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【五十八】ヒロインの役割が分担されている?
しおりを挟む「壁の花の推しも、本当に尊い!」
「ごきげんよう、ヴォルフ殿下」
気分を切り替え、俺は作り笑いを浮かべた。するとヴォルフが、少し屈んで俺を見た。
「あのな、俺は再び大変な事に気づいてしまったんだ」
「気づきすぎだろう!? 今度はなんだ!」
小声ではあったが、俺は思わず語調を荒げてしまった。
「本来、ダイクとクリスティーナの婚約内定に関する夜会――つまり、今夜のこの催しは、本編ではクリスティーナをめぐる恋の政争が一段落した秋に行われるはずだったんだ。その際も、俺の愛するあの小説においては、俺という存在はまだクリスティーナを諦めない当て馬だった……!」
ボソボソとヴォルフが言う。俺は必死で耳を傾けた。
「つまり、時期が早くなっている!」
「そ、そうか。それで?」
「ストーリーがやはり僅かに変化しているんだ。先日の俺の推測の信憑性が増した」
「……」
「だが、大筋は変わっていない。やはり、クラウスは断罪される可能性がある!」
ヴォルフの言葉に、俺は嫌な汗をかきそうになった。
「俺は断言して、クリスティーナを愛してはいないから、当て馬にはならない」
「――メインヒーローがダイクに固定されたから、時期が早まったという事は無いのか?」
「推しがメインヒーローという用語を覚えてくれて、俺は嬉しい。いいや、しかしそこは問題ではない」
俺は自分もまた記憶を保持しているとは伝えていない為、視線を一瞬背けて誤魔化した。
「問題、は! 俺にはクラウスしかいないという事だ! 好きだ、my推し!」
「悪いな、俺にはシュトルフだけなんだ」
きっぱりと断言してから、俺はシュトルフに視線を戻した。そして眉を顰めた。
なんとダニエルが、シュトルフの真横にいて、その腕に触れている。思わず口を開けて、俺は唇を震わせた。何も触る事は無いんじゃないのか?
「……シュトルフ、楽しそうだな」
すると俺の視線を追いかけたらしく、ヴォルフが呟いた。俺の胸にグサっとその言葉が突き刺さった。
「ク、クリスティーナの祝いの席だからな。兄として嬉しいんじゃないか?」
「あんなの、俺から見たら浮気だ」
「っ」
「俺は、絶対にクラウス以外に手を触れさせたりはしないぞ」
ヴォルフの声は冷静だ。いつものテンションの高さが無い。真剣に聞こえる。
「今ならまだ間に合う。俺を見てくれないか?」
それを耳にし、ふと俺は考えた。いくら前世の記憶があるとはいえ、ヴォルフはクリスティーナの攻略対象の一人である。当て馬だとは言え。だとすると……ヴォルフの推測とやらに俺はまだピンとはきていないし、シュトルフとクリスティーナの役割が混じっているかは不明だが、その理屈でいくと俺とクリスティーナの役割も混じっているという事にならないか? つまり、俺の一部もクリスティーナの役割が入り込んでいるのか?
と、若干混乱したが、俺は改めてヴォルフに告げるべきだと思った。
「本当に悪い。俺は、シュトルフが好きなんだ。ヴォルフ、お前は友達だ」
するとヴォルフが目を丸くした。
「そうか――ただ、友達だと思ってもらえるだけでも嬉しい。今後も俺は、全力で推しを推していく! 何かあったらいつでも相談してくれ!」
そう言って笑ったヴォルフは、ちょっと目を惹く格好良さだった。だが俺は別段、シュトルフ以外の同性に心を動かされた事は無いので、言葉をそのまま受け取っておく事に決めた。
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