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第十三章 グレンドルグ王国

13-19 此方では初めての女友達

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 オーディナル様が張り切ったせいで、アルベニーリ騎士団長の執務室に簡易キッチン……というには、やや立派すぎる物が設置された。
 全てが終われば撤去してくれるそうだが、このまま残していたら大騒ぎ間違いなしである。
 ここで私がやるべきことは、栄養や食材の入手難易度を考えたメニューだ。
 野菜は手には入りやすいが、動物性タンパク質は塩漬けの肉類になる。
 しかもそれは、塩っぱかったり硬かったりと散々だ。
 だが、細かく刻んでトッピングすれば、良いアクセントになるだろうと、あえて具材としてチョイスしておく。
 チーズも比較的入手しやすい事を考えたら、ピザが一番作りやすくてアレンジがしやすい料理であった。

 ピザについて、食材や調味料などの説明を加えながら生地やソースを作り、トッピングの具材を何パターンも考えていく。
 さすが、私のアシスタントを幾度となくしてくれたベオルフ様は手際が良い。
 食材をカッティングして、私の作業がしやすいようにフォローしてくれた。
 皆の視線が私の手元へ釘付けになっているが、珍しい調理法では無いと感じているのは私だけなのだろうか。
 いや、そもそも、貴族なのだから調理過程を目にしたことが少ないのかも知れない。

 そんなことを考え、いつもの調子で作っていたらベオルフ様からストップがかかった。
 
「ところで……ルナティエラ嬢。いくつ作るつもりだ?」
「え?」
「さすがに、その数は……ここのメンバーで食べても余りあるぞ」
「し、しまった! いつものクセで!」

 ここに、リュート様はいない。
 いつもの調子でガンガン作っていたら、とんでもない量になるところであった。
 いや……既に、とんでもない量になっている気がする。
 リュート様は、一人で何枚もペロリと平らげてしまうし、遠征中の彼は、いつもよりも食べる量が多かったので感覚が麻痺していたようである。
 まあ、今回は魔力の消費量がとんでもなかったので、食べる量が増えるのも納得だ。
 
「あ、余ったら、ベオルフ様が食べてください」
「いや……私は自分で作れる。ルナティエラ嬢の家族に託すべきではないか?」

 あ……と、私は言葉に詰まる。
 貴族の令嬢らしからぬ料理の腕前を、両親の前で披露してしまった事に、このときになってようやく気づいたのだ。
 もしかしたら、「はしたない」と怒られてしまうかもしれない。
 そう考えるだけで萎縮してしまう。
 しかし、ベオルフ様は私の背中を押すように、優しい声で「ほら」と促す。
 まだまだ身構えてしまうけれども……。
 それでも、少しずつ改善していこうと決めたばかりではないか――と、自分を奮い立たせて私は口を開いた。
 
「あ……えっと……わ、私が作った物で……お口に合うかわかりませんが……美味しいと思えたら、遠慮無く持って帰ってください」
「ああ、それはとても楽しみだ」
「ありがとうルナ。味わって食べさせていただくわね」

 恐る恐る発した言葉であったが、両親はとても嬉しそうに弾んだ声を上げる。
 そして、私が必要以上に怯えなくても良いように気遣い、優しい笑顔を浮かべて接してくれた。
 それが嬉しくて、他には無いかと探し、初めて【神々の晩餐】スキルが発動して完成したハーブソルトを思い出す。
 ストックがあったはずだと、ポーチからハーブソルトが入った可愛らしい硝子瓶を取り出して、それを両親へ差し出した。
 
「……わ、私……料理は得意なんです。だから……えっと……こ、これも、どうぞ。ハーブは適量摂取すると体に良いのです。フェリクスの体にも良いと思いますから、料理に使ってください」

 慌てて取り出したため、小瓶は粉まみれになってしまい、とても手渡せる状態ではない。
 慌てて粉を拭おうとした私の手と小瓶を、母は両手で包み込んだ。

「ありがとう……ルナ。フェリクスも喜ぶわ」
「ありがとうございます。お姉様」

 えへへ……そっか、そう……ですよね。
 必要以上に恐れることなど、何も無いのだ。
 両親が知らないように、私も両親の事情を何も知らない。

 先程、料理中に以前の毒殺未遂の話がチラリと出たのだが、それを両親は知らなかった。
 そして、私は両親が知らなかったことを、このとき初めて知ったのだ。
 こうやって、黒狼の主ハティの陰謀で、私たちはすれ違ってきた。
 だから……少しずつ、一歩ずつ歩み寄れたら良いな……。
 ここまでの道を指し示してくれたのは、他でもないベオルフ様だ。

 本当に助けられてばかりだ――

 感謝と申し訳なさが心に募る。
 しかし、彼が私を見つめる目は、穏やかで優しい。
 こうして、いつも見守られていたような気がするのに、それがどこであったか思い出せない。
 だが、それは些細な事だと、私は彼を見上げて笑った。
 こうして確実に一歩ずつ歩み寄ることが出来ている現状が、何よりも幸せだと感じる。
 それと同時に、リュート様を笑顔にする料理が、両親達にも認めて貰えたことが嬉しくて仕方ない。
 このことを早く、リュート様にも知らせたい。
 彼はどんな顔をするだろうか……そう考えるだけで胸が熱くなる。
 驚く? 喜ぶ? よくやったと……褒めてくださるだろうか。

 意識体とは言え、元の世界へ戻り、肉体で動いているのと同じように活動出来るこの状況は異常だ。
 しかし、両親とのわだかまりを解消するために必要な事で、この国をより良くする一手を担えたことが嬉しく感じる。
 この世界からリュート様のところへ召喚されたときは、この国に対して絶望しかなかった。
 だが、今は違う。
 狭くなっていた視野をベオルフ様が広げてくれた。
 オーディナル様が導いてくれた。
 ノエルや紫黒の助けもあって、初めて知る事が多く、私は――やはり、この国が好きなのだと気づかされる。

 周囲を見渡せば、皆が出来上がったピザを夢中で食べていた。
 良かった……これなら、みんなも作れるでしょうし、受け入れられそうだと胸をなで下ろす。
 塩っぱい系だけではなく、チーズに蜂蜜という甘塩っぱい系も出したのが良かったのか、甘い物好きな人には好評である。

 ピザの説明や簡単なレシピを書いて渡し、暫くは和やかな雰囲気で会話を楽しんでいた。
 まあ……ベオルフ様が、何やらいらないことを考えて、失言をしてくれたのだけれども、いつものことだと受け流す。
 隙あらば、私の事をからかってくるのはいただけない――ような、ソレが無いと寂しいような複雑な心境だ。

 だからといって、私を『運動音痴』だと決めつけるのは、どうかと思うのですが?

 納得がいかずに不満げな顔をしても、ベオルフ様は楽しそうにしているだけである。
 本当に困った人もいたものだ。
 そうこうしているうちに話は変わり、ベオルフ様が持つ洗浄石の話題となった。

 ふふふ……あの便利なアイテムをより素晴らしい物へ進化させたのは、何を隠そう、リュート様なのです!
 胸を張って宣言したくなったが、そこはグッと堪える。
 さすがに、いきなりリュート様の話をされても混乱するだけだろうと判っていたからだ。
 
 むー……リュート様の素晴らしさを、いつか皆にも知って欲しいですね。
 しかし、洗浄石が素晴らしい物だということは、私もよく判っていた。

 実際に、リュート様からいただいて使っているが、何よりも手放せないアイテムと化している。
 手が汚れたとき、汗をかいたとき、ちょっとした食事のあとなど、洗浄石を使えば全て解決するのだ。
 トイレにトイレットペーパーが無い生活にも最近慣れてきたところだし、日本の誇る温水洗浄便座も目ではない――というより、根本が違い過ぎて比べるのも可哀想になる。
 地球には科学があるように、リュート様の世界には魔石工学があり、魔法だから成せる事も多い。
 特に環境に配慮した技術が多く、科学的に証明するのは難しい力だって存在する。
 まあ……神の力が近く、その奇跡を当たり前のように享受できる世界なのだから当たり前なのだが――
 
 この世界にも魔物が生息するようになれば、リュート様の世界のように汚染や環境問題が、いずれ浮き彫りになるだろう。
 しかし、不浄を好んで集まる魔物を対処したくても、この世界はそもそも『衛生観念』が乏しい。
 手始めに、上下水道の管理やお風呂などが思い浮かんだ。
 だが、すぐに実装することは難しい上に、技術提供できるところが……と、そこまで考えて気づいた。

「エスターテ王国は、温泉が有名なんでしたっけ?」

 私の問いかけに、アーヤリシュカ第一王女殿下が目をパチクリさせてから頷く。

「よく知ってるわね。そうなの。温泉がいいのよ……あたたかいし、体がほぐれるというかなんというか……」
「お湯につかると体の筋肉がほぐれますし、体の汚れも落としやすいですし、泉質によっては美肌効果も期待できますから」
「泉質?」
「はい。温泉のお湯には様々な成分があります。この温泉だと傷の治りが早いなんて話を聞きませんか?」
「……あ! あります! 俺の故郷にある温泉は、傷の治りが早いって遠くから人が来るくらい有名です!」

 そこで声を上げたのは、何故かノエルにビクビクしていたアーヤリシュカ第一王女殿下の護衛だった。
 もしかしたら、ノエルのやんちゃっぷりに振り回されているのでは無いかと、少しだけ不安になる。
 だが、ベオルフ様とオーディナル様がいるのだから大丈夫だろうと信じて、今は彼の言葉に耳を傾けた。

「い、今までは迷信だって……言われて……」
「いいえ、温泉の効能ですね。お湯も、手で触れるとトロッとした何とも言えない感触の湯もありますよ」
「あ……それは俺の村かも……とても、肌がすべすべになるんです」
「美肌の湯ですね。いいですねぇ」

 温泉の効能は様々だが、話を聞く限りでは良い泉質が揃っているようで、少しだけ羨ましくなる。
 リュート様も、この話を聞いたら「温泉に入りたい!」というに違いない。
 
「詳しく説明したらややこしくなると思いますが、温泉は普通のお湯とは違うので、体に良い効果をもたらします。下水処理をしっかり行えるのなら、公衆浴場などを作ると良いかもしれませんね」
「……ナルホド。公衆浴場ね」
「衛生的に保つのが難しいと思うので、テスト運用は必須かと。そこで新たな雇用も生まれますし、雇った人の教育も大変でしょうから」
「ふむふむ……お父様にテストしてもらって、ノウハウだけいただこうかしら」

 ニヤリとアーヤリシュカ第一王女殿下が笑った。
 何だかこの笑顔……私の親友である綾音ちゃんに似ているように感じる。
 しかし、父親や母国をダシにして、ノウハウだけちゃっかりいただこうとしているところが凄い。
 ナルホド、これならベオルフ様の旅に同行してオーディナル様の色々を知っているはずなのに、平然としているわけだと納得してしまう。
 王太子殿下は少々生真面目で頭の固い部分はあるが、アーヤリシュカ第一王女殿下は、とても柔軟な思考を持っていると感じた。

「確かに、グレンドルグ王国で試すよりもエスターテ王国の方が簡単に実現しそうですよね」
「ふふ……あー、なんか……良いわー! ねーねー、私たち、友達にならない? こういう話って言うか、相談っていうか。本当に、女同士の会話って面白くなかったのよ! ルナティエラ嬢は、とっても面白いわ!」
「え? 良いんですか?」

 考えてみれば、此方の世界で女性の友達は少ない――いや、皆無だ。
 正直に言えば、ベオルフ様以外に友達……いや、彼は友達と言うより家族に近い存在なので、実質、友達枠は存在しないのだろうか。
 そんなことを考えながらアーヤリシュカ第一王女殿下を見つめる。
 すると、その笑顔が懐かしい親友に重なって見えて、胸が一杯になってしまった。
 嬉しい……また、友と……親友と呼べる人ができるかもしれないと考えるだけで心が弾んだ。
 
「あまり帰ってこられないのですが、何かあったらベオルフ様経由で伝言をお願いします。そうしたらベオルフ様に、今みたいに呼んでいただけますから!」
「判ったわ。あー、久しぶりに楽しい! 女同士の会話で、こんなに盛り上がった事なんてなかったわ!」

 貴族の女性同士の会話は殺伐としたものも多い。
 貴族階級が中心となり、家同士の対立などがあった場合、とても居心地が悪いお茶会になったりもする。
 引きこもりの私でも、幾度となく目の当たりにしているのだから、相当な物だ。
 アーヤリシュカ第一王女殿下が辟易するのも頷ける。
 
「いや、女同士の会話ではなかろう……話題がおかしい」
「ベオルフって……時々、変なところで細かいわよね。いつもは、無関心なくせに」
「そうなのです。ベオルフ様は、変なこだわりが時々あってですね……」

 ベオルフ様相手に臆すること無く意見を言えるのもポイントが高い。
 しかも、彼もそれを普通に受け入れている。
 
 リュート様、私――元いた国で初めての女友達が出来ましたっ!

 心の中で叫んでいると、一瞬、時空神様が吹き出した。
 ……ダメですよ。今、私の心を読まないでください。

「本当に美味しい。うちのシェフでも再現は難しいだろうに……コレを……ルナが……」
「うちの娘は、本当にスゴイ子だったのですね……」
「ベオルフ様もそうなのですが、お姉様の料理は、お腹を満たすだけでは無く心があたたかくなります。……本当にスゴイです」

 新たに焼き上がったピザを食べて驚いている両親とフェリクスを見ているだけで頬が緩む。
 ベオルフ様に「えへへ」と笑いかけると、彼は自然な動作で私の頭を撫でてくれた。
 こんな未来が来るなんて、あの頃には考えられなかったのに……幸せすぎて涙が出そうだと、私は彼にその気持ちを伝えようとしたのだが、急に空気が変わった。
 ベオルフ様とラハトさんが、二人して飛び出していったのだ。

 な、何っ!?

 驚いて二人を見ていると、彼らは一直線にある人物へ向かっていく。

「す、素晴らしい! いつものパンの実ロナ・ポウンで作ったパン生地に、これほどまでの違いが出ているとは……! さすがは、ルナティエラ嬢。ふっくらとした食感の生地と、カリカリの食感と生地のハーモニーが、また何とも言えず。香ばしさも食欲を刺激しているというのに、酸味のあるソースが個性的な具材を優しく包み込み、得も言えぬハーモニーを奏でている! そこへチーズがトロリと全てをマイルドに仕上げ……ここまで完成された一品を、私は見たことが無っ……もごもご」
「ふぅ……失念していた」
「ちょっと遅かったか……ていうか、あの短時間で一気にしゃべれる量じゃねーだろ……」

 あ、あー……フルーネフェルト卿……、そういう属性持ちですか?
 しかも、二人の対応から見て、これが初めてでは無いのだろう。
 王太子殿下も、呆れたように見ているので、二人が学生時代の頃から、コレはあったに違いない。
 ベオルフ様……違う意味で心労が増えましたね。

 全員が呆気に取られる中、この空気をどうにか変えないと……と、私は考えを巡らせる。
 しかし、考えてみれば、その発作が起こるほど美味しかったと感じたのだし、話してくれた内容も称賛の嵐であったと思い出す。
 それは……とても嬉しい事だと、私は心からの笑みを浮かべてフルーネフェルト卿に礼を述べる。

「そこまで言っていただけると、作った甲斐がありました。ありがとうございます」

 私がそう言って微笑むと、全員がホッとしたような表情をした。

 一瞬、カオスな空間になったけれども、オーディナル様だったら、これくらいでは怒らないので大丈夫ですよ?
 ねぇ?

 心の中で、そう語りかけてオーディナル様を見る。
 すると、オーディナル様は口元をふにょふにょ動かして体を小刻みに震わせ、小さく何度も頷いて見せた。
 何かおかしな事があっただろうか……
 首を傾げる私の元へ戻ってきたベオルフ様を見上げると、彼は「よくやった」とでも言うように、何度も優しく頭を撫でてくれる。
 それが誇らしくて、ついついドヤ顔をしてしまった。
 すると、とうとう堪えきれなくなったのか、オーディナル様が吹き出してしまい、何が楽しいのかとピザのソースで口元や手をベットリと汚したノエルがオーディナル様に飛び乗る。
 ピザのソースで肉球ハンコを至る所に押されているオーディナル様を洗浄石で綺麗にしながら、ベオルフ様は呆れたようにノエルを回収するのであった。
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