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1章
10.二人の商売人(表)
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「ここの女将が変なのを通す訳ないだろ。あんただってあたしがいなきゃ即門前払いさ」
「とりあえずサンプルをもらっていく。真剣に検討することこそ、あなたへの誠意よね。瓶のデザインについては後々話し合うとして、既存の物の確認はできるのかしら」
「それならあたしのを一つやるよ。ゆっくり確認しな」
ヴァネッサは三つあるうちの一つの瓶の蓋を開く。そして中身を自分のハンカチに包み、空いた瓶をステファニーに差し出した。
「貸しにするつもり?」
「いいや。あんたのところで配ればいい広告になるだろ。それで十分だよ」
「拡散力は劣るけれど、顧客の質と客単価ならどこの商業ギルドにも負けるつもりはないわ」
「金をしっかりと落とす質のいい客ほどありがたいものはないね」
商売人の笑みを浮かべる二人を置いてカウンターへと向かう。
試供品用の籠から一種類一個ずつ取り出し、すぐに部屋へと戻る。
「サンプルなので少し形は悪いんですが」
「形は今確認したし、味と効果が分かればいいわ」
「あと、これは薬あめの一種なので一日一個まででお願いします。赤色が肩こりで、青色が腰痛、緑色が疲労回復になります」
「分かったわ。依頼するか、改めて検討させてもらう」
「はい。お待ちしております」
ステファニーはジゼルから受け取った飴を先ほどの瓶に入れた。
「じゃあお暇させてもらうわ。いきなり来て悪かったね」
「いえ、お誘いいただき、ありがとうございました」
カウンターで待っていた女将さんと一緒に外まで見送る。
停める場所の問題で、ステファニーは乗ってきた馬車を帰してしまったらしい。行く先が同じだからと、ヴァネッサは彼女を自分の馬車に乗っていくといいと誘っている。
ジゼルが思っている以上に気の知れた仲なのかもしれない。
馬車が見えなくなるまで頭を下げてから宿に入る。
「女将さん、今時間ありますか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「代金を先払いでいただいたのですが、金額が大きいので一緒に確認してもらいたくて」
「分かった。確認したらうちの金庫に入れて、明日の昼間に一緒に預けにいこうか」
「はい!」
元気よく返事をし、先ほどの部屋に戻ったまではよかったのだが……。
「やっぱり金貨だけでも三十三枚ある……」
飴一つは銅貨五枚。
銅貨五枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚相当なので、金貨だけ数えてもやや多い。
そこに銀貨も加えられるとかなりの額になる。
ほとんどが祝い金というやつだ。
あまりの大金に数え間違えたのではないかと思い、すでに三度ずつ数えている。だがジゼルはともかく、女将さんはお金の取り扱いに慣れている。そう何度も間違えるはずがないのだ。
「あたしもまさかここまで包むとは思ってみなかったわ」
「いくらか返した方が」
もらうと返事をしたのはジゼル本人だが、まさかここまでとは思わなかったのだ。
大手ギルド所属の最高ランク技術者へ指名依頼をする時だってこんなには包まない。ましてやジゼルは個人である。店だって持っていない。
どのくらい続けていけるのか、見通しだって立っていない。
「もらっておきな。もらったものを返す方が失礼だよ」
「でも……」
「気になるなら、追加分がある時にはなるべく対応するようにすればいいさ。ジゼルも知っての通り、かき入れ時の宿屋は目が回るくらい忙しいんだ。肩こりと腰痛を忘れられるだけでどれだけ楽か。そこに疲労回復まで付いたら言うことないね!」
「そう、ですね。とりあえず初回分は釜を休ませ終わったらすぐに対応することにします」
「ああ。今日明日はジゼルも一日しっかり休むんだよ」
「え、お手伝いは」
「ジゼルが来客対応してくれている間にほとんど終わっちまったよ」
「そんな……やることないのに」
ジゼルの休日の過ごし方は、宿屋の手伝いと釜の手入れ、飴作りである。
後ろの二つができない今、残るは宿屋の手伝いだけなのだ。
まさか仕事がなくなっているとは思わなかった。無理強いするようなものでもないので、諦めるしかない。がっくりと肩を落とす。
落ち込むジゼルに、女将の方が困ってしまう。
年頃の女の子なんて休みがもらえれば喜びそうなものだが、ジゼルは違うのだ。
趣味らしい趣味もなく、休みがあってもどう休めばいいのか分からない。
そう顔に書いてある。女将は少し考えてから助け船を出してあげることにした。
「追加依頼がたくさん来たんなら、材料の買い出しも必要なんじゃないかい?」
途端にジゼルの表情が明るくなった。
「そうですね! ちょっと出かけてきます」
お金のたんまり入った袋を女将に預け、早足で自室へと戻った。
いつものバッグを肩から提げ、買い物に出るジゼルの表情はとても輝いていた。
「本当は休んでほしいんだけどねぇ。本当に働き者なんだから」
呆れと慈愛が混ざった表情を浮かべる女将の声はジゼルには届かない。
けれど心配で影で見守っていた親父の耳にはしっかりと聞こえていた。
「ジゼル用のプリン、今から作っておくか」
喜ぶジゼルの顔を想像しながら、二人は頬を緩めるのだった。
「とりあえずサンプルをもらっていく。真剣に検討することこそ、あなたへの誠意よね。瓶のデザインについては後々話し合うとして、既存の物の確認はできるのかしら」
「それならあたしのを一つやるよ。ゆっくり確認しな」
ヴァネッサは三つあるうちの一つの瓶の蓋を開く。そして中身を自分のハンカチに包み、空いた瓶をステファニーに差し出した。
「貸しにするつもり?」
「いいや。あんたのところで配ればいい広告になるだろ。それで十分だよ」
「拡散力は劣るけれど、顧客の質と客単価ならどこの商業ギルドにも負けるつもりはないわ」
「金をしっかりと落とす質のいい客ほどありがたいものはないね」
商売人の笑みを浮かべる二人を置いてカウンターへと向かう。
試供品用の籠から一種類一個ずつ取り出し、すぐに部屋へと戻る。
「サンプルなので少し形は悪いんですが」
「形は今確認したし、味と効果が分かればいいわ」
「あと、これは薬あめの一種なので一日一個まででお願いします。赤色が肩こりで、青色が腰痛、緑色が疲労回復になります」
「分かったわ。依頼するか、改めて検討させてもらう」
「はい。お待ちしております」
ステファニーはジゼルから受け取った飴を先ほどの瓶に入れた。
「じゃあお暇させてもらうわ。いきなり来て悪かったね」
「いえ、お誘いいただき、ありがとうございました」
カウンターで待っていた女将さんと一緒に外まで見送る。
停める場所の問題で、ステファニーは乗ってきた馬車を帰してしまったらしい。行く先が同じだからと、ヴァネッサは彼女を自分の馬車に乗っていくといいと誘っている。
ジゼルが思っている以上に気の知れた仲なのかもしれない。
馬車が見えなくなるまで頭を下げてから宿に入る。
「女将さん、今時間ありますか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「代金を先払いでいただいたのですが、金額が大きいので一緒に確認してもらいたくて」
「分かった。確認したらうちの金庫に入れて、明日の昼間に一緒に預けにいこうか」
「はい!」
元気よく返事をし、先ほどの部屋に戻ったまではよかったのだが……。
「やっぱり金貨だけでも三十三枚ある……」
飴一つは銅貨五枚。
銅貨五枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚相当なので、金貨だけ数えてもやや多い。
そこに銀貨も加えられるとかなりの額になる。
ほとんどが祝い金というやつだ。
あまりの大金に数え間違えたのではないかと思い、すでに三度ずつ数えている。だがジゼルはともかく、女将さんはお金の取り扱いに慣れている。そう何度も間違えるはずがないのだ。
「あたしもまさかここまで包むとは思ってみなかったわ」
「いくらか返した方が」
もらうと返事をしたのはジゼル本人だが、まさかここまでとは思わなかったのだ。
大手ギルド所属の最高ランク技術者へ指名依頼をする時だってこんなには包まない。ましてやジゼルは個人である。店だって持っていない。
どのくらい続けていけるのか、見通しだって立っていない。
「もらっておきな。もらったものを返す方が失礼だよ」
「でも……」
「気になるなら、追加分がある時にはなるべく対応するようにすればいいさ。ジゼルも知っての通り、かき入れ時の宿屋は目が回るくらい忙しいんだ。肩こりと腰痛を忘れられるだけでどれだけ楽か。そこに疲労回復まで付いたら言うことないね!」
「そう、ですね。とりあえず初回分は釜を休ませ終わったらすぐに対応することにします」
「ああ。今日明日はジゼルも一日しっかり休むんだよ」
「え、お手伝いは」
「ジゼルが来客対応してくれている間にほとんど終わっちまったよ」
「そんな……やることないのに」
ジゼルの休日の過ごし方は、宿屋の手伝いと釜の手入れ、飴作りである。
後ろの二つができない今、残るは宿屋の手伝いだけなのだ。
まさか仕事がなくなっているとは思わなかった。無理強いするようなものでもないので、諦めるしかない。がっくりと肩を落とす。
落ち込むジゼルに、女将の方が困ってしまう。
年頃の女の子なんて休みがもらえれば喜びそうなものだが、ジゼルは違うのだ。
趣味らしい趣味もなく、休みがあってもどう休めばいいのか分からない。
そう顔に書いてある。女将は少し考えてから助け船を出してあげることにした。
「追加依頼がたくさん来たんなら、材料の買い出しも必要なんじゃないかい?」
途端にジゼルの表情が明るくなった。
「そうですね! ちょっと出かけてきます」
お金のたんまり入った袋を女将に預け、早足で自室へと戻った。
いつものバッグを肩から提げ、買い物に出るジゼルの表情はとても輝いていた。
「本当は休んでほしいんだけどねぇ。本当に働き者なんだから」
呆れと慈愛が混ざった表情を浮かべる女将の声はジゼルには届かない。
けれど心配で影で見守っていた親父の耳にはしっかりと聞こえていた。
「ジゼル用のプリン、今から作っておくか」
喜ぶジゼルの顔を想像しながら、二人は頬を緩めるのだった。
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