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第三章⑦

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 怒りはなかった……。ただ、悲しいとだけしか思えなかった。
 所詮は政略結婚だ。王太子殿下をお慕いしていたわけではない。
 ただ、仲の良かった令嬢を追い詰めてしまったことを思うと悲しかった。
 どんな思いで、わたしに笑顔で祝福の言葉を告げながらわたしへの恨みがこもった花束を渡したのだろうか……。
 大人に成長した令嬢の寝顔を見ながら、そんなことを考えていた。
 
 あれから随分と時間が経ってしまっていたからなのか、怒りの感情は湧いてこなかったわ。
 だけど、わたしにも許せないと思うことがあったわ。
 だから、わたしはその場に背を向けて、伯爵家のわたしの部屋へと向かっていた。
 どうしても確認しなければならないことがあったから。
 
 
「王妃陛下は、魔術の類は使えないはず。なら、どうして……」

 わたしがどうしてこうなってしまったかという糸口が見えた今、その細い糸を手繰り寄せて一刻も早く王子殿下を助けることしか考えられなかった。
 
「魔術が使える者はそこまで多くはないわ……。そして、人を水晶に閉じ込めるような魔術だってわたしは知らない……。手掛かりは、水晶の中の花びらだけ……」

 そう考えたわたしは、水晶の中花びらを観察した。
 微量な魔力を感じるがただそれだけだった。
 
「微かすぎて何の手掛かりにも……。そういえば……」

 わたしは、あることを思い出していたの。
 それは、わたしがこうなってしまう前の貴族令嬢たちの間での流行。
 眉唾物のおまじない。
 月明かりの下で誰にも見られずに好きな人を思いながら刺した刺繍のハンカチは、両想いになれるチャンスをくれるだとか、嫌いな相手の髪の毛を縫いぐるみの中に入れて、燃やすと嫌いな相手が不幸になるだとか……。
 そんなおまじないが流行ったのをふと思い出したのだ。
 
 わたしはあの時のまま時間が止まったような部屋の中を見渡して、ある物を見つけていた。
 本棚の隅に押し込まれていた一冊の本。
 それは、少女時代の王妃陛下からもらったおまじないの書かれた本だった。
 その本を魔力で浮かせたわたしは、その装丁に顔が引きつっていたと思うわ。
 まっピンクの表紙で、ハートが散りばめられたファンシーを通り越して恐怖すら感じるダサさが極まった本だった。
 表情を引きつらせつつも、わたしはその本をパラパラと捲ってその内容に目を通していた。
 貰った当初は興味が無さ過ぎて、でも捨てる訳にもいかずに本棚の奥に押し込んだのよね……。
 
 そして、最後の方にそれあったのよ。
 
『♡嫌いな相手を不幸にするおまじない♡』

 書かれていた内容は、とても覚えのある内容だった。
 
 ♡用意する物♡
 ♡六種類の花をい~っぱい♡
 ♡動物の血をたっぷり♡
 
 ♡用意した血に六種類の花を六日間さしておくよ♡
 ♡その後、六時間花を逆さまに吊るしておくよ♡
 ♡花を綺麗にラッピングしたら、不幸にしたい相手に渡せば、相手が不幸になるよ♡


 渡された花束は、六種類の花で作られていたと思うわ。
 つまりわたしは、このおまじないで?
 イヤイヤ……。
 だって、あの子からこの本を貰ったのよ?
 もし、わたしがこの本をちゃんと読んでいたら、花を見てすぐに喧嘩になっていたはずだし、受け取りもしなかったと思うわ……。
 頭の悪すぎる計画にわたしは頭を抱えていた。
 だけど、本の内容は少し……。いえ、かなり魔術的だったのよね……。
 魔術的な要素のある『六』という数字。
 動物の血だって、魔術的な儀式をするときに必要とするケースもあるわ……。
 
 つまり、偶然魔術的な要素のあるおまじないでわたしはこうなったとでも言うの?
 あり得ない……。だけど、実際には………………。
 
「あっ…………。そうだったのね……。自己防衛魔術……? もしかして……」

 わたしは、ある一つの可能性に気が付いてしまったの。
 それが、わたしの中の魔力よ。
 わたしは、昔から魔力量だけは名のある魔術師レベルだと言われていたのだけれど、それを扱う性能が皆無だったのよね。
 だけど、自分を害そうとする物から自分を守るために無意識に魔力を発して、それを弾こうとした……。その結果、自信を守るために体を結晶の中に閉じ込めた……と言うことなの?
 
 それなら……、水晶の中に紛れ込んでいる花びらを消せば……。
 確証はなかったけれど、今のわたしに出来そうなことはどんなことでも試したかった。
 だから、水晶の中の花びらに手のひらをかざして魔力を放っていた。
 わたしの放った魔力が水晶の中の花びらを覆ったと思った次の瞬間。
 青い炎となって、花びらを塵に変えていたの。
 だけど、それだけだった。
 
「あはは……。そうよね。そう簡単には……。あれ?」

 何の変化も見られないと思ったのは間違っていたみたいだった。
 わたしが閉じ込められている水晶を見ると、細かなヒビが全体に広がっていたの。
 だけど、自分のした軽率な行動に、自分自身を引っ叩きたくなっていたわ。
 
 このまま、王子殿下に何も伝えることも出来ずにわたしが消えてしまえば、王子殿下をどれほど傷つけてしまうのかと。
 わたしはすぐに王子殿下の元に向かって飛び出していたわ。
 
 王子殿下の元に着いた時には、わたしの体はいつ消えてもおかしくないほど薄くなっていたの。
 
 嫌だった……。このまま、何も伝えられずに離れてしまうのだけは……。
 その想いが通じたのかは分からないけれど、眠っていた王子殿下がうっすらと目を覚ましたのよ。
 わたしは、聞こえないと分かっていても伝えずにはいられなかった。
 
「王子殿下! 必ず、必ず貴方をこの場所から連れ出します。だから、待っていてください!! アルトラーディ殿下。だから、絶対にわたしのこと……」

 必死にそう声を出したけど……。
 駄目だった……。
 王子殿下の目には、もうわたしはの姿は映ってはいなかったみたい……。
 必死に声を上げている途中から、王子殿下は、泣くのを我慢するような、そんな表情で視線を彷徨わせていたの。
 いつしか、わたしの視界も白く霞んでいったの。
 そして……。
 
「ああああ!! あぁぁぁ!! うぅううぅう!!!」

 王子殿下の苦しそうな、辛そうな、そんな泣き声が聞こえた後、わたしの意識はプツリと途切れていたわ。 


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