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二章 ハーレムルート

僕を隠して

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僕は家族を部屋から見送り、先生は僕の家族を馬車まで見送ってくれた。
僕はこの部屋から出てはいけない。

先生も、出ていけば独りぼっちになってしまう。
先生は僕だけの先生じゃないので、いつまでも一緒にはいられず授業に向かってしまった。

今の状況で僕が会えるのはギノフォード先生だけみたい。

百年ぶりの獣人なので、大人達は僕について話し合いが行われているみたい。
僕の処遇について決まるまで一人、誰にも会えず「保護・管理」されることになった。
僕は僕の事なのに自分で決めることは許されない。

寂しいなぁ。

家族や先生が居なくなると、僕は知らない部屋で独りぼっちになる。
先程まで賑やかだった部屋が今では静寂に包まれている。
窓を開けても聞こえてくるのは風に揺れる木々の音のみ。
窓から見える景色には、木々に隠れながらも見知った建物の一角が見えた。

見えても人の声は聞こえなかった。

きっとあの建物の一部は寮の様に見える。
あそこには人が沢山いるはずなのに、僕には分からなかった。
普段見慣れているものが見えたのに、あちらにいる時僕はこの棟の存在を知らなかった。
先生の説明では、僕が今居る棟が見えなかったのは常に魔法が掛かっているかららしい。

いつか現れる獣人の為に用意されていた棟だと。

年月が経つにつれ獣人は貴重さを増し誘拐なども考えられる事からこの建物には保護魔法と、常に清潔で美しい状態を保つ洗浄魔法が掛かっているので安心して欲しいと言われた。
それら全ては魔法の使えない獣人の為に…。

僕にはなんだか「囚人」みたいに思えた。

棟の最上階、眺めはいいが勝手に出てはいけないと何度も念を押された。
 
ライアン様に会いたいなぁ。

にゃにゃにゃにゃんにゃにゃぁライアン様ぁ

…ライアン様と呼んでも、今の僕には「にゃ」しか鳴けない。
好きな人の名前さえ、今の僕には呼ぶことが出来なかった。

外を眺めることにも飽き部屋の中に入った。
なにもすることがなく、部屋の中をクルクルと歩き回った。
鏡の前を通るとチラッと確認はするが足を止めることはなかった。

まだ、自分が獣人であることを認めたくなかった。

部屋の中なので、歩き回るにも限界があった。
グルグルでも次第に鏡の前を通ることが多くなる。
何度チラ見しても僕の耳は毛むくじゃらで、尾てい骨辺りには尻尾が存在しているように見える。

にゃぁふぅ…」

意を決して、鏡の前で立ち止まった。
冷静にみても、僕には獣耳と尻尾が存在していた。
僕の髪や瞳の色と同じ、真っ黒な耳と尻尾。
鏡で確認する限り、僕は「猫」の獣人だと思う。
猫は皆可愛いけど「黒い猫」は不吉っていう、悪いイメージばかりが頭に浮かぶ。
僕は元々明るい人間ではないので、どうしても悪い方悪い方へと考えがいってしまう。

黒猫、可愛いのに…。

この世界には色んな髪の色、瞳の色の人がいる中で僕は前世と一緒黒髪黒目。
それがまた気分を重くする。
黒髪黒目はこの世界では珍しいとは聞いても、同じ珍しいなら王族の金髪金目が良かった…嘘。

珍しいなんていらない…特別なんていらない…獣人になんて…なりたくなかった。

僕は皆と同じが良かった。
それでライアン様の側にいるの。
本当ならライアン様の身体に沢山痕を残すはずだったのに…。
なんでこうなっちゃったのかな?
僕はいつまでここにいるんだろう?
いつかは、ここから出られるよね?
ずっと独りぼっちじゃないよね?
…ライアン様に会えるんだよね?

寂しいよ…。

ガチャ

扉が開き相手を確認せず駆け寄った。

だってここに来ることが出来るのは一人だから。

昼食を持ったギノフォード先生が現れた。
僕は長い時間、鏡の前に居たらしい。

「おや、そんなにお腹空いていたんですか?」

にゃにゃにゃ違う

違う…僕はギノフォード先生を待ってたの。
独りは…ヤダよ。

ギノフォード先生の隣を歩き、尻尾が先生に振れていく。
一肌が恋しいのか、一人が嫌なのか僕には分からないけど触れていないと不安だった。
ソファに座るのも当然、先生の隣に座った。
先生との隙間がない程近くに。

「どうぞ」

「にゃにゃにゃにゃにゃーにゃ」

「ん?今は何て言ったんです?」

いただきまぁすって…あっ、この世界には食事の前に挨拶なんて無いのか…。
首を振って誤魔化した。
先生の用意してくれた昼食に手を伸ばした。

「どうです?不便は無いですか?」

にゃんはい

「暫くはここでの生活になると思います。」

にゃ…はぃ

「万が一がありますので、もし散歩などしたい時は私に言ってください。制限はありますが私が付き添えば可能ですから。」

にゃぁあん散歩?」

散歩?
外に出られるの?
嬉しくてギノフォード先生に抱きついてしまった。

「一日中部屋の中ではツライですよね。」

にゃぁあん、にゃぁあんそうなの、そうなの

僕のことを分かってくれる先生が嬉しい。

「今日は無理ですが明日は行けると思いますよ。」

にゃぁんやったぁ

明日が楽しみっ。

「食事を終えたら、私はまた戻りますね。夕食を届けにまた来ます。」

パタンと尻尾が垂れた。
また独りぼっちになってしまうと思い、お腹は空いていても食べる速度は急激に落ちていった。
少しでも先生と居たくて。
ゆっくりゆっくり食べて、それでも終わりは来てしまう。

「では、また来ますね。」

去っていく先生の後ろ姿を見送った。

バタン

扉の音が切なく響いた。
僕は静まり返る部屋の中で立ち尽くしていた。

「にゃーん、にゃーん、にゃーん」

先生がいる間は鳴かなかった。
寂しいなんて子供みたいなこと言ったら、先生を困らせるのは目に見えていたから。
先生が居なくなってから、鳴き続けた。
淋しくて猫のように必死に鳴いた。

淋しさに支配されて苦しかった。
ベッドの上に丸くなって、自分を抱きしめるように眠った。
早く夕食になって、いつの間にか先生が来るように。

次第に外は暗くなっていた。

いくら布団の中にいても眠くなることはなく、変わり行く空を眺め続けた。
布団を被り淋しさから身を守っていた。
きっと、扉には鍵は掛かっていても中からは出られるはず。
出ようと思えば出れるのだろうがそうはしなかった。
先生との約束を破りたくなかった。

ガチャ

扉が開いた。
布団をバサッと翻し、ギノフォード先生を探した。

「もしかして眠っていましたか?」

ギノフォード先生を見つけたっ。
暗い中でも先生の姿を捉えることが出来た。

パチン

部屋の明かりが着いた。

ま、眩しぃ。

「夕食です。」

にゃぁあんはぁあい

先生は意地悪なのか、真正面に僕の食事が用意された。
隣に座っちゃダメなのかな?

にゃぁあんダメなの…?」

「どうしました?なにか食べられないものでも有りましたか?」

「…にゃにゃない

先生と僕は教師と生徒、友達じゃないなら親密な距離はダメ…なのかな…。
先生が来てくれたのは嬉しいけど、独りで食べるの詰まんない。
また、食べ終わったら行っちゃうのかな?
独りぼっちの時間が始まる…。

「お腹…空いてないんですか?」

無言で首を振った。
獣人になってから情緒不安定…落ち込んでばかりなんです。
自分でもどうしたらいいのかわからない…。
落ち込んだまま、食事を始めた。

「フィンコック?」

僕は何も伝えず首を振り続けた。
その後会話もせず食事を終えた。

「ゆっくり休んでくださいね。」

ギノフォード先生の優しい声が余計に悲しかった。

にゃーん、にゃーん寂しい、寂しい

「どうしたんてす?」

にゃーんにゃーんにゃーん寂しい寂しい寂しい

僕は気が付くと鳴いていた。
ギノフォード先生に振り向いて欲しくて、側にいて欲しくて必死に鳴いた。

僕を独りにしないで。

泣きそうに訴える僕に先生は向き合ってくれた。
卑怯かもしれない…泣き落としなんて。
でも、独りに耐えられなかった。
突然望んでもない獣人になり、好きな人と漸く幸せを手に入れたのに奪われ独りで知らない場所に隔離。
今の状況が怖くて仕方がない。
僕の存在が世界から消えてしまいそうで…。
唯一外の繋がりの先生に去って欲しくない僕は、先生の服を掴んで鳴き続けていた。

「フィンコック?」

困惑する先生に僕は抱きついていた。
「離したくない」「行かないで」「一人は怖い」そんな思いで抱き付いた。

「…淋しいんですか?」

「………にゃんはい

「そうですよね、ずっと独りですもんね。分かりました、もう少しいましょう。」

にゃんっやった

「ふふっ、そんなにですか?」

にゃぁあんもちろん

嬉しくって、先程まで垂れていた僕の尻尾がピーンと立った。

「話してないことがありましたね。」

にゃんなに?」

「参加できていない授業についてです。」

んにゃ゛っんぎゃ

なんの話しか期待すれば勉強についてだった。
忘れそうだが、僕は学生でここは学園の敷地の一部…勉強するために学園にいるんだから勉強のことを言われるのは仕方がない…だって、ギノフォード先生は先生だから…。

…例え勉強の事でも先生が側にいてくれるだけで嬉しかった。
僕の反応に先生も楽しそうに笑ってた。

「授業については今後、私が個別に見ることになりました…やらなくていいと言うことにはなりませんからね?試験も甘くしたりはしませんよ。」

………先生は優しくない。

にゃぁあんダメぇ?」

身体を先生に擦り付けて、猫なで声で誘惑した。

「甘えてもダメですからね。」

僕の浅はかな作戦は、あっさりと先生に見破られた。

「………にゃんはい。」

「ふふ、個人授業は特別ですよ。」

にゃにゃん…、にゃにゃにゃ個人授業…特別

特別、その言葉だけで嬉しくなった。

「もう、こんな時間ですね。」

え?
僕が楽しんじゃったから…。
落ち込んでたらもっと一緒にいてくれた?
やだ、行かないで。

にゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃぇだめ、行かないでぇ。」

伝わらないと分かっても言い続け、先生の服を掴んだ。

「まだ、一人はツライですか?」

「………にゃんはい

「………分かりました。今日ここに泊まっていいですか?」

にゃにゃにゃ泊まるにゃにゃっにゃ、にゃにゃっにゃ泊まって泊まって

やったぁ、泊まってくれるの?
僕の部屋じゃないけどどうぞゆっくりしていってください、そんな気分だった。
ベッドへ先生を招く。

「こらっそれは出来ません。」

にゃぁにゃんで?」

「生徒の部屋に泊まることは許されても、一緒のベッドは許可できませんね。」

男同士だから別に同じベッドで寝ても問題ないんじゃ?

「………にゃぁん淋しい

「泣き落としは効きませんよ。」

「………にゃんはい

「フィンコックが眠るまでは側にいます。さっ布団に入ってください。」

トボトボとベッドまで歩いた。
先生が来る前までゴロゴロしていたベッドはクチャクチャだった。

「さっ横になって。」

先生に素直に従えば、布団を整えながら丁寧に掛けてくれた。
…全く眠くない。

にゃあん行かないで

手を先生に伸ばせば、僕の考えを汲み取り繋いでくれた。
逃がさないようギュッと握った。
ベッドに腰掛ける先生の重みで沈むのさえ嬉しい事だった。

「フィンコック、安心してください。大丈夫、これは今だけですから。」

にゃんにゃ本当に?」

先生の言葉って不思議。
僕の壊れ掛けた心を修復してくれる。
さっきまでは本当に眠くなかったのに、今は眠れそう。
先生の微笑みや頭を撫でる仕草が僕を夢の中に連れていってくれる。

幸せな夢を見ることが出来そうだった。

にゃんにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃセンセっ、傍にいて

伝わらなくていいと思った。
ただ、言いたかっただけ。

「もう、寝なさい。傍にいますから」

偶然かもしれないけど、先生には伝わり嬉しかった。
僕はゆっくり眠りに着いた。

眠りに付いたはずだけど、パチッと目が覚めた。
昼間はゴロゴロして、運動もしていない身体は疲れていなくて眠りも浅かった。
昨日とは違い獣人の身体に適応しつつあるのかもしれない。
真っ暗な部屋の中でも、ギノフォード先生が眠っているソファが見えた。

先生の寝息聞こえる。

僕も眠らなきゃって焦れば焦るほど目が覚めていく。
眠れない不安、このままこの部屋から抜け出せない不安…人としての自分を失っていく不安…ライアン様に…会えない不安…

「にゃっく…にゃっく…にゃっく…」

怖くて涙が止まらなくなっていた。
先生に気付かれたくなくて布団を被って声を殺して泣いた。
一人でいるのが怖い…日本に戻ってしまうんじゃないか?とか、いろんな不安が生まれてくる。
もし、先生がここへ来なくなったら誰も僕の事を忘れてしまうんじゃないか?僕はここで一人で死んじゃうんじゃないか?と怖くてたまらない。

一人は嫌だ…

布団を被り寒く無いはずなのにカタカタと震える。

「まったく…気になって眠れませんよ」

泣いているのを隠すのに必死で、先生の気配に気付けず声が聞こえたかと思えば、布団越しに抱き締められた。

「苦しくないですか?」

「…にゃん」

「顔を出しなさい」

隠れていたつもりだが先生に見つかってしまったので、素直に顔を布団から出した。
先生に優しく抱きしめられてドキッとしたが、一人じゃないという安心のが強かった。

「こんな状況もいずれは終わります、今だけ…大丈夫…大丈夫…」

先生には僕の不安が見付かってしまうのか、優しく取り除かれていく。
子供の頃、眠れなくてお母さんに抱き締められたのを思い出す…
先生の「大丈夫」って言葉に安心して、僕にも漸く睡魔がやってきた。
猫になっちゃったからか狭い先生の腕の中が安心する…
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