上 下
48 / 240
第五章 不信と恋慕の狭間で

しおりを挟む
「大きな声を出さないで。人が来たら、どうするんです?」

 たしなめるように仰った後、アルベール様は私をじっと見つめた。

「それにしても、ずいぶんムキになるのですね。もしや、ドニ殿下をお好きなのですか」

 ドキリとした。

「……いえ。以前は、憧れていたこともありますけれど。でも、今は……」

 ハッとした。私は、何を言おうとしたのだろう。アルベール様を好き、そんなことを申し上げたって、ご迷惑になるだけだというのに。彼は、偽装工作のために、私と交際するふりをしているだけなのだから……。

「今は?」

 射すくめるような眼差しで答を促され、私はかぶりを振った。

「特段の感情は、ございませんわ。憧れていたのも、昔の話です」
「……そうですか」

 アルベール様の表情が和らぐ。私の目には、彼が安堵したように見えた。

「先ほどは、失礼な表現をして申し訳なかった。あなたが男性に好かれない、と言いたいわけではないのです。ただ、現にあなたに濡れ衣を着せようとしている人間がいる以上、慎重になるに越したことはないですから……。ドニ殿下が、本気であなたを好いているかどうかはともかく、警戒は緩めない方がよろしい」
「……わかりましたわ」

 まだ殿下を疑っていることはやや不満だったけれども、仰ることはもっともだ。私は、渋々頷いた。

「それと。他の人間にも同じ質問をされる可能性はありますから、俺のどこが好きなのか、ちゃんと言えるようにしておくこと」

 はいとお答えすれば、アルベール様はちょっと目を伏せた。

「ま、難しいですよね。所詮は、偽装の恋愛ですから……」
「そんなこと……」

 彼の表情が一瞬陰った気がして、私はやや狼狽した。

(あの時詰まったのは、不意打ちで動揺したせいよ。挙げようと思えば、いくらでも挙げられたわ。だって私は、あなたを本気で好きなのだから……)

 だが、そう打ち明けるわけにもいかない。どう答えるべきか迷っていると、アルベール様はさっさと話題を変えられた。

「とにかく俺たちは、もう少し親しくなる必要がありますね。周囲へのアピールだけでなく、俺たち自身が互いのことを知り合わないと。というわけで、あなたをミレー家へご招待しましょう。家族に、紹介します」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役皇女の巡礼活動 ~断罪されたので世直しの旅に出ます~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:166

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35,962pt お気に入り:2,372

ざまぁされちゃったヒロインの走馬灯

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,224pt お気に入り:58

思い付き短編集

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:121

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28,623pt お気に入り:11,874

ちーちゃんのランドセルには白黒のお肉がつまっていた。

ホラー / 完結 24h.ポイント:809pt お気に入り:15

処理中です...