「傀もの」
先のオオマガドキで、実体なき常世の王・不浄王によって命を狙われ、母の命と引き換えに蘇った少年・志(ユキ)は、死した肉体に結界魂を宿した「傀もの(くぐつもの)」となった。弟の生命線である「結界魂」を守るために強くなることを望んだ実兄・神座真道(カムクラ マミチ)は最年少で特級術師となり、不浄王の消息と弟を救うすべを探していた。
これは、兄弟の絆と、術師と常世の異形たちとの戦いを描いた和風ファンタジーである。
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さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
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この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
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