婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

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第61話 使者

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 ある日の午前。隣国から男性と女性の2人の使者が隣国の国王の親書を携えて宮廷に訪れた。2人の使者以外にも10人程の人々が豪華な服に着飾って同行しているのが見えた。

(なんだ?)

 たまたま近くを通りがかり、その場面に遭遇した私は思わず立ち止まって見てしまう。
 使者の列は国王陛下と王妃アネーラが鎮座している王の間にゆっくりとうやうやしく入室していった。先頭に立つ男性の使者は親書を両手で持ち、天井に掲げながら歩く。
 そして列が国王陛下の目の前で止まったのを、後ろから確認する。

「国王陛下。親書をお持ちしました。我が国の王女アネーラ様と、王太子殿下。お二方の婚約を許可するとの事です」
「相分かった。では、こちらも婚約を許可しよう」

 2つ返事で国王陛下はアダン様とエレーナ姫との婚約を許可したのだ。私の身体に稲妻のような衝撃が走る。

(ほんとに、婚約するの?)

 また、エレーナ姫に対してのもやもやした嫉妬心が胸の内から湧いて出て来た。それだけでなく、淋しいようなそんな気持ちも一緒に湧いて来る。

(アダン様は……?)

 王の間に彼の姿は見られない。すると、こちらに向かうやや荒い靴音が聞こえて来た。

「あ、アダン様……」
「ジャスミン……聞いてたのか」
「は、はい」
「婚約するつもりは無いから」

 アダン様はそうきっぱりと言い切り、速歩きでかつかつと王の間に入っていった。

「恐れながら、その婚約は致しかねます!」

 アダン様の大きな明瞭な声が、こちらにもしっかり聞こえて来た。

「あ、アダン……?」
「エレーナ姫との婚約よ? どうして?」
「私には、エレーナ姫と婚約するつもりはございません。公爵家から適当な令息を見繕い、彼と婚約するのはいかがでしょうか?」

 アダン様の提案に、一同静かに静まり返る。

「ですので、私にエレーナ姫と婚約するつもりは無いという事をお伝え下さい」
「アダン。それで後悔はしないのだな?」

 国王陛下の低い声にはこれでもかというくらいに圧が凝縮されていた。

「はい。後悔はありません」
「分かった。では、アダンに任せる。アネーラもそれで良いな?」
「いえ、納得出来ませぬ」

 王妃アネーラはやはり、納得がいかないようだ。

「アダン。王女様よ? この上なく素晴らしい縁談だわ。それに愛すべき人がいるなら、側室として迎えたらいいじゃないの。この縁談を断るのは隣国の国王陛下にも失礼よ?」
「分かっております。しかし、この縁談を受け入れたらきっと自分は後悔すると思います」
「失礼致します!」

 アダン様と王妃アネーラのやり取りは、急いで駆けつけてきた1人の男性によって、遮られた。

「王太子殿下とエレーナ姫様との婚約が結ばれました!」
「何っ? こちらはサインしていないぞ!」
「我が国では、婚約する男女のうち、どちらか片方がいなくてももう片方が代理してサインすれば婚約は成立致します」

 そんなルールがあるとは……それではエレーナ姫のやり得で一方的なものではないか。
 国王陛下は黙ったままだが、王妃アネーラは拍手をして笑顔を浮かべながら喜んでいる。

「おめでとう、アダン。これで安泰だわ」
「……っ!」

 アダン様はそのまま踵を返して、王の間から走るような速歩きで出ていった。彼と一瞬目があったが、何も反応が無かった。

「……」
(アダン様……)

 あまりにも一方的過ぎる婚約。このまま私はアダン様がエレーナ姫と結ばれて行くのを黙って見ているのだろうか。
 王太子妃や側室の座には興味が無いのに、アダン様が他の方と結ばれるのは許せない自分が、胸の中にいる。

「アダン様……」

 寂しい。辛い。気がつけば私の目からは涙が零れ落ちていた。

「……っ」

 とりあえず涙を拭いて、医務室へ戻らなければ。その時王の間から出て来た王妃アネーラとそのメイド達と出くわしてしまう。

「あら、ジャスミン」
「王妃様、ご機嫌よう……」
「良かったわね。アダンの婚約が決まったわ。あなたも側室として迎えるようにしてあげるわ」
「……そうですか」

 私は頭を下げて、医務室へと逃げるようにして向かう。
 医務室の扉を開こうとした時の事だった。

「医薬師長、お時間はありますか?」

 アダン様付きの長身の老いた執事がいつの間にか、私の右側に立っていた。

「なんでしょうか?」
「王太子殿下がお呼びでございます。お話があると」
「……分かりました」

 重い足を引きずるように、張り裂けそうな胸の中をぎゅっと抑えるように、彼のいる部屋へと歩く。

「アダン様。ジャスミンです」
「どうぞ」

 入室すると、茶色い安楽椅子に座り腕を組みながら何やら思案する様子のアダン様がいた。執事が部屋から退出すると部屋の中は2人っきりとなる。

「ジャスミン。君を呼んだのは他でもない。婚約破棄をする方法について、君の意見も聞きたいからだ」
「婚約破棄をする方法?!」
「ああ、こんな時に蒸し返すのも申し訳ないが、君はかつてジョージと婚約していただろう? そして婚約破棄された」
「は、はい……そうですね」
「その経験から何か得られないかと思ってね。俺と悪巧みをして欲しいんだ」
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