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6-1 謁見式の朝

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 クラウディアが目を覚ますと目の前にシルヴェスターの顔があった。驚いて仰け反ると身体に回されているシルヴェスターの腕に力が籠められ、より密着する体勢になる。クラウディアは悲鳴を上げそうになるのを口元を手で押さえて必死にこらえた。
 シルヴェスターの腕の中から抜け出そうともがいてみるも、彼の力は強く抜け出せそうもない。
 諦めてシルヴェスターの顔を眺めていると、クラウディアは頬を赤らめた。子供の頃よりシャープになった頬のライン、なめらかで少し日に焼けた肌、通った鼻筋、薄い唇、瞼が閉じられていると普段より少し幼く見える。
(きれい…………)
 自分はこんな綺麗な人の婚約者になったのかと思うと心臓が早鐘を打ち出す。
「そんなに見られると穴が開いてしまうよ」
「シル様! 起きておいででしたの?」
「うん。ディアが私の腕の中から抜け出そうともがいているころからね」
「ごめんなさい。起こしてしまって」
「いや、それより、あの後はちゃんと寝れたかい?」
「あの後…………?」
「夜中に魘されて、泣いて起きた後」
「あ…………」
 イヴァン・ステイグリッツに取り押さえられ、戦を仕掛けると脅される夢を見たのだ。それで泣いて起きて…………その後…………
 クラウディアは耳まで赤く染めて俯いた。
 そこで今の自分の状況がどういうものか初めて認識した。
 ネグリジェの胸元がはだけられ、胸のふくらみが見えてしまっている。その上、胸の周辺に赤い跡がたくさん散っていた。
「ひゃぁっ!」
 クラウディアは小さく悲鳴を上げると、よりシルヴェスターに密着するようにしがみついた。
「ディア?」
「あ、あの、ごめんなさい。服がはだけていていそれで、その…………」
「服をはだけさせたのは私だけどね。…………朝からあんまり煽らないでくれるかな」
「煽る?」
 シルヴェスターはクラウディアを引きはがすように寝台へ沈めると、上から覆いかぶさり唇に己のそれを落とした。だんだんと口づけを深いものに変えていき、クラウディアの力が抜けきると首筋からデコルテ部分を唇でなぞり、再度胸の周辺に赤い花びらを散らし始めた。
「ん…………」
 早朝には似つかわしくない甘い声がクラウディアから漏れる。これ以上煽られたら止められなくなると思ったところで、扉がノックされ、侍女が起こしに来た。
「シルヴェスター殿下、お嬢様、おはようございます。ご起床のお時間ですよ」
 どうやら入ってきたのは乳母のエレーヌらしい。
 シルヴェスターは慌てて身を起こしたが、先ほどの口付けで力が抜けてしまっているクラウディアは起き上がれない。
 そうこうしているうちにエレーヌがやってきて、天蓋からかけられているカーテンが開かれた。
 そこに広がっている光景にさすがのエレーヌも声が出せなかったらしい。目を見開いて固まっている。
「おはよう。エレーヌ。君も王宮に慣れたかい?」
 シルヴェスターが声をかけると、エレーヌも我に返ったようだ
「おはようございます。シルヴェスター殿下。…………ところで、この状況はいったいどう言う事でしょう。お嬢様に何をなさいました!?このエレーヌに分かるよう順序立ててお話下さいませ」
 シュタインベック家の兄妹の乳母を務めていたエレーヌは、シルヴェスターにとっても第二の乳母と言える存在だ。今でも時々頭が上がらないことがある。初日からエレーヌの大切なお嬢様にこんなことをした日には、シルヴェスターも顔を引きつらせるしかない。
「いや、その、まあ、見たままの光景と言うか…………」
「…………まさか、殿下最後まで…………?」
「それはない!!昨日の夜中と今朝と口づけをしただけだ」
「そのようにお嬢様のお胸に沢山の跡が残る口づけをですか?」
「エレーヌ。こちらにも色々事情があったんだ。あまり責めないでくれないか」
 エレーヌは大きくため息をついた。
「はぁ。旦那様は認めていらっしゃいませんが、奥様と王妃陛下がお嬢様に「殿下に身を任せるように」とお話しされたことは伺っております。ですから、エレーヌはお嬢様が嫌がらない限り、殿下のなさることを責めるつもりはございませんが…………初日からこれはやりすぎではございませんか。ましてやそのように跡をお付けして。本日は謁見式も夜会もあるのですよ。ドレスの胸元から見えてしまったら、恥をかくのはお嬢様です」
「分かっているよ。その辺は考えて跡を付けたつもりだ」
「考えてなさるくらいでしたら、そもそもなさらなければよろしいものを…………」
 今更だが、ネグリジェがはだけたままぼおっとしているクラウディアにシルヴェスターはシーツをかけた。
「夜中にクラウディアが魘されて泣いていたんだ。今の段階でディアを安心させるためにできることは、抱きしめて口づけすることぐらいしかない。相手の出方が分からないからな。それで、まあ興が乗ってしまったと」
「夜中にお嬢様が…………」
「ああ。昨日の1件でディアが受けた傷はよほど深いのだろう」
 なら、それを忘れるくらい泣かせて、甘やかして、甘い口づけを贈ることくらいしかできない。だが、シルヴェスターも男だ。クラウディアの甘い声と可愛らしい所作、メリハリのある綺麗な身体、そしてイヴァン・ステイグリッツへの憤怒に理性が焼き切れても仕方がないではないか。
「では、今朝は?まさかお嬢様は今朝も泣いて起きられたのですか?」
「いや。今朝のは、まぁ、単にディアの可愛さに私が耐えられなかっただけだ」
「…………殿下、ほどほどになさいまし。お嬢様に嫌われてもエレーヌは責任取れませんよ。そもそもお嬢様はこういった知識には全く疎いのですから。ご注意なさいまし」
「ああ」
 エレーヌはまだまだお説教したいところだったが、謁見式の準備でそのような時間はない。
「殿下、朝食はいかがなさいますか?」
「このままディアの部屋で摂ろう。2回も着替えるのは面倒だしな」
「かしこまりました。ではお部屋に朝食をご用意いたします。その間にお湯を持ってまいりますので、お二人ともお顔を洗ってくださいませ」
 フランカ、エリカ、ペトラが食事の用意を整えている間に、エレーヌとキャロラインがお湯の入った洗面器とタオルを持って入室してくる。
 その隙にシルヴェスターはこっそりとクラウディアのネグリジェの胸元を閉じ、まだどこかぼおっとしているクラウディアを起こして、自分にもたれかけさせた。
 
 朝食を2人で摂った後は、それぞれの部屋で謁見式の準備を行うことになる。
 クラウディアは侍女たちの手によって、ネグリジェを脱がされた段階で胸元の赤い跡を見られることになってしまった。
 箱入り娘のクラウディアと違い、王宮に務める侍女たちは耳年間である。クラウディアとそう年齢は離れていないが、その跡が何であるのか一発で察し、頬を赤らめながら生ぬるい目でクラウディアを見つめた。
「ふふふ。クラウディア様はシルヴェスター殿下に愛されておりますのね」
「シルヴェスター殿下がこんなにも情熱的だったなんて、初めて知りましたわ。まだ婚約式前ですけれど、仲がよろしくてようございました」
「ペトラ、エリカ、それ以上はクラウディア様に失礼ですよ。クラウディア様申し訳ございません」
 王宮から派遣されている侍女のうち一番年上のフランカがペトラとエリカを窘め、クラウディアに謝罪した。
「いいえ、フランカ。ペトラ、エリカ、わたくしは閨事には疎くて…………、お母様と王妃陛下に言われた通りにしただけですわ。その結果がこの赤い跡と言う事なら、わたくしの対応は間違ってはいなかったという事でよろしいのかしら?」
 クラウディアは真っ赤な顔で恥を忍んで聞いてみた。
「ええ、ええ。殿方がお相手の女性に跡を残すと言う事は、それだけその女性に愛情や執着心、独占欲があるということでございましょう。
 それをシルヴェスター殿下ははっきりとお示しになられましたわ」
「そうですわ。そうですわ。クラウディア様は何も間違えてなどおりませんよ。これからもお母様方に教えられた通りになさればよろしいのですわ。そうするれば、一足早いですけれど夫婦仲は良好です!」
 ペトラとエリカはどこか不安そうなクラウディアに「大丈夫」と笑って見せた。
「そう…………」と答えながら、クラウディアはほっとしたように息を吐き出した。
「旦那様やお兄様方は怒り狂いそうですけれどねぇ……」とキャロラインは呟いた。 
「さあさ、おしゃべりはこれくらいになさいませんと。お時間が無くなってしまいますよ」
 エレーヌの鶴の一声でその後は不必要に騒ぎ立てることもなく、てきぱきとクラウディアの準備を進めた。
 謁見式で着るドレスはサファイアブルーの光沢が美しいシルク素材の重厚なプリンセスラインのドレスだ。
 こちらは首元が大きく開いてはいないので、跡が露出することもなく、エレーヌはほっとしていた。
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