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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

元英雄の意志×無辜の血

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 現在地はヒュプリスの街より少し離れた林の中。
 休憩の最中さなか、ふとある事を思い付いたアルルが口を開く。

「出来ればあんたが救ったっていう1800人も一緒に連れて帰っちゃいたいんだけど、一旦町長のとこに話し通しに戻ってもいい?」

 この提案は決して駄目で元々ではない。
 認可されるかはともかく、少なくとも話だけは通せるだろうという確かな見込みを持っての提案だ。
 反逆者として攻撃される事もまず有り得ない。

「……無茶だろう、と普通ならば言うべきところだが……貴女ならばあるいは――」

 そう、アルルは普通では無いのだ。
 ウィロウ自身も、アルルならば話を通せるだろうという確信と信頼を持っているようだ。

「このままほっといたらせっかく助けたのに口封じでみんな始末されちゃう」

 アルルが詰め所の中で見つけた資料によれば、ウィロウとアイリーネの首を刎ねるのと同日に他の民衆の処刑執行も予定されていたようだ。

「そうなれば、俺の意志、死んでいった民の意志は、どうなる……?」

 元英雄として、そのような横暴は看過できないのだろう。
 ウィロウの握り拳に力が入るのを、アルルは確かに目に留めた。

「そう言うと思った。んじゃちょっと待ってて、きっと皆んなを連れて戻ってくるから」

 アルルは機会あらば規模拡大を最近のモットーとしているらしい。
 そんな訳もあり、ウィロウに一旦別れを告げると気配偽装を行いながらヒュプリスの街へと出戻った。
 ヒュプリスの工作兵が抉れた地面と縁石を修復すべく作業に追われている所を横目に流しながら、他の人的被害が無いかを改めて確認するアルル。
 しかし怪我人はと言えば、それに躓いて転んだ数人と昏倒から目覚めていない十数人のみ。
 いずれも一週間もあれば後遺症も無く完治する為、アルルが出向くまでも無かった。

 アルルは記憶を頼りに、街の中核に存在する貴族街の、更に中核に存在する町長の館の裏口まで難なく到達。
 極めつけは兵が扉から出入りした瞬間を縫い、館の内部へと入り込む。
 例の事件もあり警護レベルが上がっていたにも関わらず、その手際は公道を通るかの如くと言ったところか。

 そしてアルルは曲がり角の向こうからの兵の接近を認識。

「ご機嫌麗しゅう。町長はご在宅でいらっしゃいますか?」

 が、もう隠れる必要はないとばかりに堂々と姿を現す。

「――!? な、何者だ!? どこから侵入したっ!?」

 その不意打ちの被害に遭ってしまった警護兵の後ろから――

「私ならここだ。相変わらずのようだな、聖女よ」

 町長、ビルギスが姿を表す。
 どうやらビルギスだけはアルルの侵入に気が付いていたらしい。

 アルルは他にも多くの町長に対し顔が通っている。
 それも、一つの例外も無く膨大な信頼を買った上で、だ。

 一年半ほど前、この街で大規模な水質汚染が発生し、かつてない程の疫病が蔓延した。
 街が調査した結果、原因は川上で繁殖した酸性ウーズによるものと判明。
 そしてその事件の真犯人は疫病の特効薬を売り捌こうと工作したとある魔術士の仕業だったのだ。
 アルルは報奨金目当てで事件の解決役を買い、見事それを成し遂げたというわけだ。

「ビルギス様、この者を直ちに排除致します」

 しかしながら、当時事件に巻き込まれた民衆は半数以上が犠牲となってしまった為、今となってはアルルの武勇を知るものはあまり多くない。
 この兵に関しても例外では無かった模様。

「止めておきなさい、お前では到底敵わぬ」

「っ!? で、ですが……」

 思わぬ戦力外通告を受けた兵の男がうろたえる。

「オディ、長寿の極意は強者を見極める事にある」

「……御意」

 そうしてオディと呼ばれた兵の男がこの場から立ち去ったのを確認したアルルは今回の訪問の要件を伝えるべく口を開く。

「改めましてご機嫌麗しゅう。本日の事件についてお話が御座いまして」

 アルルは取ってつけたような、しかして完璧なカーテシーを披露。

「……事務室に、来て頂けますかな?」

「感謝致します」

 そうして事務室へと案内されたアルルは、これまでの経緯に関して嘘を交えつつ町長に打ち明けた。

「ほう、そのような事が……確かに、あの国ならばそのような横暴すらやりかねん。実際、今来までもそうだった――私はあの国より、貴女を信じよう」

 当初の思惑通り、アルルの築き上げた信頼の方がまさったらしい。

「お褒めに預かり光栄です。そこで一つお願いが御座います。囚われている無辜の民を開放し、こちらに引き渡しては頂けないでしょうか」

「……それが、此度の目的か」

 二つ返事とは行かず、しばし思考を巡らせるビルギス。

「不合理とは存じております。しかし僭越ながら、このままでは民衆、そして彼の英雄の意志を踏み躙る事となりましょう」

 それから少し間を開けた所で、アルルが押しの一手を放つ。

謬錯びゅうさく、不合理なのは国の方だ」

 それが功を制したのか、やがてビルギスは何かを決心したかのような表情を浮かべた。

「左様で御座いましたら、良いお返事を頂けると存じてもよろしいでしょうか?」

 アルルはこの時点で勝ちを確信した模様。

「……本日午後を以って、ヒュプリス神の名の元、処刑は執行された。埋葬地は聖女の治める地」

 この街の名は古くからこの辺り一帯で信仰されている神の名に由来している。

 血を流せば、穢れた罪も流れる。
 無辜の血を流せば、災いが降り注ぐ。
 この街に伝わる言い伝えだ。

「ご厚意、誠に感謝致します」

「この街は無辜の血が流れる事を望んではいない、それだけの事。しかしあの国はそうではない。この街は、あの国にとって都合の悪い者の血が流れる場所でしかないのだ」

 つまりは、元より町長としても全員を処刑するつもりは無かった、ということ。
 それもその筈。アルルが探索した牢の中には、子供は一人も居なかったのだから。

 町長としての立場、そして流刑地の総括人としての立場も加味すれば、今回のビルギスの判断は聡明とは言えないかもしれない。
 しかし、ビルギスには自らを鬼とする事が出来なかったのだ。

「今回の事件で暇を持て余した戦闘兵士500人を付けよう。亡くなった200人の民への責めてもの弔いだ」

 この街の戦闘兵は元々数が多い。
 例え、そう――仮に失態を犯した兵が500人居なくなった所で、大した痛手にはならない。

「重なるご厚意、改めて感謝申し上げます」

 アルルはビルギスに対し深々と頭を下げる。

「聖女よ、皆を頼むぞ」

 そこまで言い切ると、ビルギスの方もアルルに対し深々と頭を下げ返した。

「不自由無き暮らしを保証致します」

 その後アルルは隠されていた囚われの民衆、処刑を行ったという体を繕うべく犠牲となる予定だった民衆、そして与えられた戦闘兵500人と共に街を出て、ウィロウが待つ林の方へと向かった。
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