婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

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第50話 広がる噂、私の気持ち

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「王太子殿下はエレーナ姫と婚約するそうだ」
「エレーナ姫が王太子殿下を気に入っているらしい」
「とても良い縁談だ。貴族の令嬢より余程良い」
「アダン様は貴族の令嬢の方が気に入っているという噂もあるな」
「そういやヨージス家の令嬢を専属薬師にしていたが、彼女はどうなんだ?」
「アダン様が彼女を寵愛するなら、側室につけるんじゃないか?」

 まさか一晩で噂がここまで流れるとは、思いもしていなかった。この噂を耳にするたびに、身体が針で刺されるかのような感覚を受ける。

(私は、アダン様が好きだ)
 
 でも、側室や王妃になりたいかと問われると、答えは否しか思い浮かばない。
 もっと薬や薬草について勉強したいし、薬師としても経験を積みたい。それに、そもそも側室や王妃として暮らしたくない。

「はあ……」

 この2つの思いが二律背反のものである事は理解しているのだが、このまま2つとも抱えていくのかと考えると、何だか暗闇に落ちていくような、そんな不安にも苛まれていくような気がしてならない。

「ジャスミンさん?」

 私の顔をハイダが心配そうに伺っていた。

「はい! 医薬師長!」
「何かありました? ため息が漏れていたので」
「いえ……何もありません」

 目の前には、国王陛下と王妃アネーラのいる部屋の扉があった。医師らと共に入室し、朝の診察が始まる。

「おはようございます、国王陛下、王妃様」
「おはよう皆。今日も診察をよろしく頼む」
「よろしくお願いしますわね」

 診察は滞りなく進んだ。王妃アネーラはまた、不妊薬をハイダに注文する。ハイダに注文している時、私とも目があった。

「ジャスミン」
「はい、王妃様」
「アダンはいずれエレーナ姫と婚約するわ。良かったわね」
「良かった、とは?」
「あなた側室になりなさい、例え王太子妃になれなくても、エレーナ姫より早く子を産めばあなたが先に権力を握れる。愚かな両親や妹君だって見返せるわよ」
「私は……」

 そんな邪な気持ちは無いのに、返事が出ない。するとハイダが私と王妃アネーラの間に割って入った。

「ジャスミンさんは今は仕事で精一杯なので、そこまでは考えが及んではいません。ねえ、ジャスミンさん?」
「は、はい……まだまだ至らぬ身なのですみません」
「そう。確かに仕事は大事よね。今後も励みなさい」
「はい、王妃様」

 2人の診察が終わると次はアダン様の診察だ。アダン様は寝癖のついた髪のまま、診察を受けた。

「王太子殿下、昨日はよく眠れましたか?」
「全然」
「薬師に睡眠薬を出させましょうか?」
「いや、いい」
「分かりました」

 顔にはまだ疲労感が残っているように見えた。目元にはややくまも出来ている。
 診察が終わり王太后様へと向かう時、アダン様は私を呼んだ。

「はい、何でしょう」
「甘えさせて……」
「は、はい……」

 アダン様は私にベッドの上に座るように指示する。私が指示通りに座るとアダン様は私の太ももを枕代わりにして寝転がった。

「はあーー……」
「どうですか?」
「うん、気持ち良い」
「良かったです……」
「エレーナ姫は今日帰るんだってさ。ほんとは今日もいるつもりみたいだったけど、予定が変わったらしい」

 聞けば急遽帰る事情が出来たようで夜明け近くに宮廷からしづかに去ったようだ。そして、近い内にまた来るという申し出もあったという。

「正直面倒くさい。婚約する意思は無いんだけど、アネーラからは婚約を進められているしさ」
「あーー……」
「でもって、アネーラは君を側室にすれば良いとも言っている」
「はい、聞きました」
「手駒が欲しいんだろうね、後ろ盾もいないし寂しいんだろう。でも、アネーラがエレーナ姫の手綱を握れるとも思えないけど」

 アダン様はそのまま、私の膝枕の元で睡眠に入ったのだった。
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