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第32話 一緒に地獄に落ちようぜ
「きゃあああああ!」
突如として地下から飛び出した玲於奈の悲鳴は、出入り口を死守する三人の耳にも届いていた。緊張から攻撃の手が微かに鈍る。
「玲於奈の声?」
「やはり罠が仕掛けられていたのか。どこまでも意地が悪い」
仲間意識からの心配はもちろん、二人がキーの奪取に失敗すれば、それは同時に自分達の命運もここで尽きることになる。二人の安否は全員の死活問題だ。
「綿上くん。君は二人の救出に行ってくれ。ここは死守する」
「一文字を頼んだぜ。悲劇を終わらせるためにはあいつが必要だ」
三人の中で一番機敏かつ、狭い空間でも戦える武器を扱うのは黎一だ。状況を打開できるとしたら黎一しかいない。
「しかし、いくら胴丸さんと鍬形さんでもこの数は」
周辺に群がるゾンビの姿はさらに数を増し、目視できるだけでも七十はくだらない。いかに二人が手練れでもあまり多勢に無勢だ。生存限界などすでに超えている。
「ああ、流石につらい。恐らくは一分が限界だ。だからそれまでには戻ってくれ。私だってここで死にたくはないからね」
「分かりました」
胴丸の覚悟を感じ取り、黎一は急ぎ地下へと延びる階段へと駆けた。一分一秒が惜しい。二人とキーを救出して、胴丸と鍬形の加勢に回らなければいけない。
「言葉に出した以上、一分持たせないとな」
「俺もいる。一分と言わずにゾンビどもを殲滅してやろうぜ」
「良い提案だ。戻ってきた綿上くんを驚かせるのも一興だな」
二人は己を鼓舞しながらも、冷静に、着実に、目の前のゾンビを撃破していく。
「玲於奈。無事か!」
階段まで到着し、黎一は階下へ向けて叫ぶ。悲鳴を上げたということは、裏を返せば生存の証明でもある。怪我もなく無事でいてほしい。
「黎一さん!」
黎一が階段を下ろうと一段目に足をかけた瞬間、息を切らせた玲於奈が階段を駆け上がり、黎一の胸へと飛び込んできた。体は小刻みに震え、表情には恐怖が張り付いている。幸いなことに外傷は無い。辛うじてゾンビから攻撃を受けることは免れたようだ。
「一文字さんはどうした?」
「ゾンビに掴まれ、そのまま引きずり込まれて……」
「助けに行かないと!」
「危険です!」
まだ間に合うのでは? そんな希望を抱き、玲於奈の制止を振り切って黎一は地下へと駆けおりる。
「一文字さん……そんな」
黎一の瞳に映り込んだのは、ゾンビに噛み千切られ、鉈を握ったまま床へと転がっている季里の右肘から先だった。奥では三十を超えるゾンビが一山作っており、その隙間からは血塗れの女性の手足がはみ出していた。ゾンビの群れ季里の体を喰らい尽くす、何ともおぞましい光景がそこにはあった。
「なんてことを……」
ショックに呆然とするが、状況は感傷さえ許してはくれない。多くのゾンビが季里の遺体に群がっているが、十体程が黎一という新たな餌に狙いを定め、階段へと押し寄せて来た。黎一は急ぎ地上まで駆け上がると一度立ち止まり、階段を上って来た先頭のゾンビを勢いよく蹴り飛ばす。これによって階段を上るゾンビは将棋倒しを起こした。これで多少は時間を稼げた。
「船のキーは?」
「私が持っています……一文字さんが、鍵を持つ私を先に行かせてくれたので」
季里の犠牲は大きいが、キーを入手し最悪の事態だけは回避できた。長居は無用。この地獄から一刻も早く離脱しなければいけない。
「胴丸さん、鍬形さん。戻りました」
出入り口を離れてから約五十秒。二人は無傷のままで入口を死守し、周辺には二十を超える屍の山が築かれてた。
「……一文字は?」
二人しか戻らなかったことで、鍬形はすでに季里のことを察しているようだった。玲於奈は黙って首を横に振る。
「……馬鹿。お前がいなきゃ誰がこの闇を暴くんだよ」
荒々しく特殊警棒で怒りをぶつけ、鍬形はゾンビの頭部を粉砕した。この地獄のような島で大半の時間を共有してきた相棒。その喪失感は計り知れない。
「……面倒事は嫌いだと言っただろう」
一貫して落ち着いた印象だった胴丸も、この時ばかりは感情的に声を震わせていた。万が一の場合は季里に代わり、この島の闇を彼女の同僚に伝えると約束した。季里が亡くなったことで、胴丸が生きて帰らなければいけない理由が一つ増えた。彼女の死を無駄にしてはいけない。
「キーは玲於奈が手に入れました。一刻も早く退散しましょう」
「しかし、周辺を囲むゾンビは予想よりも多い。いかに私達でも無策での突破は難しい」
こうして会話を交わしている暇すらもゾンビ達は与えてはくれない。攻撃と後退を繰り返しつつ作戦を練る。
「玲於奈。残りの矢は?」
「四本です」
「ナイフはどうした?」
「地下でゾンビを迎撃した際に紛失しました。突き刺した瞬間にゾンビが暴れ、その衝撃で手放してしまって……」
「まいったな」
鋭司はいっそのこと、ネイルハンマーと狩猟ナイフの二刀流で暴れてやろうかと考えていたのだが、それも出来ないようだ。
ゾンビの数は目視できるだけで百は越えており、もう間もなく地下のゾンビ達も地上へと攻め込んでくる。挟み撃ちにされたら、歴戦の猛者たちでも万事休すだ。
前へ進む以外に道は無いが、正攻法で突破出来る戦力差では無い。
何か活路は無いのかと、一行は状況を冷静に分析するが、
「あのゾンビを見てください」
突破口を見つけたのは玲於奈だった。彼女の指差す先にいたのは、一体の新鮮な中年男性のゾンビ。他の個体より一際新鮮そうで、何より目を引いたのは、腰に携帯された危険物だった。
「手榴弾か。あの個体はもしかして」
これまでにゾンビが武器を携帯していた例は無いが、例外は存在する。それは武器を所持したゲームの参加者がゾンビ化した場合だ。武器を使う知恵を失っても、武器を携帯したままだったり、握ったままだったり。そういった状態のまま島内をさまよっている可能性は十分に考えられる。二発の手榴弾を携帯したゾンビの正体は、昨日死亡が報告された目釘直也であった。
「突破口を開くにはあれしかない……一文字の弔いに派手な花火を上げてやるよ」
「俺もお供します」
ゾンビの群れの中の目釘から手榴弾を奪取することは決して簡単ではないが、いまさら臆する一行ではない。鍬形と黎一が切り込み隊長を買って出た。
「私と獅噛くんで全力で援護する。その間に二人は奴から手榴弾を奪い取ってくれ。狙うのは」
「北側ですね」
北側は他に比べてゾンビの数が少ない。手榴弾で風穴を開けてやれば退路は開ける。
「先に行くぜ!」
季里の弔い合戦に燃える鍬形が先陣を切り、黎一が後に続く。
「邪魔だ」
鍬形と黎一は共に打撃武器で、目釘の元へ辿り付くまでの障害をことごとく殴り倒していく。別方向では胴丸が二人に迫るゾンビを排除していく。刀は刃こぼれを起こし切れ味が鈍ってきているが、胴丸はそれを技量でカバーし、変わらず鬼神の如き活躍を見せている。
玲於奈のフォローも的確だ。残り四発しかない矢を最大限に利用すべく、鍬形と黎一の進行の邪魔をしようとする個体だけを確実に射抜いていく。
黎一の正面から噛みついてきた個体に一発。胴丸を背後から狙おうとした個体に一発。他のゾンビの背中を踏み台に使い、高々と跳躍して鍬形を狙った個体に一発。この個体は射抜かれたことで勢いを失い、鍬形に届くことなく他のゾンビ頭上へと落下した。
「そこです!」
胴丸が切り進んだおかげで、群の中から毬塚のゾンビが顔が覗け、玲於奈はその瞬間を逃さずに最後の一射を放った。射られた矢は見事に額を貫通し、目釘ゾンビは膝をついて活動を停止した。後は腰の手榴弾をもぎ取るだけだ。
「くっ……綿上。今だ!」
目釘ゾンビを囲むように展開していた三体を、鍬形が右手の特殊警棒で一体、左の拳で殴りつけて一体を撃破。黎一を庇うように、最後の一体を強烈に蹴り上げて顎ごと頭部を砕いた。鍬形の奮戦でスペースを見つけた黎一は勢いよくスライディングして、目釘ゾンビの腰から二発の手榴弾をもぎ取った。
「くらいやがれ!」
黎一はすぐさま体勢を立て直し、ピンを抜いて手榴弾を北側のゾンビの群れへと投擲。手榴弾は見事にその中心に落下し、僅かなタイムラグの後に爆発。その衝撃で周辺のゾンビは肉片となって飛び散り、北側に血に染まった脱出口が生まれた。
「北を突破するぞ!」
周辺を囲むゾンビを黎一と胴丸がさらに蹴散らし、手薄となった北側目指して一気に駈ける。
「百重くん。これを」
矢を使い切り、攻撃手段を失った玲於奈を見かねて胴丸は刀の鞘を手渡す。リーチのある鞘は護身用の武器として優秀だ。
「ありがとうございます」
受け取った瞬間に玲於奈は鞘を振るい、左から剛腕を伸ばしてきたゾンビの体を殴り飛ばし転倒させた。
「……綿上。手榴弾を貸せ。俺が殿を務める」
「殿は俺が。まだまだ余力があるし、足の速さにも自信がある」
「いいや。ここは俺が適任だ」
苦笑を浮かべて鍬形が見せてきた左腕を見て、黎一は言葉を失った。彼の前腕にはゾンビの噛み痕らしき真新しい傷があり、単なる傷でないことを物語るように、傷の周辺が顕著に黒んずでいる。
「噛まれたんですか……もしかしてさっき、俺を援護した時に」
「違う。出入り口を防衛している時にちょいとしくじってな。だからそう思い詰めるな」
事実なのか優しい嘘なのか、極限状態の混乱の中で答えを出すことは難しかった。一つだけ確かなのは、鍬形がゾンビに噛まれたという、取り返しのつかない事実が存在しているだけだ。
「鍬形……」
二人のやり取りは胴丸と玲於奈の耳にも届いていた。二人で防衛をしていた胴丸はその時点で鍬形が負傷していたか否かを把握しているが、彼の思いを尊重して結論は出さなかった。
「俺としてはむしろ僥倖だったよ。一文字を残してはいけないからな。これで堂々と居残れるってもんだ」
「大切な相棒だから?」
「自覚していた以上に、俺はあいつに仲間意識を抱いていたらしい。ろくでなしの俺でも、少しは正義のために戦えるかもしれないって、そんな希望を抱かせてくれた。お前らが脱出することで一文字の正義が果たされるなら、俺は本望だよ」
後悔などない。鍬形は晴れやかに笑っていた。誰かを傷つけることしかしてこなかった人生だが、季里と共に戦うことで、初めてこの力を正義のために使うことが出来た。そのことには満足している。
「お願いします」
「おう。任せておけ」
鍬形の覚悟を前に、これ以上は何も言えない。黎一は鍬形に最後の手榴弾を託し、北側へと駈け出した。
「胴丸! 一文字の最後の仕事、お前に託したぞ!」
「無論だ」
短い返答だが、その言葉は彼の振るう刀のように鋭かった。
退路を確保すべく、目の前のゾンビをひたすら切り伏せていく。
「このまま一気に北の海岸まで行こう!」
先行する胴丸に続き、黎一と玲於奈は北を突破し、森の中へと抜けた。
その後をゾンビの群れが追跡しようとするが、その前に鍬形が立ち塞がった。
「この先には行かせねえぞ。ゾンビ共! 一緒に地獄に落ちようぜ!」
大量のゾンビの群れへと鍬形は手榴弾を投擲。ゾンビの群れは粉々に砕け散った。それでもまだ大量のゾンビが襲い掛かるが、鍬形は臆せずにひたすらゾンビを蹴散らし続ける。最後まで戦い抜いて死ぬ。そうすることが黎一たちの生存へと繋がる。そうすれば季里の思いも報われる。
ゲーム開始から二十三時間。
脱出の鍵を手に入れた三名の生存者たちは、ゾンビだらけの島からの帰還を目指して海岸へと向かう。
突如として地下から飛び出した玲於奈の悲鳴は、出入り口を死守する三人の耳にも届いていた。緊張から攻撃の手が微かに鈍る。
「玲於奈の声?」
「やはり罠が仕掛けられていたのか。どこまでも意地が悪い」
仲間意識からの心配はもちろん、二人がキーの奪取に失敗すれば、それは同時に自分達の命運もここで尽きることになる。二人の安否は全員の死活問題だ。
「綿上くん。君は二人の救出に行ってくれ。ここは死守する」
「一文字を頼んだぜ。悲劇を終わらせるためにはあいつが必要だ」
三人の中で一番機敏かつ、狭い空間でも戦える武器を扱うのは黎一だ。状況を打開できるとしたら黎一しかいない。
「しかし、いくら胴丸さんと鍬形さんでもこの数は」
周辺に群がるゾンビの姿はさらに数を増し、目視できるだけでも七十はくだらない。いかに二人が手練れでもあまり多勢に無勢だ。生存限界などすでに超えている。
「ああ、流石につらい。恐らくは一分が限界だ。だからそれまでには戻ってくれ。私だってここで死にたくはないからね」
「分かりました」
胴丸の覚悟を感じ取り、黎一は急ぎ地下へと延びる階段へと駆けた。一分一秒が惜しい。二人とキーを救出して、胴丸と鍬形の加勢に回らなければいけない。
「言葉に出した以上、一分持たせないとな」
「俺もいる。一分と言わずにゾンビどもを殲滅してやろうぜ」
「良い提案だ。戻ってきた綿上くんを驚かせるのも一興だな」
二人は己を鼓舞しながらも、冷静に、着実に、目の前のゾンビを撃破していく。
「玲於奈。無事か!」
階段まで到着し、黎一は階下へ向けて叫ぶ。悲鳴を上げたということは、裏を返せば生存の証明でもある。怪我もなく無事でいてほしい。
「黎一さん!」
黎一が階段を下ろうと一段目に足をかけた瞬間、息を切らせた玲於奈が階段を駆け上がり、黎一の胸へと飛び込んできた。体は小刻みに震え、表情には恐怖が張り付いている。幸いなことに外傷は無い。辛うじてゾンビから攻撃を受けることは免れたようだ。
「一文字さんはどうした?」
「ゾンビに掴まれ、そのまま引きずり込まれて……」
「助けに行かないと!」
「危険です!」
まだ間に合うのでは? そんな希望を抱き、玲於奈の制止を振り切って黎一は地下へと駆けおりる。
「一文字さん……そんな」
黎一の瞳に映り込んだのは、ゾンビに噛み千切られ、鉈を握ったまま床へと転がっている季里の右肘から先だった。奥では三十を超えるゾンビが一山作っており、その隙間からは血塗れの女性の手足がはみ出していた。ゾンビの群れ季里の体を喰らい尽くす、何ともおぞましい光景がそこにはあった。
「なんてことを……」
ショックに呆然とするが、状況は感傷さえ許してはくれない。多くのゾンビが季里の遺体に群がっているが、十体程が黎一という新たな餌に狙いを定め、階段へと押し寄せて来た。黎一は急ぎ地上まで駆け上がると一度立ち止まり、階段を上って来た先頭のゾンビを勢いよく蹴り飛ばす。これによって階段を上るゾンビは将棋倒しを起こした。これで多少は時間を稼げた。
「船のキーは?」
「私が持っています……一文字さんが、鍵を持つ私を先に行かせてくれたので」
季里の犠牲は大きいが、キーを入手し最悪の事態だけは回避できた。長居は無用。この地獄から一刻も早く離脱しなければいけない。
「胴丸さん、鍬形さん。戻りました」
出入り口を離れてから約五十秒。二人は無傷のままで入口を死守し、周辺には二十を超える屍の山が築かれてた。
「……一文字は?」
二人しか戻らなかったことで、鍬形はすでに季里のことを察しているようだった。玲於奈は黙って首を横に振る。
「……馬鹿。お前がいなきゃ誰がこの闇を暴くんだよ」
荒々しく特殊警棒で怒りをぶつけ、鍬形はゾンビの頭部を粉砕した。この地獄のような島で大半の時間を共有してきた相棒。その喪失感は計り知れない。
「……面倒事は嫌いだと言っただろう」
一貫して落ち着いた印象だった胴丸も、この時ばかりは感情的に声を震わせていた。万が一の場合は季里に代わり、この島の闇を彼女の同僚に伝えると約束した。季里が亡くなったことで、胴丸が生きて帰らなければいけない理由が一つ増えた。彼女の死を無駄にしてはいけない。
「キーは玲於奈が手に入れました。一刻も早く退散しましょう」
「しかし、周辺を囲むゾンビは予想よりも多い。いかに私達でも無策での突破は難しい」
こうして会話を交わしている暇すらもゾンビ達は与えてはくれない。攻撃と後退を繰り返しつつ作戦を練る。
「玲於奈。残りの矢は?」
「四本です」
「ナイフはどうした?」
「地下でゾンビを迎撃した際に紛失しました。突き刺した瞬間にゾンビが暴れ、その衝撃で手放してしまって……」
「まいったな」
鋭司はいっそのこと、ネイルハンマーと狩猟ナイフの二刀流で暴れてやろうかと考えていたのだが、それも出来ないようだ。
ゾンビの数は目視できるだけで百は越えており、もう間もなく地下のゾンビ達も地上へと攻め込んでくる。挟み撃ちにされたら、歴戦の猛者たちでも万事休すだ。
前へ進む以外に道は無いが、正攻法で突破出来る戦力差では無い。
何か活路は無いのかと、一行は状況を冷静に分析するが、
「あのゾンビを見てください」
突破口を見つけたのは玲於奈だった。彼女の指差す先にいたのは、一体の新鮮な中年男性のゾンビ。他の個体より一際新鮮そうで、何より目を引いたのは、腰に携帯された危険物だった。
「手榴弾か。あの個体はもしかして」
これまでにゾンビが武器を携帯していた例は無いが、例外は存在する。それは武器を所持したゲームの参加者がゾンビ化した場合だ。武器を使う知恵を失っても、武器を携帯したままだったり、握ったままだったり。そういった状態のまま島内をさまよっている可能性は十分に考えられる。二発の手榴弾を携帯したゾンビの正体は、昨日死亡が報告された目釘直也であった。
「突破口を開くにはあれしかない……一文字の弔いに派手な花火を上げてやるよ」
「俺もお供します」
ゾンビの群れの中の目釘から手榴弾を奪取することは決して簡単ではないが、いまさら臆する一行ではない。鍬形と黎一が切り込み隊長を買って出た。
「私と獅噛くんで全力で援護する。その間に二人は奴から手榴弾を奪い取ってくれ。狙うのは」
「北側ですね」
北側は他に比べてゾンビの数が少ない。手榴弾で風穴を開けてやれば退路は開ける。
「先に行くぜ!」
季里の弔い合戦に燃える鍬形が先陣を切り、黎一が後に続く。
「邪魔だ」
鍬形と黎一は共に打撃武器で、目釘の元へ辿り付くまでの障害をことごとく殴り倒していく。別方向では胴丸が二人に迫るゾンビを排除していく。刀は刃こぼれを起こし切れ味が鈍ってきているが、胴丸はそれを技量でカバーし、変わらず鬼神の如き活躍を見せている。
玲於奈のフォローも的確だ。残り四発しかない矢を最大限に利用すべく、鍬形と黎一の進行の邪魔をしようとする個体だけを確実に射抜いていく。
黎一の正面から噛みついてきた個体に一発。胴丸を背後から狙おうとした個体に一発。他のゾンビの背中を踏み台に使い、高々と跳躍して鍬形を狙った個体に一発。この個体は射抜かれたことで勢いを失い、鍬形に届くことなく他のゾンビ頭上へと落下した。
「そこです!」
胴丸が切り進んだおかげで、群の中から毬塚のゾンビが顔が覗け、玲於奈はその瞬間を逃さずに最後の一射を放った。射られた矢は見事に額を貫通し、目釘ゾンビは膝をついて活動を停止した。後は腰の手榴弾をもぎ取るだけだ。
「くっ……綿上。今だ!」
目釘ゾンビを囲むように展開していた三体を、鍬形が右手の特殊警棒で一体、左の拳で殴りつけて一体を撃破。黎一を庇うように、最後の一体を強烈に蹴り上げて顎ごと頭部を砕いた。鍬形の奮戦でスペースを見つけた黎一は勢いよくスライディングして、目釘ゾンビの腰から二発の手榴弾をもぎ取った。
「くらいやがれ!」
黎一はすぐさま体勢を立て直し、ピンを抜いて手榴弾を北側のゾンビの群れへと投擲。手榴弾は見事にその中心に落下し、僅かなタイムラグの後に爆発。その衝撃で周辺のゾンビは肉片となって飛び散り、北側に血に染まった脱出口が生まれた。
「北を突破するぞ!」
周辺を囲むゾンビを黎一と胴丸がさらに蹴散らし、手薄となった北側目指して一気に駈ける。
「百重くん。これを」
矢を使い切り、攻撃手段を失った玲於奈を見かねて胴丸は刀の鞘を手渡す。リーチのある鞘は護身用の武器として優秀だ。
「ありがとうございます」
受け取った瞬間に玲於奈は鞘を振るい、左から剛腕を伸ばしてきたゾンビの体を殴り飛ばし転倒させた。
「……綿上。手榴弾を貸せ。俺が殿を務める」
「殿は俺が。まだまだ余力があるし、足の速さにも自信がある」
「いいや。ここは俺が適任だ」
苦笑を浮かべて鍬形が見せてきた左腕を見て、黎一は言葉を失った。彼の前腕にはゾンビの噛み痕らしき真新しい傷があり、単なる傷でないことを物語るように、傷の周辺が顕著に黒んずでいる。
「噛まれたんですか……もしかしてさっき、俺を援護した時に」
「違う。出入り口を防衛している時にちょいとしくじってな。だからそう思い詰めるな」
事実なのか優しい嘘なのか、極限状態の混乱の中で答えを出すことは難しかった。一つだけ確かなのは、鍬形がゾンビに噛まれたという、取り返しのつかない事実が存在しているだけだ。
「鍬形……」
二人のやり取りは胴丸と玲於奈の耳にも届いていた。二人で防衛をしていた胴丸はその時点で鍬形が負傷していたか否かを把握しているが、彼の思いを尊重して結論は出さなかった。
「俺としてはむしろ僥倖だったよ。一文字を残してはいけないからな。これで堂々と居残れるってもんだ」
「大切な相棒だから?」
「自覚していた以上に、俺はあいつに仲間意識を抱いていたらしい。ろくでなしの俺でも、少しは正義のために戦えるかもしれないって、そんな希望を抱かせてくれた。お前らが脱出することで一文字の正義が果たされるなら、俺は本望だよ」
後悔などない。鍬形は晴れやかに笑っていた。誰かを傷つけることしかしてこなかった人生だが、季里と共に戦うことで、初めてこの力を正義のために使うことが出来た。そのことには満足している。
「お願いします」
「おう。任せておけ」
鍬形の覚悟を前に、これ以上は何も言えない。黎一は鍬形に最後の手榴弾を託し、北側へと駈け出した。
「胴丸! 一文字の最後の仕事、お前に託したぞ!」
「無論だ」
短い返答だが、その言葉は彼の振るう刀のように鋭かった。
退路を確保すべく、目の前のゾンビをひたすら切り伏せていく。
「このまま一気に北の海岸まで行こう!」
先行する胴丸に続き、黎一と玲於奈は北を突破し、森の中へと抜けた。
その後をゾンビの群れが追跡しようとするが、その前に鍬形が立ち塞がった。
「この先には行かせねえぞ。ゾンビ共! 一緒に地獄に落ちようぜ!」
大量のゾンビの群れへと鍬形は手榴弾を投擲。ゾンビの群れは粉々に砕け散った。それでもまだ大量のゾンビが襲い掛かるが、鍬形は臆せずにひたすらゾンビを蹴散らし続ける。最後まで戦い抜いて死ぬ。そうすることが黎一たちの生存へと繋がる。そうすれば季里の思いも報われる。
ゲーム開始から二十三時間。
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