女神ディードリンテ様は、大丈夫でしょうか……」
「多少は無理をしているし、消耗も激しいだろうが……ルナの料理を当てにしているところがあるんじゃないか? 俺もそうだし、ここにいる連中ほぼ全員が、そんな感じでギリギリの戦いをしている。だから、ルナに感謝しているんだ」
「そうっすよ。ルナ様の料理があるから保てているっす」
「俺らの活動源だよな」

 私の料理が役に立っている――頼りにされているのが嬉しくて、思わず頬が緩んだ。
 この世界に来るまでは、無力な自分に嫌気がさしていた。
 此方へ来てからも、暫くの間は変わらなかったが……今は違う。

 そういえば……最近、心を蝕む、あの感覚を抱いていない?
 ――いや、確かに違和感はある。
 しかし、心の大半を蝕まれ、意識を侵食され、乗っ取られるという事が無くなったのだ。
 心はリュート様たちが満たしてくれて、意識は常にベオルフ様と繋がっている感覚があるからだろうか。

 これは、とても良い傾向だと、私は微笑んだ。

「皆が信じてくれるから……私はもっと頑張れそうです」

 微笑んで言った私の言葉が嬉しかったのか、それとも別の何かがあったのか。
 全員が固まってしまう。
 どうしたのだろうと心配になって問いかけても、彼らは暫く必死に首を左右にふるだけで、答えてくれることはなかった。
 
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