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回顧②
しおりを挟む両家顔合わせの日。
緊張しすぎているのか、引きつった笑顔のロイスナー子爵夫妻とは対照的に、フランツは始終冷静だった。
聞かれたことには丁寧に答え、またこちらの話も静かに聞いていた。
欲を言えばもう少し愛想よくしてくれてもいいんじゃないかと思ったが、騎士とは貴族に多い優男とは違い、真面目で実直なことが美徳とされるものなのかもしれない。
なにより私たちは夫婦になるのだ。
時間はたっぷりとある。
これから徐々に打ち解けていけばいい。そんな風に思っていた。
しかし後日、『ぜひ我が領地もご覧になってください』という彼の両親の申し出でロイスナー子爵領を訪れた私は、この時の彼の態度の本当の意味を知ることになる。
都市部だけでなく、地方と繋がる道も最近では石やレンガで舗装されるようになったが、ロイスナー子爵領に入ると細く土のままの悪路が目立った。道だけではない。領地の様子もお世辞にも潤っているとは言い難かった。
彼の境遇について、事前の調査でだいたいのことは知っていた。
ロイスナー子爵領は天災に見舞われることが多く、子爵はその修繕費用などに私財を投じ、家族は貧しいながらもなんとか生計を立てていた。
フランツが騎士の道を志したのは、彼が次男だったということもあるが、武功を上げ、困窮する家族と領民を救うためでもあったという。
そして涙ぐましい努力の日々はやがて大きく実を結ぶ。
西の国境沿いで起こった衝突が引き金となり始まった隣国との戦争。
一時は劣勢を強いられた戦況を、フランツ率いる騎馬隊が見事勝利へと導いたのだ。
多額の報償金が支払われたというが、彼はそれをすべて両親に渡したという。
『領地を立て直すために使ってくれ』そう言葉を添えて。
迎えてくれたロイスナー夫妻は、涙ながらにその時のことを私に語ってくれた。そして、まだ整備は追いついていないが、これからロイスナー子爵領はローエンシュタインの名に泥を塗ることのないよう、しっかりと立て直して行きたいと。
この話を聞き、フランツは本当に素晴らしい青年だと思った。
それなのにどうしてローエンシュタインの父は、彼を次期公爵として認めてくれなかったのだろう。
そんなことを考えながら、お世辞にも素敵とは言えないロイスナー子爵家の庭園を散歩していた時だった。
「約束したじゃない!そんなの、ひどいわ……!」
若い男女の話し声が聞こえてきた。しかも女性は泣いている。どちらかといえば痴話喧嘩の類だ。
引き返そうと思ったが、その時聞こえてきた声に思わず足が止まってしまった。
「泣かないでくれニーナ……決して見捨てたりなんてしないから……!」
それは、騎士団の訓練のため遅れて到着すると伝えられていたフランツの声だった。
──ニーナ?ニーナって、誰?
生け垣に身を隠しながら、声のする方を恐る恐る覗く。
するとそこにはフランツと、小柄な身体をふるふると震わせて泣く美しい女性の姿が。
「見捨てたりしないなんて……そんなはずないわ……現にあなたは彼女と結婚するんでしょう……?」
「これは政略結婚なんだ。ローエンシュタイン公爵家に逆らえる家門がこの国にあると思うか?この結婚だって、あの傲慢で有名なお嬢様の気まぐれで、そこに愛なんてないんだ」
早くここから立ち去らなければ。そう思うのに足はがくがくと震えて動いてはくれない。
“あの傲慢で有名なお嬢様”とは間違いなく私のことだろう。
誰もが喉から手が出るほど欲しい地位と名誉、そして溢れんばかりの富。
それらをすべて兼ね備えて生まれてきた私は、ただでさえ愛憎渦巻く社交界で、周り──特に同年代からの羨望を一身に受ける立場だった。
だからこそ悪しき者たちと接点を持たぬよう、時に高圧的に振る舞わなければならないことも多々あった。
そのせいで私をよく知らない人たちは、妬み半分で“傲慢な令嬢だ”などとよく陰口をたたいたものだ。
まさかそれを彼が知っていただけでなく、鵜呑みにしていただなんて。
ショックだった。私をよく知ろうともせず、噂で判断するなんて。
そしてこの結婚は私の気まぐれで、愛はなく、ローエンシュタイン公爵家に逆らえなかったからだと。
だから顔合わせの日、彼はあんなにも機械的だったのだ。愛などないから、心を砕く必要がなかったのだ。
気づいたら、震える足で必死にその場から走って逃げていた。
悲しくてたまらなかった。この頃既に、私の心の中はすべて、フランツで埋め尽くされていたから。
その後、どうやって王都の邸宅に戻ったのかあまり記憶がない。
ただ、体調不良を理由に、逃げるように帰ってきたのだけはぼんやりと憶えている。
戻ってすぐに、私はあのニーナという女性の素性を調べるよう、家の者に命じた。
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