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第一章

怒り

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 ……こんなことが出来るのは、あの人しか居ない────『魔導王』と恐れられるあの人しか……。

 タラリと冷や汗を流す私は、恐る恐る父の方に目を向ける。
そこには、案の定とでも言うべきか……憤怒の炎に燃えるネイト・ホールデンの姿があった。

「貴様の愚行は報告で聞いていたが、まさかここまでとはな……私の愛娘を『芋女』呼ばわりするだけでは飽き足らず、あまつさえ殺そうとするとは……さすがの私も堪忍袋の緒が切れたぞ!」

「きゃっ!?何これ!?」

 珍しく怒りを露わにする父は、風の魔法でリナさんを宙に浮かせる。
魔法を間近で体験するのは初めてなのか、彼女は空中でジタバタと暴れ回っていた。

 不味いわね……。
お父様は普段全く怒らない分、一度怒ると手がつけられなくなる……。家族や家臣に手を上げることはないけど、気に入らない相手には何をするか分からない……。

「どいつもこいつもニーナを馬鹿にしおって……!絶対に許さん!」

「ぐっ……!は、離して……!」

 胸ぐらを掴まれるような状態で宙に浮くリナさんは、苦しそうな表情を浮かべる。
だが、父の怒りはまだ収まらない……。

「離して欲しい?ならば、お望み通り離してやろう!ほれっ!」

「きゃっ!?」

 何か投げるような動作をすると、リナさんの体は遠くへ投げ飛ばされる。
ろくに受け身も取れず、壁に激突した彼女は涙目になりながら、その場で蹲った。
痛みのせいなのか、はたまた恐怖のせいなのか彼女はもう喋らない。
静かになったリナさんの姿に満足したのか、父はカイル陛下に視線を移した。

「私の娘をさんざんコケにしてくれたな?カイル・キャンベル……」

「は、ぇ……ぁの……」

「婚約も平和条約も全て無効だ!そちらがその気なら、我々エスポワール王国は一ヶ月後に戦争を再開させる!我が娘と我が国を甘く見た罪、その身で償ってもらうぞ!」

「ひぃっ……!!そ、それだけはご勘弁を!」

 カイル陛下は崩れ落ちるようにソファから降りると、床に額を擦り付けた。
どこまでも情けない彼の姿に、私と母は溜め息を零す。
『王としてのプライドはないのか』と呆れ返る中、父は怒鳴り声を上げた。

「我々は何度もチャンスを与えてきたつもりだ!それを無下にしたのは、貴様らだろう!今更、懇願されても遅いわ!」

「そ、そこを何とか……!!」

「くどい!男なら、いい加減腹を括らんか!」

 必死に食い下がろうとするカイル陛下の態度に、父の怒りはヒートアップしていく。
そして、テーブルの上に一枚の紙を叩きつけた。

「婚約解消の書類にサインして、即刻この場を……いや、我が国を立ち去れ!」

「ひぃぃぃいいいい!どうか、それだけはご勘弁くださ……」

「────その書類、私が書きましょう」

 顔面蒼白で懇願してくるカイル陛下の言葉を、誰かが遮った。
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