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fluctuation 変動
決定的
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葉築さん?
「葉築さん、来たんですか?」
「そーだよ、そんな事も覚えてないのかよ」
「……」
そう言われてみたら。
私を抱いて運んだり、服をハンガーにかけたり。
以前、関係した時に知った、彼の動作一つ一つと全てがリンクするような気がした。
「……じゃあ珈琲も……」
「珈琲? だから何の事だよ?」
……私のシャツから珈琲の薫りがしたのは、きっと、葉築さんが飲んだからだ。
その日の午後。
「葉築さん」
外から帰ってきた葉築さんに声をかけた。謝罪と御礼を言うために。
不在中の室岡さんの代理を務める葉築さんは、少し疲れた顔をして、私を見た。
「接待に行く時は、パンツスーツに着替えた方がいい。酒もノンアルコールのを前もって頼んでおくのも手だよ」
葉築さんは、ごもっともな事を言った。
「……そうですね」
営業に移るならパンツスーツも必要かもしれない。
ずっと座りっぱなしの事務とは違うから。
″ 触らせない ″ 工夫も必要なんだ。
「でも、立道さんが同行で良かったです。彼が止めてくれなかったら、きっと、もっと醜態を晒してたかも……」
私がそう言うと、葉築さんはパソコンから顔を上げて、ちょっと驚いた顔をした。
「……?」
なに? ちがうの?
「あの人はダメだ。 今後、女子社員同行での接待からは外す」
「……え」
険しくなった表情から、事実は違うのだと感じた。
「そんなことより、……大変みたいだね」
続けて葉築さんが、直ぐにピンと来ない事を言う。
「何が、です?」
「空き巣、……もしかしたらストーカーかもしれないんだろ?」
他人には、話してない事だ。
何で知ってるの?
「……誰から聞いたんですか?」
「大家さんらしき人が、昨日言ってた」
「……」
覚えてない。
葉築さんが送ってくれた際に、管理人さんが話したのか。
家の中を見られるより、ずっと恥ずかしい。
でも、
「最悪、引っ越すとかもアリじゃない? 独身寮も空いてるんじゃないかな?」
うわべだけかもしれないけれど。
葉築さんが気遣いを見せてくれている事に、少しだけ感激してしまった。
「ただいまー……」
「あ、お疲れさまでーす」
夕方、出張から室岡さんが帰ってきた。
いつもみたいにツマラナイ冗談を言う事もなく、ちょっと不機嫌な様子。
出張の内容がクレーム処理だったので、それも仕方がない。
「ベタだけど、もみじまんじゅう」
荒城さんに皆へのお土産を渡したあと、フッと私の顔を見て、申し訳なさそうな表情をしていた。
「……?」
突然の接待のことだろうか?
直後。
「立道、ちょっといいか」
室岡さんは、渋い顔をして、立道を会議室に呼び入れた。
……一体、どうしたんだろ?
やはり、私が潰れたせいで接待が不評だったんだろうか?
それから三十分。
立道さんと入れ替りに呼ばれるまで、不安な気持ちで、庶務の仕事を続けていた。
室岡さんから何か話をされたであろう立道さんは、会議室から出る際に、私の方を見た。
目が合い、思わず体がすくんだ。
その顔が、憎悪に近いものがあったから。
「……」
……一体、なんなの?
「鷲ちゃん。まだ営業でもないのに悪かったね」
次に会議室に呼ばれた私は、まず労いの言葉を貰った。
「いえ、私こそいい大人なのに、加減もできなくて」
そのせいで、せっかく葉築さんが開拓した取引先に、不快な思いをさせたかもしれない。
そう思うと、まともに室岡さんの顔を見ることが出来なかった。
「鷲ちゃんは悪くない。悪いのは立道だよ」
「……え」
顔を上げると、机を挟み、真向かいに座る室岡さんが、手をついて頭を下げていた。
……謝罪?
「何がです? やだ、室岡さん、頭上げてください」
思わず立ち上がって、室岡さんのそばに寄る。
「いや、途中で二次会に出た葉築が止めてくれなかったら、鷲ちゃんは会社を辞めてたかもしれない。俺はうかつだった。立道はもっとマシな男だと思ってたのに」
本当に、申し訳なさそうに謝る室岡さんが話してくれた内容は、私が、立道を決定的にキライになるような事だった。
「葉築さん、来たんですか?」
「そーだよ、そんな事も覚えてないのかよ」
「……」
そう言われてみたら。
私を抱いて運んだり、服をハンガーにかけたり。
以前、関係した時に知った、彼の動作一つ一つと全てがリンクするような気がした。
「……じゃあ珈琲も……」
「珈琲? だから何の事だよ?」
……私のシャツから珈琲の薫りがしたのは、きっと、葉築さんが飲んだからだ。
その日の午後。
「葉築さん」
外から帰ってきた葉築さんに声をかけた。謝罪と御礼を言うために。
不在中の室岡さんの代理を務める葉築さんは、少し疲れた顔をして、私を見た。
「接待に行く時は、パンツスーツに着替えた方がいい。酒もノンアルコールのを前もって頼んでおくのも手だよ」
葉築さんは、ごもっともな事を言った。
「……そうですね」
営業に移るならパンツスーツも必要かもしれない。
ずっと座りっぱなしの事務とは違うから。
″ 触らせない ″ 工夫も必要なんだ。
「でも、立道さんが同行で良かったです。彼が止めてくれなかったら、きっと、もっと醜態を晒してたかも……」
私がそう言うと、葉築さんはパソコンから顔を上げて、ちょっと驚いた顔をした。
「……?」
なに? ちがうの?
「あの人はダメだ。 今後、女子社員同行での接待からは外す」
「……え」
険しくなった表情から、事実は違うのだと感じた。
「そんなことより、……大変みたいだね」
続けて葉築さんが、直ぐにピンと来ない事を言う。
「何が、です?」
「空き巣、……もしかしたらストーカーかもしれないんだろ?」
他人には、話してない事だ。
何で知ってるの?
「……誰から聞いたんですか?」
「大家さんらしき人が、昨日言ってた」
「……」
覚えてない。
葉築さんが送ってくれた際に、管理人さんが話したのか。
家の中を見られるより、ずっと恥ずかしい。
でも、
「最悪、引っ越すとかもアリじゃない? 独身寮も空いてるんじゃないかな?」
うわべだけかもしれないけれど。
葉築さんが気遣いを見せてくれている事に、少しだけ感激してしまった。
「ただいまー……」
「あ、お疲れさまでーす」
夕方、出張から室岡さんが帰ってきた。
いつもみたいにツマラナイ冗談を言う事もなく、ちょっと不機嫌な様子。
出張の内容がクレーム処理だったので、それも仕方がない。
「ベタだけど、もみじまんじゅう」
荒城さんに皆へのお土産を渡したあと、フッと私の顔を見て、申し訳なさそうな表情をしていた。
「……?」
突然の接待のことだろうか?
直後。
「立道、ちょっといいか」
室岡さんは、渋い顔をして、立道を会議室に呼び入れた。
……一体、どうしたんだろ?
やはり、私が潰れたせいで接待が不評だったんだろうか?
それから三十分。
立道さんと入れ替りに呼ばれるまで、不安な気持ちで、庶務の仕事を続けていた。
室岡さんから何か話をされたであろう立道さんは、会議室から出る際に、私の方を見た。
目が合い、思わず体がすくんだ。
その顔が、憎悪に近いものがあったから。
「……」
……一体、なんなの?
「鷲ちゃん。まだ営業でもないのに悪かったね」
次に会議室に呼ばれた私は、まず労いの言葉を貰った。
「いえ、私こそいい大人なのに、加減もできなくて」
そのせいで、せっかく葉築さんが開拓した取引先に、不快な思いをさせたかもしれない。
そう思うと、まともに室岡さんの顔を見ることが出来なかった。
「鷲ちゃんは悪くない。悪いのは立道だよ」
「……え」
顔を上げると、机を挟み、真向かいに座る室岡さんが、手をついて頭を下げていた。
……謝罪?
「何がです? やだ、室岡さん、頭上げてください」
思わず立ち上がって、室岡さんのそばに寄る。
「いや、途中で二次会に出た葉築が止めてくれなかったら、鷲ちゃんは会社を辞めてたかもしれない。俺はうかつだった。立道はもっとマシな男だと思ってたのに」
本当に、申し訳なさそうに謝る室岡さんが話してくれた内容は、私が、立道を決定的にキライになるような事だった。
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