潮霧高校物語
海の見える高校に通う文芸部員 桜田孝介は小説は書けるのに、人の心が読めない。隣の席のクラスメイト・桃山さくらは、地元の劇団「汐鳴座」で演技の道を歩む研究生。彼女は三年間の片思いを、完璧な演技力で隠していた。
四月、通学路の防波堤で孝介が耳にした「好きです」。それは台本の練習だった。文化祭の朗読劇『潮鳴りのわすれもの』の脚本を孝介が任され、なりゆきでさくらが演出助手に立ったことから、二人の距離は少しずつ動き始める。台本の中の言葉はすんなり届くのに、日常の言葉はいつもすれ違う。孝介は「告白の練習」さえ、練習だと思っている。消しゴムを三回落とし、台本の余白に書き殴られた言葉に気づかず、机に並ぶ感想ノートの筆跡を、最後まで本人と知らない。
夏、浴衣の花火大会で言いかけた本心は突発的な花火の音に消える。秋、文化祭当日、さくらは劇団の本番への道を捨てて朗読劇を選ぶのに、孝介は「劇団に行け」と背中を押してしまい、彼女は初めて感情をあらわにして走り去る。冬、さくらの声は出なくなる。心因性。二人きりにされたクリスマスの夜、声を失った彼女との会話はメモ帳の筆談だけで成り立った。孝介がポケットから出したのは「好きだ」の一言だけが書かれた脚本の殴り書き。さくらはそれを台本の余白に貼り、何も書き添えなかった。
春。研究生公演『潮鳴りのわすれもの 改』の舞台上で、さくらは客席に背を向けたまま、台本にない一言を口にする。「孝介くん」。一年分の伏線が一斉に回収され、孝介は初めて台本の外側に出る。「ボクが好きなのは役じゃない。桃山さくらだ」。けれど返事はその場では出ない。「返事、まだしてないから」。
そして翌年四月。防波堤に、台本を持たない彼女が立つ。返事は海の音に混ざり、孝介は生まれて初めて、聞き返すことができた。
台本なら何でも書ける男と、台本でしか本心を言えない女が、台本を介してしか近づけず、最後に台本を捨てるまでの、一年の物語。
四月、通学路の防波堤で孝介が耳にした「好きです」。それは台本の練習だった。文化祭の朗読劇『潮鳴りのわすれもの』の脚本を孝介が任され、なりゆきでさくらが演出助手に立ったことから、二人の距離は少しずつ動き始める。台本の中の言葉はすんなり届くのに、日常の言葉はいつもすれ違う。孝介は「告白の練習」さえ、練習だと思っている。消しゴムを三回落とし、台本の余白に書き殴られた言葉に気づかず、机に並ぶ感想ノートの筆跡を、最後まで本人と知らない。
夏、浴衣の花火大会で言いかけた本心は突発的な花火の音に消える。秋、文化祭当日、さくらは劇団の本番への道を捨てて朗読劇を選ぶのに、孝介は「劇団に行け」と背中を押してしまい、彼女は初めて感情をあらわにして走り去る。冬、さくらの声は出なくなる。心因性。二人きりにされたクリスマスの夜、声を失った彼女との会話はメモ帳の筆談だけで成り立った。孝介がポケットから出したのは「好きだ」の一言だけが書かれた脚本の殴り書き。さくらはそれを台本の余白に貼り、何も書き添えなかった。
春。研究生公演『潮鳴りのわすれもの 改』の舞台上で、さくらは客席に背を向けたまま、台本にない一言を口にする。「孝介くん」。一年分の伏線が一斉に回収され、孝介は初めて台本の外側に出る。「ボクが好きなのは役じゃない。桃山さくらだ」。けれど返事はその場では出ない。「返事、まだしてないから」。
そして翌年四月。防波堤に、台本を持たない彼女が立つ。返事は海の音に混ざり、孝介は生まれて初めて、聞き返すことができた。
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