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第一章

風の森のエルフ

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 あまり意識していないつもりだったが、自然とミナの後ろ姿を目で追っていた。
 初めて出会った同年代の異性ということもあり、どこか惹かれるような気がしている。
 ミナは栗色の髪をポニーテールにしており、目鼻立ちが整っていた。
 日本人とは異なる顔つきも影響しているのかもしれない。

「ふふーん、あんたはああいうのがタイプっすか」 

 ルチアがいたずらっぽい笑みを浮かべた。
 内心楽しんでいるのを表すように耳がピクピクと動いている。

「そりゃまあ、きれいだと思うけど」

 俺は否定する気にもならず、適当に言葉を返した。
 活発そうな雰囲気も好感を抱いた理由かもしれない。
 ただまあ、この世界で恋愛をするような余裕が生まれるかは分からなかった。

「カイトはまだいいけど、ジンタは重症っすね。女の子が苦手と見える」

 ルチアの指摘を受けて、内川はうろたえたように瞬きを繰り返した。
 内心それだけは言ってはダメだと思いつつ、彼の反応を面白く感じる自分もいた。

「な、何を根拠に……」

「ははーん、さては童貞っすな。あんたたちは見た目がイチハ族っぽいから、年齢は十代半ばから後半。それで初体験がまだとは」

 ククッとほくそ笑む亜人お目付け役。
 俺もそうなので、内川をかばうようなことが言えない。

「はい、お待たせ! ルチアの分とそこの二人の分」

 中世ヨーロッパに出てきそうな木製のジョッキで飲みものが運んでこられた。
 俺と内川のものは見た目と香り的にリンゴジュースで、ルチアの分はホットミルクのようだ。
 ミナはカウンターを往復して、今度は料理を出していった。

「これで以上ね。追加があれば声をかけて」

 彼女はそれだけ言って、カウンターに戻っていった。

「ミナは人気者っすから、やめといた方がいいっすよ」

「もしかして、からかいたかっただけでは」

 俺がやんわりと指摘すると、ルチアは愉快そうに笑った。 
 
 ――とそこで、少し離れた席の方がにわかに騒がしくなった。

「おーし、負けるな!」

「ドワーフ族の意地を見せろ!」

 様子が気になり、声のする方へと視線を向ける。

「あちゃー、うちのサリオンがまたやってるっすね」

「サリオン……知り合いですか?」

「旅団のエルフっす。賢くて弓術の腕は抜群なのに、酒豪で手がつけられないんすよ」

 ルチアはうんざりするように言った。

「エルフがいるなら、見ていたいな」

「それはたしかに。俺も興味あるかも……あの見てきても?」

「ここで絡まれることはないっすけど、ドワーフは血の気が多いから気をつけるように」

「それはもちろん」

 ルチアは引率の教師のようなことを言って、行きたきゃ勝手に行けと言わんばかりに手で払うような仕草をした。

 俺と内川は席を立って、観客が輪を作りつつある近くまで向かった。

 片方のテーブルには筋骨隆々で背の低いドワーフ。
 反対側のテーブルには絹のような美しい金髪のエルフ――サリオン――がいた。
 二人とも大ジョッキを片手に強気な表情を見せている。

「これで二杯目だ。まだまだいけるよな」

 客の一人が二人を煽るように声を上げる。
 サリオンたちはそれに答えるようにジョッキを傾ける。
 ここからはよく見えないが、水を一気飲みするようなペースだった。

 酒を飲んだことのない俺からすれば、信じられない速さでジョッキが空になった。

「まだまだこれからー!」

「この程度で強気にならないでください」

 威勢のいいドワーフに比べて、サリオンは冷静な態度だった。
 端正な顔つきをしており、声の調子から男性だと分かる。
 
「ヤバい、エルフが目の前にいる……」

 隣でサリオンを見つめる内川は感極まったような声を出した。
 俺は彼ほどの感慨はないものの、同性だと分かっても見惚れるほどの容姿だと思った。
 酒の強さを比べている場面が初対面でなければよかったのに。

 少しがっかりした気持ちになりつつ、サリオンとエルフの戦いを見守る。


 サリオンは二杯目のジョッキも軽々と空けており、対するドワーフも負けじと酒を呷(あお)る。
 どうやら中身はエールらしいが、度数はどうなっているのか。
 続いて三杯目が運ばれると、すかさずサリオンはジョッキを掴む。

「やれやれ、あのドワーフも気の毒っすね」

「いい勝負みたいだけど」

「サリオンは華奢なエルフなのに、ありえない量を飲むんすよ。大らかな団長が呆れるほどっすから」

 俺はルチアの話を聞きながら、勝負の行方を眺めていた。
 サリオンの顔色に変化は見られないものの、ドワーフの方は日焼けしたよう肌が赤く染まり始めている。
 ルチアは途中まで近くにいたが、料理が冷めると言って席に戻った。
 
 そして、観衆の盛り上がりが頂点に達した頃、ドワーフの方がギブアップした。
 
「ま、参った。こいつは敵わねえ」

「よろしい。褒め言葉として受け取っておきましょう」

 男同士の勝負が決すると歓声が沸いた。
 店内にたくさんの声が響いている。

「今日もサリオンの勝ちか!?」

「強すぎて賭けにならないな!」

「ドワーフが負けるなんて、どうなってんだ?」

 サリオンは周りを気にすることなく、今度はワインを頼んで飲み始めた。
 酒豪という言葉は彼のためにこそあるのだと思った。
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