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【Side Story】イヴァン・ステイグリッツ

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 俺はイヴァン・ステイグリッツ。
 ステイグリッツ帝国の第一王子で皇太子を名乗っている。…………一応は。
 なぜ「一応」かと言うと、皇帝であり父であるエツィオ・ステイグリッツが俺のことを疎んじているからだ。

 俺は側妃腹の生まれだ。
 皇帝陛下は正妃にギンズブルグ公爵家長女リェーナ・ギンズブルグを迎えたがなかなか子供に恵まれなかったらしい。
 そこで側近たちは側妃を迎えることを進言した。
 そして迎えたのが俺の母親であるザベリンスカヤ公爵家次女カタリナ・ザベリンスカヤである。
 母は、側妃に迎えられてすぐに俺を身籠った。そして十月十日後俺を出産した。
 側妃腹とは言え、ようやく世継ぎとなりえる男子の誕生に国中が歓喜に沸いたらしい。
 だが、正妃リェーナを愛していたエツィオは複雑な心境だったようだ。
 エツィオは俺が生まれた時点で側妃に対する義務は果たしたとばかりに、母の許へ通うことは無くなった。
 エツィオはもっぱら愛しているリェーナの許へばかり通ったが、その後もリェーナはなかなか子に恵まれず、俺が6歳になった時にようやく第二王子となるヴィクトルを出産した。
 そこからは今まで子に恵まれなかったのが嘘のように、第三王子マクシム、第一王女エカテリーナと立て続けに子を儲けた。

 母はエツィオが自分の許に通わなくなり、彼の愛情が正妃リェーナにばかり向くことに腹を立てていた…………などと言う言い方は生温く、エツィオのこともリェーナのことも憎んでいた。勿論俺のことも。
 俺は母から虐待まがいの仕打ちを受けて育った。特に第二王子ヴィクトルが生まれてからはそれが酷くなり、何が何でも皇太子になれと言われ、政治、経済、国家運営、帝王学、魔術、乗馬、剣術、弓術、体術全てにおいてヴィクトルやマクシムに秀でるよう最高の家庭教師を付けられてしごかれた。
 その頃には国内の貴族は正妃派と側妃派に分かれ、対立していた。
 側妃を勧めたエツィオの側近たちはエツィオのリェーナ、およびその子供たちに対する愛情とヴィクトルとマクシムの聡明さを感じ取り正妃派に寝返っていた。
 とはいえ、側妃カタリナの実家であるザベリンスカヤ公爵家も力を持つ家であり、その親族、一派を無視しては国政が成り立たない状態であった。
 エツィオも俺が成人である18歳を迎えると、皇太子として立太子させよという側妃派の要望を撥ね退けることはできなかった。
 渋々ではあるが、立太子の儀を行い、俺は皇太子として立つことになった。
 なんやかんやと五月蠅い家庭教師どもではあったが、彼らに教えられたことを生かして皇太子の職務には真摯に向き合っていたと自分では思う。ザベリンスカヤ公爵家も母も俺の皇太子としての能力にある程度は満足していたようだ。
 一方で、俺が皇太子であることを良く思わなかったのはエツィオとその側近、リェーナの実家であるギンズブルグ公爵家とその一派だった。
 俺が立太子して2年、20歳になるころには、刺客を仕向けられるようになった。
 自身の魔術、剣術とザベリンスカヤ公爵家の力を借りてなんとか撥ね退けてきたが、それが6年も続くとなるといい加減うんざりしてくる。ザベリンスカヤ公爵家一派もヴィクトルやマクシムに対し刺客を放っていたが、なんとか根本的な解決策は無いかと思い始めた頃、北のペーザロ王国を通して面白い情報が入ってきた。
「中央のギルネキア王国に6属性魔術を使う女性がいる」と。
 俺はこの女は使えると思った。俺自身4属性の魔術を使え、魔力量も多い方だ。その俺と6属性を使うと言う女の間に子が出来れば、さぞかし魔術に長けた子が生まれるだろうと。短絡的であるかもしれないが、そのような子を儲けられれば帝国内で優位に立てるのではないかと考えた。
 
 そして俺は、空間転移の指輪で一度北のペーザロ王国へ向かうとその女の情報を詳しく聞き取り、ギルネキア王国王宮へその女――シュタインベック公爵令嬢との縁談の申し込みの書簡を送ると同時に、側近や護衛らとギルネキア王都へ向けて馬車で旅をした。
 空間転移の指輪を使わず、馬車で移動したのは、豊かな大国と言われるギルネキア王国の現状を見てみたかったからだ。
 どこの土地を通っても、気候は温暖で暑すぎることも寒すぎることも無い。また雨も程よく降り、見渡す大地は豊かな畑で占められていた。各領都では市場も活気にあふれ、沢山の食物や生活必需品が揃っていた。
 山岳地帯が国土の大半を占め、ここ数年天候不順が続き食糧難に陥っていた帝国からするとギルネキア王国は喉から手が出るほど欲しい土地だった。
 そこで俺はペーザロ王国に協力を求め、シュタインベック公爵令嬢と共にギルネキア王国を奪えないか画策した。
 ペーザロ王国を巻き込む以上、ギルネキア王国の全てを帝国が手に入れられるわけではないが、半分でも手に入れば俺は帝国内で更に優位に立てるとそう考えた。
 だが、ギルネキア王国も腑抜けた国ではなかったようだ。ペーザロ王国が戦準備を始める機運を見せると、それはすぐにギルネキア王国の王宮に伝わり、ペーザロ王国との国境を守る辺境騎士団の動きが活発になり、人員も増員されたようだ。
 そうなるとギルネキア王国より国力の劣るペーザロ王国は守りに入ってしまい、俺の計画は頓挫した。
 
 俺がシュタインベック公爵令嬢との縁談の申し込みの書簡を送ってしばらくすると、ギルネキア王国内に王太子と当のシュタインベック公爵令嬢が婚約したとの話が瞬く間に広まって行った。
 おそらく6属性の魔術師である彼女を国外へ出すことを憂慮した上層部が俺と対抗できるよう王太子との縁組を早急に進めたのだろう。そう考えた俺は2通目の書簡を出したが、王太子とシュタインベック公爵令嬢の縁談が政略のみだと考えたのが第一の誤りだった。

 王宮へ赴くと予告した前日に俺は王都入りした。その足でシュタインベック公爵邸へ向かう。
 先にかのご令嬢のご尊顔を拝してみたかったからだ。
 シュタインベック公爵邸へ着くと邸宅を守るように白の光魔術で結界が張られていた。なかなかに強固な結界で、これを張ったのが彼女であれば良い筋をしていると嬉しさを感じた。強固ではあるが俺の魔術で破れないほどではない。俺は結界を破るとシュタインベック公爵邸へ堂々と押し入った。
 家人や使用人、護衛たちを光の精神操作魔術で俺を歓迎するように操り、俺はシュタインベック公爵令嬢の前に立った。
 表には出さなかったが、俺は彼女の顔を見て心底驚いた。なぜなら数年前に俺はまだ幼い彼女に会っていたからだ。

 正妃派からの刺客が激しくなった21歳の頃、俺は一度だけしくじって、腹を刺され、空間転移の指輪で見知らぬ森の中へ飛ばされたことがある。
 その時森の中で瀕死の状態だった俺を救ってくれたのが、彼女だったのだ。
 後から知ったことだが、その森はシュタインベック公爵領のマナーハウスの裏の森だった。俺はたまたまその森で遊んでいた彼女に出合ったのだ。銀髪に薄紫色の瞳、血色は良いが白い肌に細い手脚、瞳の色に合わせた薄紫色のドレスが可愛らしい美少女だった。
 彼女は見知らぬ俺に話しかけてきた。
「お兄様、お怪我をなさっているのですか?」
「ああ……、ご覧の……通りにね……。……しくじって……瀕死の……状態だ……」
 俺は脂汗を流しながら、なんとか彼女の質問に答えた
「では、わたくしが治して差し上げます」
 そう言うと彼女は光の治癒魔法を発動させ、俺の腹の傷を丁寧に治療してくれた。
 剰え、水魔法で血で汚れた肌や衣服を綺麗に洗い流し、温風にした風魔法で水気を払ってくれた。
「いかがですか?」
「あ……ああ、どこも何ともないようだ」
「そうですか。良かったですわ。それではわたくしはこれで失礼いたしますね」
 そう言うと彼女は俺が名を聞く暇も、礼を言う暇もなく「ディアー!」と呼ばれている声の方に駆けて行ってしまった。
 その後、すぐに俺の配下の者が俺を追って空間転移してきて、俺は無事にステイグリッツ帝国に戻ることができた。
 
 思えばそれは、幼女趣味ロリコンと言われようと何と言われようと俺の初恋だったのかもしれない。
 側妃派と正妃派の派閥争いが激化している中、一応皇太子と言えど、妃に名乗りを上げる令嬢はいなかったし、仲良くしている令嬢もいなかった。それどころか純粋に利権も何も関係なく俺を心配してくれた人さえいない。
 そんな俺にとって彼女は忘れられない人間になった。

 そうして俺は押し入ったシュタインベック公爵家で彼女と2度目の出会いを果した。5年前に出合った時も美少女だと思っていたが、彼女はさらに美しくなっていた。自分の身分を保証するために彼女を欲しただけのはずが、一目見て彼女の身も心も欲しくなった。
 それが俺の第二の失敗だったのだろう。
 俺の魔術も俺自身も拒絶しようとする彼女を抑え込んで、無理やり口づけた。口づけだけで力を失い頽れた彼女を抱き上げて、どこか適当な部屋にでも入り彼女を抱こうとしたところで横やりが入った。
 ここで争っても仕方ないと、俺は王太子を名乗る人物に彼女を返し、シュタインベック公爵邸から退散した。

 翌日の謁見式では国王からも彼女の父親である宰相からも手酷く婚約の申し入れを拒まれた。
 昨日俺がちょっかいをかけたことで、逆に彼女と王太子の仲を深めることになってしまったようだ。
 本人たちからも拒絶され、彼女は王太子に縋っているように見える。王太子も彼女をかばうようにこちらを威嚇している。
 そんな2人を忌々しく感じた俺は、謁見式に引き続いて行われた夜会で、彼女にダンスを申し込み「主催者側として仕方なく」という態度を前面に押し出しながらも相手をしてくれた彼女を空間転移の指輪を使って大広間から連れ出した。
 またも彼女を抑え込み、唇にも首筋からデコルテへも口づけを落として彼女の力を奪う。だが今度は彼女も諦めなかった。土魔術を使い小岩を作るとそれなりの速度で俺にぶつけようとしてきた。
 だが正妃派から長く刺客を仕向けられていた俺にとっては、彼女の戦い方は子供のお遊びのようなものだった。
 彼女の容姿も怯えながら意地を張る性格も気に入っていた。確かに彼女の魔術は精度が高いがそれだけだった。6属性の魔術師の名が廃るような魔術しか放てない彼女に苛立ち、とうとう俺は鎌鼬の魔術で彼女を引き裂いてしまった。

 我に返った俺は、膝の上の彼女を見て愕然とした。彼女は俺の放った鎌鼬の魔術で上半身傷だらけになり血を流して気を失っていた。
 俺は初恋の女性に、命の恩人になんてことをしてしまったんだ…………
 自身の光の治癒魔法で彼女を治療することも思い浮かばず、彼女を抱えたまま呆然としていると、王太子や近衛兵たちが駆けつけてきた。
 光魔術の術師が彼女を結界でくるみ、自分たちの方へ移動させるのも呆然と見送った。
 だが、俺を捕らえようと攻撃を仕掛けてきた近衛兵たちに良いようにやられてやる筋合いも無いので、ちょっと遊んだ後自身に与えられている部屋へ空間転移の指輪で移動した。
 部屋へ戻って1人になって思い浮かべるのは彼女のことだ。取返しのつかないことをしてしまったと言う思い、俺が瑕物にしたのだからもう俺にしか嫁げないだろうという身勝手な思いが鬩ぎ合う。
 そんなことを考えていると先ほどの近衛兵らが部屋に押し入ってきて、俺に魔術封じの首輪を付け、貴族牢へ放り込まれた。
 唯々諾々と牢へ入れられたのは帝国からの迎えが――――皇帝の命を受けた正規の使者ではなく――――側妃派の実働部隊が迎えに来るだろうとの予測があったからだ。
 そしてその考えは正解だった。ギルネキア王国で俺に対する即決裁判とやらで処刑が決まった日の夜、側妃派の実働部隊4人とそこそこ発言権のある伯爵が1人ローブにフードを被った姿で空間転移してきて、見張りに立つギルネキア王国の騎士を音もなく倒した。
 伯爵が俺に話しかける。
「しくじりましたな。殿下。皇帝陛下がお冠ですぞ。陛下はギルネキアとの交渉で、殿下の身柄と魔道具を渡すことと引き換えに食料を手に入れるご決断をなさいました。だがいくら最近食糧難に見舞われているとはいえ、帝国の国家機密である魔道具を渡すなどと言語道断。皇帝の資格などございませぬ。殿下には帝国に戻り、地位と名誉を回復していただかなければなりませぬ。着いてきてくださいますな」
 既に俺は帝国にも皇太子と言う地位にも興味を無くしてしまっていた。ただ一つ欲しいものを見つけてしまったのだから。
 シュタインベック公爵令嬢を何としても手に入れる。そのためには生きていなければならない。一先ず俺は伯爵の話に乗ることにした。
「ああ、行こうか」
 俺は実働部隊の者に魔術封じの首輪と手枷、足枷を外させ、受け取った空間転移の指輪でギルネキア王国を後にした。
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